第244話 「経過報告②」

 ほうきの訓練に比べると、反魔法アンチスペルの訓練に充てられる時間は、かなり短い。

 それに加え、参加者の大半の意識が高いというか熱心なため、闘技場を貸切る時間よりもかなり前に、回廊部分で集まって色々活動することが、早くも習慣化していた。

 そういう自主的な活動の内容は、主に立ち回りなど兵法についての研究や議論だ。反魔法による打消しを、どのように使えば効果的か。彼我の兵数に応じて、どのように使い方を変えるべきか。そういったことについて論を戦わせているわけだ。訓練に参加しているのは冒険者と魔法庁職員で、互いに考え方が違う。そのおかげで、話し合うだけでも結構新鮮な刺激になっているようだ。

 俺は、そういう戦い方に関しての理解や経験が不足しているので、黙って聞いていることが多かったけど、それでもだいぶためになっていたと思う。


 ただ、最初は話し合いだけだったけど、みんなはそれで飽き足らなかったようだ。自然と組み手というかチャンバラというか……そんな感じの演習をやるようになった。まぁ、紙を丸めて作った剣でやる、お遊びみたいなものだったけど、競争心が強いメンバーが多いようで、やってる最中はみんな結構本気だった。

 その中で、ハルトルージュ伯爵閣下は、一際ひときわ優れた剣腕を発揮された。加減しては逆に失礼だろうと、みんなお遊びながら本気で立ち向かったものの、伯爵からは誰も一本取れなかった。

 伯爵の次に強かったのは、アイリスさんだ。彼女に対しては、みんな遠慮が少しはあった気がする……そういう遠慮がなくても、結局は彼女が勝つだろうとは思うけど。

 伯爵と彼女、つまり貴族同士の戦いは、1回だけ行われた。最初はチャンバラだったけど、激しい応酬に紙の剣が耐え切れなくなって、しまいには寸止め空手の試合みたいになった。それで、最終的には伯爵が一本取って勝利なされた。お2人とも、万一相手に傷を負わせたらと、内心ヒヤヒヤされていたらしい。そのため、この組み合わせでの試合は以後禁止となった。

 そういうことがあって、俺も含めてみんな、伯爵への尊敬の念を新たにした。伯が務められる宮中警護役というのは、一種の名誉職というか……実が伴わない閑職とさえ考えられていた。にも関わらず、決して腐ることなく研鑽を続けられて、技量を磨かれたという事実に、みんな感じ入ったわけだ。

 貴族以外で強かったのは、やっぱりハリーだった。体格が良いこともさることながら、フットワークや剣術でも非凡なものがあって、伯爵も舌を巻くほどだ。

 他の冒険者では、飛びぬけて優秀な剣士はいなかった。俺みたいに剣を握ったことがない冒険者も何人かいて、俺達はうらやましそうにチャンバラを眺めたものだ。


 時間外の活動で、他に変わったものは……煽り文句の検討がある。

 これは、俺が反魔法の着想を得た元ネタを意識して、冗談で提案してみたものだ。相手の魔法を消してやった時に、ちょっとした挑発でもかましてやれば、と。

 この煽り文句会議では、意外にもエルウィンが意欲的だった。彼に言わせれば「うまくやれば心理的優位に立てるから」だそうだ。まぁ、反魔法が物にならないうちから挑発を考えるのも、時期尚早って気はする。でも、みんな楽しそうに煽りあっていたので、それはそれでいいんじゃないかと思った。


 で、肝心の訓練の方は……まだまだ途上ってところだ。

 まず、一から覚える組について。反魔法で使われる型のうち追記型と収奪型は、一般的に影が薄いというか、業界的には重用されていないものだ。そのせいか既修者は少なく、覚えている魔法庁職員も、誰かに効率よく教えるというのは難しそうだった。

 その一方で、すでに型を覚えている参加者はというと、文を用いない新機軸の技法ではあるものの、さほど違和感なく記述をできるようだった。

 ただ、問題は実戦で、どこまでのことができるかだ。現状での検討では、ボルト系に対してはほとんど無力だと考えられている。弾速がある上に、マナが収束していて、反魔法の渦と接触範囲が少ないからだ。

 見込みがありそうなのは、火砲カノンへの対抗手段としての使用だ。光盾シールドに先立つ緩衝材のように使用できれば、威力を減衰して集団戦における危険や被害を緩和できるのではないか。

 しかし、実際にそれを検証するまでには至っていない。失敗したら大惨事だからだ。

 それに、闘技場の修繕が進んでいて、闘士保護機能の回復の目途も立っている。文献によれば、これは闘士に追随して働くバリアのようなものだと考えられている。その機能の回復の成否を待ってから、反魔法の実践的な検証を行うのが妥当だろう。

 そういうわけで、現状では習得を優先し、検証では机上がメインとなっている。実際に使い物になるかどうか、今のところは何とも言えず、発案者としては結構気が気じゃない状態だ。



 反魔法についての現状報告が終わると、アイリスさんは手をティーカップに伸ばした。そして茶を飲みつつ、ほんの少し上目がちになって、閣下の反応をうかがっている。

 すると閣下は、「手合わせでは加減したか?」と尋ねられた。アイリスさんはカップを静かに置いて答える。


「いいえ、本気で立ち会いました」

「よろしい。手を抜けば相手に失礼だし、何より、お前の強いところを見せてやらんとな」


 閣下は腕を組んで満足そうに、そう仰った。それから少しして、閣下は表情を引き締め、アイリスさんに問われた。


「お前は反魔法を使えるのか?」

「はい」


 実際、彼女は覚えるのがものすごく早かった。すでに型を習得していたからだろうとは思うけど、魔法の専門家集団である、魔法庁職員よりも習得が早かったくらいだ。

 彼女の返事に、閣下はうなずかれた。そういう仕草は嬉しそうではあるものの、依然として真剣な雰囲気は残る。

 そして閣下は、本題を切り出された。


「お前の目から見て、反魔法はどうだ?」


 問いかけを受けて、アイリスさんは俺の方に視線を向けたけど、閣下は優しい声音で「自分で考えて話しなさい」とたしなめられた。

 実際には、俺に対して配慮するかどうかってところだろう。アイリスさんは目を閉じ、若干うつむき加減になって思案し始めた。すると、閣下は急に表情を少し崩し、俺に向けて微笑まれた。「安心せよ」という感じの表情だ。

 それから、閣下はまた締まったお顔に戻られ、少し後にアイリスさんが顔を上げて言った。


「現状では、実戦で利用するにはまだ足りないものがあるかと」

「使用に慣れたとしても、頭打ちがあると?」

「……はい」


 それは、俺も感じていることだった。光球ライトボール相手に吸わせる実験で、有意な効果は確認できている。火砲に対しても、意味のある効果は発揮できるだろう。

 しかし、信頼を置けるレベルの効果を発揮できるかどうか……現状では、そういう水準には至っていないと思う。

 それに、効果としてのわかりやすさは、実戦のみならず、今後の発展においても重要だ。だから、もっと改良しなければならない。

 そんなことを考えていると、アイリスさんは少し声を張って話した。


「現状では実戦向きではありませんが、可能性を感じます。追究していく価値がある試みだと思います」

「なるほどな」


 閣下は瞑目し、静かにつぶやかれた。それから急に静かになって、茶を飲もうとカップに手を伸ばすのもはばかられた。

 そんな静寂を奥様が破る。「2人とも、夕食は?」と問われた。2人ってのは、もちろん俺とアイリスさんだろう。

 俺は宿を出る前に、夕食もお呼ばれになる可能性を考え、夕食は外でと伝えてある。お呼ばれしなければ、外食のつもりだった。

「ご一緒させていただければ、うれしく思います」と答えると、奥様は優しく微笑み、「私も嬉しいわ」と仰った。続いて、アイリスさんが口を開く。


「私も、今日は家で」

「そう。だったら、一緒に作る?」

「はい、久しぶりですし」


アイリスさんが笑顔で応じると、奥様はマリーさんと目配せをしてから仰った。


「マリーも一緒に、3人で作りましょうか。最近あまり帰ってこないものだから、この子も寂しそうだったのよ?」

「奥様ほどではございませんよ」


 奥様とマリーさんの間で軽口が飛ぶと、アイリスさんの微笑が申し訳なさでわずかに曇った。たぶん、さっきのやり取りは、言い合いに見せかけた連係プレーだろう。久しぶりでも、このおふた方の息の合い方は相変わらずだった。

 それで、せっかくだから手の込んだものでも……ということで、仕込みのため女性陣は揃って台所へ向かわれた。


 後には俺と閣下が残る形になった。閣下は苦笑いしてつぶやかれる。


「久々の帰郷なんだが、まさか揃って料理に行かれるとは……」

「照れ隠しではありませんか?」

「……娘はともかく、なぁ」


 あんまりな物言いに、つい含み笑いを漏らしてしまった。

 しかし実際には、今の状況は奥様が――もしかするとマリーさんの協力もあって――意図的に作ったものかもしれない。会話が途切れ、互いに静かに茶を飲み、ややあって閣下が切り出された。


「私がいない間、色々と大変な目にあったと聞いている」

「……はい。ですが、皆様のおカ添えを賜りまして、なんとか乗り越えることができました」

「そうか、相変わらず謙虚で安心したよ」


 わずかにシニカルな笑みを浮かべ、閣下は仰った。俺が言った言葉は本心ではあるけど、もっと自信をもったほうがいいのかもしれない。

 色々あった件についての言及は、それだけだった。気を遣われているとは思うけど、今更感もあるのかもしれない。機を逸したというか。

 話題はすぐに、4月から始まっている諸々の件に移った。「きみは本当に、落ち着く暇がないな」と苦笑いでねぎらいのお言葉をいただく。


「いえ、やりがいのある試みに、携わらせていただいております」

「そうか。殿下はなかなか人遣いが荒いお方であらせられるのでね、少し参っていやしないかと」

「……それは、正直……」

「だと思ったよ」


 そう仰って、閣下は笑われた。殿下からは信用というか信頼というか……そういった感情を向けられているのはわかるし、そのことを光栄にも思う。でも、これ以上荷が増えるとキッツいとは思っていたところだ。

 こういうことに関しては、閣下も心当たりがたくさんあるらしい。ひとしきり笑われた後に、昔を思い出すようにしみじみうなずかれている。


「きみについては野放しにするのが一番おもしろそうだと、殿下にご忠言申し上げたのだが……お目に留まってしまったようだね」

「どうやら、そのようです」

「まぁ、政治などの面倒からは、きみを守ってくださるだろう。その点は安心しなさい」

「はい」


 実際、転移の件だとか今進めている各種計画の影響で、俺のことは国や軍の上部でいくらか周知されているだろう。でも、上からの接触は、宰相様と殿下を除けば、まったくない。

 そのことについては、宰相様がお気遣いしてくださっているのかと考えていたけど、殿下もおカ添えくださっていると考えた方が自然だ。邪魔が入ると、プロジェクトに悪影響を及ぼしかねないだろうし。

 その後、例の取り組みについて、俺の口からも説明というか話を求められた。しかし、ほうきと反魔法の件については、アイリスさんがかなり詳細に話したので、補足の必要もほとんどなかったくらいだ。

 ただ、残る一つ、瘴気を吸う魔道具の件について俺が語ると、閣下はかなり真剣な面持ちで耳を傾けられた。

 話としては、他に漏らせない部分が多い。しかし、閣下は最前線の総指揮官補佐を務められいる。だから、俺が隠し立てすることもないと思って、一番新しい情報――盆地の方々との協力体制の確立について――までを話した。

 俺の口から一通り話し終えると、閣下は瞑目して考え込むようなそぶりの後、仰った。


「私としては、この件が一番気がかりだったのでね」

「今の計画の前身で、着る魔道具の計画を工廠と立ち上げられたと聞いておりますが、そのためでしようか?」

「ん? ああ、それも理由だが、よく知っているね」

「殿下が教えてくださいました」

「ロの軽いお方だ」


 まるで、この場にいない殿下をたしなめるかのような口調だった。

 そうして、ひとしきり例の魔道具についてお話したあとで、俺の中には一つの疑問が残った。少し前から気になっていたことだ。ただ、お尋ねするのは不躾な気がする質問ではある。それに加えて、ご実家での貴重な休暇だ。その空気を壊してしまうんじゃないか……そんな懸念はある。

 聞くべきかどうか。口をつぐんで考えていると、閣下は「何かあるかな?」と尋ねてこられた。


「あるにはありますが、こういった席でお尋ねするべきかどうか、判じかねております」

「遠慮することはないよ。答えられないものであれば、聞かなかったことにして切り上げようか」

「……では」


 閣下は、俺が尻込みしている質問に対しては興味がおありのようで、微笑みながら俺の言葉を待たれている。何度か深呼吸をして、俺は口を開いた。


「平民が瘴気に対抗する魔道具の実現で、社会に悪影響はあるでしょうか?」

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