四年ごとの少女
高麗楼*鶏林書笈
四年ごとの出会い
豪華な調度品で設えた部屋の中でその女人は一人横たわっていた。
柔らかな布団の中で彼女は自身の寿命が尽きるのを感じていた。思い残すことは無かった。ただ気掛かりなのは生まれたばかりの自身の息子のことだった。
子どもは実姉夫婦が面倒を見てくれることになっている。人柄も良く経済的に豊かな彼らのもとならば大丈夫であろう‥。
“ええ、心配することは何もないわ。あなたの子息はこの国を支える人物になるから”
双髻の少女が上空から声を掛けた。
「天女さま、ありがとうございます」
布団の中で寝たまま女人は合掌した。
“天女じゃないけど、とにかく安心して旅立ちなさい”
少女の声を聞きながら女人は息を引き取った。
四年後ーー。
上大人
孔乙己
化三千
七十士
尓小生
八九子
佳作仁
可知礼也
初めて筆を手にした彼は緊張しながらもなんとか紙上に書き上げた。
“まぁ上手ね”
彼はびっくりして顔を上げた。目の前には髪を双髻に結った古風な衣装を着た少女が立っていた。
“大人に差し上げましょう、孔子はたった一人で、三千人教化し、中でも優秀なのは七十士、なんじら小生の、八九子よ、佳く仁を作せ、礼を知る可き也。どういう意味か分かる?”
少女の問いかけに彼は「分からない」と答えた。
“そのうち分かるでしょう”
こう言いながら少女は姿を消した。
入れ替わるように父親が現れ彼の前に座った。
「うん良く書けている。お前は賢いのう」
と言いながら彼の頭を撫でた。
四年後、両親に新年の挨拶を済ませた彼は庭に出た。
梅の花が咲き始めていた。
「墻角 数枝の梅、寒を凌ぎて 独自に開く」
覚えたばかりの詩を詠じると双髻の少女が現れた。
“素敵な詩ね”
「はい、この間、老師に教えて頂いたものです。光景にぴったりだと思います」
彼は物怖じせず答えたので少女は笑みを浮かべた。
“熱心にお勉強しているのね。これからも励んでね”
「はい」
彼が答えた時、家の方から声がした。
「寒いでしょう、早くお入りなさい」
彼は少女に一礼すると家に向かって去っていった。
「父上、母上、行ってまいります」
彼は両親の前で平伏した。
「頑張って学ぶのだぞ」
父親が言うと母親も
「身体には気を付けてね」
と涙声で言葉を継いだ。
十二歳になった彼は試験に合格し、都にある太学に入学することになった。ここで数年間学び、試験に通れば官職〜それも高位の〜につくことが出来るのである。
光栄なことであるが、何しろまだ年少の身の上、両親はやはり心配だった。しかし、この年齢で合格したのだ、息子はこれからも上手くやっていけるであろうと思いながら笑顔で送り出した。
道中、とある旅籠に身を寄せた時のことだ。
部屋に入り旅装を解いていると背後に気配を感じた。振り向くと双髻の少女が立っていた。
“太学に合格したのね、おめでとう”
「ありがとうございます」
“あれから四年経つのだけれど一生懸命勉強したのね。これからも頑張るのよ”
こう言うと姿を消してしまった。
ー 何者なのだろう?
彼は不思議に感じたが、邪悪なものではないことは確信していた。
「大したもんだな、四年で太学を卒業するのだから」
四年間で全ての課程を最年少で卒えた彼に対し、人々は感嘆の声を上げた。
「これからは延英殿に勤務することになるが、これからも精進するのだぞ」
老師は彼を激励した。
延英殿に初出勤する日、案内を担当する女官の顔に見覚えがあった。
「あなたは‥」
「遂にここまで来ましたね。あと一息ですよ」
ー 何があと一息なのだろう
こう思いながら彼女に従った。
胸の鼓動を抑えながら彼は平伏していた。
王が直接行った殿試の結果待ちである。
暫く後、
「面を上げよ」
威厳のある女性の声だった。
ー そうか、新王は女人だったのだな
彼は他の受験者と共にゆっくりと頭を上げた。
ー あっ!
思わず声を上げそうになった。
女王は彼に向かって微笑んだ。
「‥‥最後に壮元はー」
何と彼の名前だった。
女王の前に進み出た彼が見たのは、あの双髻の少女だった。
二十歳で女王の秘書官になった彼は四十年後、宰相となり王を扶けて国家と民の為に尽くすのだった。
四年ごとの少女 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu
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