4年に1度の祝い事

松竹梅

ぼくらのあこがれ

2月29日。

ぼくの国では国を挙げてのお祭りが行われる。なんでも世界の命運を分けるほどのことだとか。

いつもは下らない話で盛り上がる両親も、なぜか今日は浮き足立っている。余所行きの格好をして落ち着かないし、家の者も忙しなくあちこちを行き来している。

何か起きたのだろうか。

気になるけれど、彼らの仕事の邪魔になってはいけないと思い、ぼくは部屋にこもって本を読んでいた。

本は分厚く、ところどころ読めない部分もあるけれど、文字よりも絵の方が多いので特に困ることはない。子供も読む絵本にしては大きすぎるので、床に置いたまま読む。お祖父様がくれた大事な本。もう少し軽くて小さいものをくれればよかったのに。

絵本の内容は、突然現れる怪物を、選ばれた子供たちが倒して世界を救う、というお話。よくある英雄譚だと、お祖父様は言っていた。見開きいっぱいに描かれる恐ろしい怪物を、協力して倒す彼らの姿はかっこよかった。あこがれの存在、だというらしい。

学院の友人たちはみんなこの絵本が好きだ。もちろんぼくもその例に漏れない。誰もが英雄になるのを夢見て、剣の訓練をしている。世界を救う存在に近づくために。

でも正直無理だと、ぼくは思っている。ぼくよりも運動のできる人はたくさんいるし、勉強のできる人も数えきれない。英雄に必要な二つの要素。二つも持ち合わせている人なんて、存在するのだろうか。

そういう人は確かにあこがれる、ぼくにはない才能を持っているから。自分が英雄になれる可能性が低いのは何となく悔しいけれど、ぼくは友人たちが好きだ。一緒にいるといろんな刺激を受ける。毎日が発見の連続だ。

もちろん喧嘩もする。気に入らないことはしょっちゅう起こるし、なにより弱い者いじめは嫌いだ。そういうやつとは取っ組み合いになったりもする。自慢じゃないけど負けたことはない。話し合いで解決できることもあるけど、いい落とし所を見つければすぐ納得の行く結論に辿り着ける。喧嘩が起こるのは仕方のないことだけれど、平和に収まるに越したことはない。

本を読んでいる間も、部屋の外はずっとバタバタと動く気配が途切れない。よっぽど大事なことがあったのだろう。大人が慌てることは子供のぼくに理解できないけれど、流石にこれだけ慌ただしいと気になってくる。

読んでいた本は途中だけれど、一度気になったことをぼくは放っておけない。怪物を倒して人々から称賛を受け、立派な王冠を被った英雄のページを開いたまま、部屋のドアに向かった。

「ぼ、ぼっちゃま!まだそんな格好だったのですか!」

ドアを開けて廊下を覗き見ると、見習いの子たちに指示を出していた執事がこちらに気づいた。普段は穏和な好好爺とした人なのに、こちらを見た途端に青い顔になってずかずかと歩いてくる。たしかに今はもうお昼近い時間だけれど、いつも通り部屋着だったぼくは何がいけないのかわからない。

「さあお早く!皆待っておりますよ!」

ぼくを捕まえると背中を押して衣装部屋まで連れていかれる。皆とは誰のことだろう。

あいにく今日は友人と遊ぶ約束はしていないし、両親から大事な話があるとも聞いていない。お祭りがあるのは知っているけれど、ぼくら家族が出向くのはお昼過ぎからだ。親戚一同が集まるので正装に着替えるのだが、いつもはこんなに早く着替えない。こんなに咎められたことは初めてで、為されるままに廊下を進んでいく。

正直あの格好は派手すぎるのであまり好きじゃない。金属製の豪華なアクセサリーやきらびやかな服。子供のぼくには大きすぎるブーツは歩く度に底がずれるので、歩きにくいったら。またあの服を着ると思うと憂鬱になってくる。どうせ着るなら、英雄のようにシンプルながら洗練された動きやすそうな衣装がいい。

衣装部屋に着くと、やけに多くのお付きが待ち構えていた。ぼくの着替えの手伝いのためだろうが気が乗らない。しかし急かす執事に逆らえず、あれよあれよという間に着替えが始まってしまった。

嫌だなぁと思ったぼくは、着替えの邪魔にならない程度にため息をつき、目を瞑って大人しく終わるのを待つことにした。

着替えが終わると化粧が始まる。女性ほど凝ったものではないが、多くの人が集まる場だ。多少の礼儀は通さねばならない。自分でできるといいのだろうけれど、残念ながら自分を着飾ることは不得手なのでお付きの者たちにやってもらう。思わず眠くなってしまうけれど、一生懸命仕事をしている彼らの前で眠ってしまうのは忍びない。目を瞑ったままでも背筋を伸ばして睡魔に抗う。

「さあできました!ぼっちゃま、今日はいつにも増して格好いいですわ!」

「ええ、ぼっちゃんはどんな格好をしてもさらりと着こなしてしまわれます。みなもあこがれましょう!」

終わるのを待っていると、控えているお付きたちが感嘆の声をあげていた。いつもと同じ格好のはずなのにそこまで言うだろうか、と疑問に思ったが、あこがれと言われると悪い気はしない。見開きのラストページの絵が目に浮かぶ。ぼくも彼のように称賛される人になる未来はあるのだろうか。ありえないことだけれど。

いったいどんな格好になったのだろう。気になって目を開けて横にあった鏡を見ようとするが、

「ほれほれ!ぼーっとしている暇はないぞ!お前たちもすぐに着替えて準備を!ぼっちゃまも、こちらですぞ」

と席を回され鏡を見る間もなく部屋から出た。見るチャンスは他にもあるだろう、彼らの手を煩わせてはいけない。そう思い、焦った様子の執事の背を早足で追う。

それにしても窓の外が騒がしい。ぼくの身長は外の様子を見るには少し高いのでわからないが、かなり多くの人がいるようだ。パーティでも催されているのだろうか。

廊下をちょうど真ん中まで来たところで両親がいた。二人とも余所行きの雰囲気で着飾っている。だがその衣装は普段よりいっそう豪奢だ。こんなドレスを持っていたとは知らなかった。

「やあ、やっときたか。お前の晴れ姿を見れないのではと思っていたよ」

「大袈裟ですよあなた。それにしても素晴らしい格好ね、やっぱりその魅力は隠せないものなのね」

隣に立ったところで二人に誉められた。ただ衣装を着ただけで、これほど誉められたことはない。以前に行われた山狩りで獲物を捕らえたとき以来の誉めようだ。

「ありがとうございます、父上、母上」

素直な返答に二人とも満足そうに頷く。その姿を見ると、憂鬱な気分も晴れてしまった。しかしやはりどうも今日の空気は賑やかすぎる。

「それで今日はいったいーーー」

「さあ行け、みなお前が現れるのを心待ちにしているのだ」

口にしかけた疑問は父の言葉と、バルコニーを指す杖で遮られた。その先には赤い幕が左右から下がり、外の世界と廊下とを隔てている。僅かに開いた下の隙間からは土の香りがするので窓は開いているようだ。

促されるままにその前に立つ。執事とお付きの1人が幕を上げる紐を手にしてこちらに頷きかける。幕が上がると豊かな土の香りと暖かな陽の光が全身に吹きつける。

白い手すりまで寄ると、ようやく目に色が戻ってきた。その光景に、ぼくは目を剥いた。

白い雲を従えた透き通るような青空の下。見たこともない、それこそ数えきれないほどの数の人が眼下で歓声を上げていた。集団は門の向こうにある農場にまで広がり、皆一様に美しく着飾り笑顔を湛えている。

何事かと見渡せば、右手にある倉庫の屋根には先日ぼくが捕らえた大きな竜が横たえられている。大きな翼に太い尾、鋭い牙を揃えた口は今にも建物を飲み込みそうだ。左手には巨大なスクリーンが置かれており、人々の沸く様子を映している。よほど嬉しいことがあったのだろう、皆同じ方向に向けて拍手を送っている。

ぱっと映像が切り替わるとどこかで見たような顔が大きく映し出された。これほど多くの称賛を受けるとは何者だろうと、その顔をよく見ると不思議なことに既視感を覚えた。目鼻立ち所か、骨格レベルで分かる。化粧が違うので気づきにくいが、紛れもなくぼくだった。

突然の出来事に呆然としていると、両隣に両親がにこやかに控えていた。自慢の息子を見る目は優しさと温かさで滲み、少し濡れていた。

「父上、これは…」

「誇るがいい、我が息子よ。此度の栄光は一族の、そしてこの国に新たな光をもたらすだろう。画期的な発明をする頭脳、皆から脅威を退ける技量。そして友のため、国のためその二つを如何なく発揮できる勇敢さとそれを支える胆力。これだけのものがあればそなたはもう立派な大人だ。」

父の温かな言葉が陽射しのように心に射す。

「長年、4年に一度のこの建国祭であの怪物を捕らえた勇者は、一族におらぬ。世を変えるほどの発明家も。外戚ならまだしも名もない家系ばかりで、我らの栄光もここまでかと何度思ったことか…。まさにお前は一族の待ち望んだ英雄だ」

英雄。あこがれていた言葉がかけられる。絵本が思い浮かんだ。黙って聞いていた顔を伏せ、小さく手を握る。

そうか、ぼくが英雄か。

家族を、この国を守るため、あの怪物を倒し、世を変えるほどの発明をしたぼくが。

やれることをやっていただけだが、周りだけでなく想像以上の人々の役に立っていたとは。

手に力を込め、握り拳を作る。実感は、まだない。しかし、心を揺さぶる強い意思は確かだ。熱いものが込み上げてくる。控えめな性格も、慎重な思考も、今この場では出てこない。

顔を上げて改めて群衆を見渡す。どれもが愛しく、守るべきものと思える自分がいる。

これからはぼくが、僕こそが彼らを守る王として、この国の英雄として生きていくのだ。



これはある一国の王として君臨した、ハンス・リリックの英雄譚、その始まりであるーーー。

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