第534話 「人類の精兵②」

 砦亀フォータスを打ち付ける巨人の打撃、その地を揺さぶる轟音に追い立てられるようにして、魔人の一団が猛然と駆け出す。

 その数こそ、今まで対処した魔獣の群れに及ぶべくもないが、一体当たりの戦闘力は比較にならない。敵の突撃に構える連合軍戦列の魔導士と弓兵の中には、間合いに入らない内から撃ち始める者も出た。無駄弾と知ってもなお、動かずにはいられない兵たちがいる。

 一方、迫りくる魔人側の表情にも余裕などはなかった。彼らから見れば、人間の多くは雑兵に過ぎないが、数だけは脅威である。それに……少なくとも、音に聞く操兵術師ゴーレマンサーだけは、魔人から見ても厄介な相手だ。

 彼らの行く手では、地面に刻まれた黄色い魔法陣から、成人男性よりも一回り大きい程度のゴーレムが次々立ち上がる。駆け寄る魔人の多くは、苦戦の予感に顔を歪める。

 これらのゴーレムは、王太子の配下の手によるものだ。さすがに主君操る巨人ほどのパワーはないが、代わりに運動性能と再展開性に富んでいる。迫りくる敵に向かわせ、足止めを図るにはちょうどいい。

 そして、生まれたばかりの人形たちは、魔人の一団へと駆け出した。


 精鋭の術師操るゴーレムではあるが、単体の戦闘力は魔人に大きく劣る。魔人の一団の先鋒は、自身よりもやや大きいゴーレムに相対するや、大剣を大上段に構えて一閃。脳天から割られた人形は、その場で左右に泣き別れて地に伏した。

 しかし、その後の対応が良くなかった。取るに足らぬ相手とばかり、彼は打ち倒したばかりの残骸を、これみよがしに踏みにじって不敵な笑みを浮かべるが……すぐに、自身の身に起きた異変に気付いた。前方から視線を外すような愚行はせず、同胞に向かって鋭い声で注意を促す。


「気をつけろ! デクが足にまとわりつきやがった! 殺しても生きていると思っとけ!」


 その”デク”を操っていた当の術士は、思いのほか敵がしっかりしていたことに舌打ちをし……すぐ傍に主君がいることを思い出したのか、一瞬だけ気まずそうに口を手で覆った。

 操兵術士が石や土を人型に作るのは、それを動かすイメージがしやすいためである。操作難度が上がることを許容できるのなら、何も人型にこだわる必要はない。

 また、ゴーレムが切られたとしても、その後のリサイクルは手慣れたものだ。むしろ、殺されることを前提とした兵なのだから、むしろ地に伏して敵の視界から外れてからが、練達した術士の腕の見せ所である。

 今回斬り殺されたゴーレムにも、未だにマナの血は通っている。踏みつけられた遺骸が、執念深く脚にしがみつき、少しずつ上へ上へと這い上がっていく。

 すると、目を見張るべき事態が起こった。脚を取り込まれつつある先鋒の彼に対し、後続の魔人が剣を抜き放ち、土石に覆われていない部分で両断したのだ。


「切り口から空歩エアロステップでも使え」

「うるせえな」


 短くやり取りした後、膝下を斬られた彼は、ふらつきながらも宙に上がった。切断面では赤紫のマナが泡立ち、わずかにではあるが白い砂がこぼれ落ちる。

 しかし……陸にはゴーレムがいるが、かといって地を離れることが有利とは限らない。連合軍の隊列は、前を盾持ちの兵が固め、中ほどには攻撃担当の魔導士と弓兵が控えている。ゴーレムを嫌って地を離れれば、彼らの射線に身をさらすことになる。

 事実、待ち構えていたかのように、マナと物理の矢が乱れ飛んだ。片足を失った魔人は、それでも懸命に回避と防御に努めるが……宙に刻まれた橙の魔法陣に鉄のやじりが引き付けられ、飛来する矢のコースが捻じ曲げられる。

 軌道を捻じ曲げられた矢が迫るも、他の魔人がこれまた橙色の魔法磁掌マグラップで矢を掴み、どうにか事なきを得た。


「チッ」


 あともう少しというところで邪魔が入ったことに、操兵術師の一人が舌打ちをし、王太子は苦笑いを浮かべた。

 魔人側が見せるチームワークには、予想以上の物がある。最初期の攻防はひとまず落ち着いたが、目立った被害は脚一本だけである。それも放っておけば再生されることだろう。もっとも、人間側にも損害は出ていないが。


 こうして双方に目立った損害が出ない中、戦闘は膠着こうちゃく状態に陥った。つかず離れずの位置を保ち、魔人側が攻撃を誘っては、互いにフォローし合って矢の嵐をいなす。連携の取れた魔人側の動きに、連合軍の指揮官は表情を歪めた。

 そして、魔人側に新しい動きが。連合軍の前まで躍り出た八人のうち、二人が残りを盾にしてやや後方に下がり、魔法陣の記述に入る。その魔法陣の挙動を見て、王太子は近くの武官に声をかけた。


「指揮官殿を。後の動きについて相談が」

「はっ!」


 その後、すぐに馳せ参じた指揮官に、王太子は声をかけた。


「見ての通り、瘴気を展開されつつあるんだけど……ゴーレムは瘴気に弱くてね。赤紫のマナが浸食してくると、魔法陣がズタズタになって壊死してしまうんだ」

「では……瘴気をこちらに寄せられる前に、対処せねばなりませんか」

「そうなるね」



 瘴気を寄せられてしまえば、実質的に耐えられるのは王太子一人だけだ。彼の配下といえど、マナの色は橙、瘴気の赤紫には劣る。

 彼らが話し合っている間にも、前方では赤紫の雲が、その濃度と大きさを増しているところだ。準備が整い次第、瘴気とともに魔人が前進することだろう。

 切迫感からか、額に汗する指揮官。一方の王太子も、遠く離れた巨人を操り続け、故郷よりも涼しい地にありながら汗水を垂らし続けている。

「こちらから出るのは」と指揮官が問うも、王太子は「厳しいね」と即答した。


「あれは誘いでもあると思う。こちらの構えがあるから、連中は攻めあぐねている。兵はこれまで通り、近づいた魔人への対応に専念を。後はこちらでうまく動く」

「……かしこまりました」

「隙は僕らが作るけど、撃ち倒すのはあなた方だ。頼んだよ」


 王太子の言葉に、指揮官は深く頭を下げ、配下を遣わせて指示を徹底していく。その様子を見て、王太子の側近が声を発した。


「我々の動きは?」

「ああ言っちゃったからね。隙を作るのに徹する。健在な敵を減らしていこう。遠慮はいらない」

「かしこまりました」


 遠慮はいらない――その言葉がスイッチであるかのように、配下の表情は一様に強い真剣味を帯びていく。今まで余裕のようなものを見せていた彼らが一変し、研ぎ澄まされた刃のような冷徹な殺意を放ち始める。その変化に、彼らの近くにいる兵は思わず身震いした。

 張り詰めた緊張感の中、王太子直下の精兵たちは、すでに作ったゴーレムを土に還した。そして、次なる衝突に備え、新たにゴーレムを作り直していく。

 そんな中、王太子は目を閉じて精神と集中させ、配下に聞こえる程度の声でつぶやいた。


「肉体派が2……いや、3かな。瘴気担当が2、後は支援の術者タイプだと思う」

「では、前に出た肉体派から狩ります」

「瘴気に隠れてから突っ込んでくるはず、間合いには注意してね」


 王太子の助言に、精鋭たちはうなずきを返してから、再び前方に向き直った。

 にらみ合いが始まって数分もしただろうか。いよいよ瘴気が十分に展開できたと見え、魔人たちが動き出した。瘴気から身を晒した魔人が二人、残りは瘴気に隠れてじりじりと詰め寄る。

 この見えている側は囮であろう。連合軍から迎撃に攻撃が飛ぶも、防御と回避に専念しているらしく、猛攻を見事に切り抜けていく。

 囮への攻撃を断念し、次は視界が利かない瘴気の中へ攻撃が加えられる。が、手ごたえはない。戦果が上がらない中、瘴気を盾に距離を確実に詰められていく。


 すると、瘴気の中から一発の火砲カノンが飛び出した。部隊中ほどにいる兵の飛び道具では、射線が合わずに迎撃できない。

 そこへ、ゴーレムが割って入り砲弾が着弾、土と石が爆ぜて散った。前列の兵は爆風を盾でしのいで事なきを得るも、身代わりが間に合わなければ、あわやというところである。

 それからも、瘴気の中から火砲が何発も飛来した。先ほどの攻撃で味を占めたのだろう。迫る砲弾に対し、ゴーレムが次々割って入る。しかし、少しずつ防御の手に余裕がなくなっていく。ゴーレムが増産されるも、撃ち込まれる砲弾のペースは増すばかりに思われる。

 そこで、せめて火砲を迎撃しようと、隊列中に控える魔導士たちは空歩で空に上がった。だが、待ち構えたように魔人側から逆さ傘インレインが放たれ、思うように迎撃に移れない。

 じりじりと攻め寄せる魔人側の攻勢に、連合軍は押されつつある。


 そして……瘴気の中から一人の魔人が猛然と飛び出した。

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