黒いもやもや

第X話

・閏（うるう）年

　閏のある年のこと。これに対して、閏のない年を平年と呼ぶ。閏年は、太陽暦では季節と暦のずれを、太陰暦では月の運行とのずれを補正するために、平年よりも暦日がひとつ多く、太陰太陽暦では、月の運行を基準にしていることで生じる季節とのずれを補正するために、平年より暦日がひとつ多い。（ウィキペディアより引用）

・楠神潤弥（くすかみじゅんや）の日記

　閏のある年の2月29日に不思議な生命体と出会った可能性のある男。その経験の発端は2000年2月29日まで遡る。当時の楠神は九歳の小学三年生であり、記録としては証拠能力が低いが、その後の記録と同様の経験が見受けられることから妥当性の高い記録として当局では認可。以下は楠神によるその経験の抜粋である。

・2000年２月29日　教師との交換日記にて

二月　二十九日　くもり（絵文字）

先生、今日の学校の帰りみちで、黒いもやもやを見ました。もやもやは足がないのにうごくふしぎなもやもやです。もやもやにさわってみたいとおもったけど、もやもやは小さくなって、ふわっと空ににげていきました。ぼくも空たかくとびたいなとおもいました。せんせいはもやもやにあったことがありますか。

・2004年２月29日　クラス内の班ノート（班内のメンバーで回す交換日記）にて

二月　二十九日

　四年前と同じ出来事がありました。黒いもやもやが家のマンションの通路みたいなところに浮いていて、こちらを見つめているような気がしました。黒いもやもやと出会った記録を思い出してみたら、四年前にも同じ経験をしていました。その黒いもやもやはふわふわ浮いていて、松木先生*みたいなもじゃもじゃで、怖くてすぐ家に入ったけど、またちょっと気になってドアからのぞいたらもういなかった。みんなは黒いもやもやに出会ったことがありますか。

松木先生*：当時の楠神の音楽担当教員。特徴的な毛髪をしていた。

・2008年２月29日　楠神のTwitter（SNSの一種）アカウントの投稿より抜粋

黒いもやもやまた出やがった。四年ぶり。写メに映らんかったけど。

・2012年2月29日　楠神の提出した大学（東日本大学）のレポートより抜粋

　…私は四度も不思議な存在に遭遇した。これは市内のどのような郷土史にも載っておらず、また科学的にも説明出来ないような特徴を有しているため、私はUMA（未確認生命体の略）と断定的に認めることにした。以下その生命体を物体Xと名付けるとして、本レポートではその物体Xがどのような存在であるか、多角的多面的な視点から定義付けたい…

　…結論的に物体Xは閏年の二月二十九日のみ私の前に出現し、危害を加えることなく消滅することから、私個人の幻覚もしくは錯覚である可能性を排除しきることはできないが、閏年の二月二十九日のみに出現するという特異性には何かしらの理由があると考えられるため、今後も四年後と長い時間を要するが研究を続けていきたい…

・2016年2月29日　３月１日付の朝知新聞朝刊より抜粋

「黒いもやと共に消えた男」

　楠神潤弥さん（25歳/男性）が２月29日10時頃自室のベランダに突如現れた黒いもやのようなものに飲み込まれて姿を消したと当時楠神さんと同居中の宮下さん（仮名）は警察に説明。近隣の監視カメラ及び聞き込み調査の結果、自室から楠神さんが外出した形跡は見当たらず。16時頃警察は室内に隠し扉があるのではと家宅捜索に踏み切ったが、発見に至らず。20時には捜査打ち切り、早くも未解決事件入りか。21世紀に起きた神隠し、楠神さんは何処へ。