第181話 「揺れる会議」

 1月5日10時。フラウゼ王国王都大議事堂。年初の定例議会に先立ち、招集があった国防会議のため、ここ大議事堂には私を含め国防関係者と政庁の方々が勢揃いしていた。招集をかけられたのが王太子殿下ということで、乾いた空気は緊張感に満ちている。

 会議が始まるなり、殿下はこの場の面々が突然の参集に応じたことにまずは礼を述べられ、それから本題を切り出される。

「王都周りの監視体制について、意見を申し上げたい」と殿下が話されると、にわかに議場がざわついた。私みたいな貴族の子弟は、あまり発言をしないということで議場の後ろの方、ちょっと高めの席をあてがわれている。そのおかげで、議場の様子は他の席よりもずっとよくわかった。

 殿下の発言には、衛兵隊の方々よりも国政・都政に携わる方々の方が狼狽しているように見える。もちろん落ち着き払った様子の方もおられるけれど、慌てふためく塊が見えるのが、派閥の存在を匂わせているように思えてしまった。

 ざわつきが静まってから、殿下は話を続けられる。


「盆地での敵方の動きは、軍事演習の可能性がある。それが、3月に控える黒い月の夜を睨んだものかどうかはわからないが、全くの無関係ということはないだろう」

「では、次なる仕掛けがあると?」

「有り得そうな手は何通りもあるが……」


 あの盆地で行われているのが演習だという前提で、殿下が語られた敵方の戦略の可能性は主に3つ。

 1つ目は、黒い月の夜のための演習というもの。3月の”本戦”に向けた練兵をしつつ、こちらへもプレッシャーを与えて、最前線を始めとして他の戦場とのやり取りを阻害しようという戦略。

 2め目は、あの練兵は本戦とは別に同時攻撃を掛けるためのもので、ターゲットは王都近辺という戦略。9月までに敵方による下調べが完了していると見れば、そういう動きはあり得る。

 3つ目は、3月中旬の本戦の前に仕掛けてくるという戦略。本戦前に圧を与えることができれば、こちらは浮足立ってそれどころじゃないだろうとのこと。

 3つの可能性を並べ立てられた殿下は、話し終えられてから皆様の反応を待たれている。語られたお言葉に対する困惑はいや増して、どよめきが議場を満たした。そんな声が収まるのを待ちきれないと言った様子で、政務官の方が立って殿下に問いかけた。


「盆地へは攻められないと?」

「”目”の核に比べれば、盆地全体は瘴気が広く薄い。強大な魔人の行き来には適さないだろうし、盆地の監視体制も敵には相当不利に働いている」

「……では、殿下は3つの内、どれが最も有り得そうだとお考えですか?」

「強いて言うなら1つ目は弱いと考えている。9月の襲撃とは、さほど関連性のない軍略になるからだ」


 仰るとおりで、最前線に向けるための練兵だったということなら、王都の近郊でという示威的なものはあっても定常通りの戦略という感じがする。9月の仕掛けとは、あまりつながらない。

 それに敵方にしてみれば、王都に侵入してから衆人環視下で転移して逃げるというのは歴史的な快挙で、そう容易にはできないはず。国政・都政や国民の混乱が癒えきらない今という好機を、無為にするとは考えにくいと思う。

 だからこそ、殿下が語られた3つの可能性のうち、王都周辺を攻めるというものが一番有り得そうな気がする。そして……この議場に集った方々の多くは、その可能性を認めきれないでいるように、私には見えた。

「具体的な敵の動きとして、何か想定されておられるのでしょうか」と軍政官の方が発言すると、殿下はすぐに返答をなされた。


「小規模な目でも、程度の低い魔人であれば行き来できるだろう。まだ我々が気づいていない目を、例の侵入者が把握していればと考えている」

「未発見の目ですか……」

「あるいは、作るという手もあるのではないか? 現に、敵はここで作ってみせただろう」


 殿下が指摘されると、議場は静まり返った。相手にとっても強力な制約がある中、王都の中心で簡易的なものでも門を作られたという事実がある。その厳しい現実を突きつけられ、誰も声を出すことができなくなってしまった。

 もしかすると想定以上の反応だったのかもしれない。殿下は静寂を破るように咳払いをされてから、言葉を続けられた。


「例の侵入者の足取り、特に王都の外での巡検記録については、改めて精査すべきだ。過去の文献と照らし合わせ、魔人・魔獣の目撃事例などがあれば、そこが次の侵略経路になる可能性もある」

「はっ!」


 軍政官の方は異論を挟むことなく殿下の発言を認め、着席した。そのあと、軍政とは逆方向にある民政官の方々の一部から、またざわめきが聞こえてくる。

「殿下、申し上げたき事項が」と民政官の方が手を挙げて言われると、殿下はうなずいてその先を促された。


「失礼ながら、殿下ご自身でお考えになったものでしょうか?」

「いや、意見を他に求めた上で、私なりに考えて話している」


 話し相手というのはラックスさんだと思う。私は結局盆地でラックスさんとそういう話をする機会がなくて、聞いても「今はお耳に入れるほどのものでも」と言われてしまった。

 殿下は、この場で相談相手を明かされなかった。おそらく、相談役の方を守るためだと思う。殿下が話された敵方の戦略の想定は、筋が通ったものに聞こえるけど、絶対の確信を持てるものではない。それはこの場の大多数の方々にとっても同じで、訝しむ様子を隠さない一団も見える。

 しかし、今立たれて殿下と話をしている方の疑念は、もっと上を行った。「内応の可能性などは?」と彼が話すと、議場はこれまでよりも強いざわめきで満ちた。「無礼だぞ!」というヤジも飛んだけど、殿下は今の話し相手に興味を示されたみたいで、気分を害された様子もなく彼に続きを話させた。


「……殿下のご相談相手が内通者という可能性は低いでしょうが、その相手の方も、殿下の相談役であるならば独自の情報網はあるでしょう」

「……なるほど。その網に拾わせたい情報を忍ばせる者がいたら、と」

「そういった可能性はあるかと」


 政務に携わる方々の多くは、9月のことを思い返すだけでも身震いしてしまう。そんな中、殿下を前に話している彼は、考えたくもない可能性を正面から見据え、殿下に率直に投げかけている。その思慮と心胆を認められたようで、殿下は穏やかに微笑まれ、「その意見は肝に銘じよう。ありがとう」と仰った。お褒めの言葉を頂いた彼は、深く頭を下げて着席した。

 すると、彼の思い切った言葉が口火を切ったようで、民政官の方々から意見が出始める。彼らの意見は殿下のお考えを疑問視したり、懸念を軽んじる論調のものが多かった。軍部の方々は殿下のお考えに賛同を示しているようで、皆様落ち着き払った様子だけど、民政官の話す楽観論には苦い顔をされる方が大勢いらした。

 それに、楽観論ばかりじゃなくて現実的な理由から、次への備えに対して疑義を呈する方もいた。「衛兵隊の方では監視体制を強めるお考えのようですが、すでにかなり人手を回しているのでは?」という意見には、軍政官もすぐに答弁できず苦い沈黙が訪れた。

 人手の問題というのは、やっぱりある。それに、年明けで心機一転というムードの中、秋から続いた巡視体制を少し弱めたい、そういう動きは衛兵隊の中でもある。兵を休ませたいという考えもあるし、いつまでも続く巡視に、民衆は安心よりも余分な懸念を覚えるのでは、そういう意見もあった。その中で、巡視を強めようというのは、国に負荷をかける選択になってしまう。

 それと……読みが外れた場合のことも考えないといけない。監視を強めたところが外れて、別のところから攻められた場合は逆効果になってしまう。

 そのことを都政の政官の方が指摘し、軍政の代表の方は人員配置を見直して対応すると答えた。それでも都政の方々は、余分に兵を使わず温存することを建設的だと主張した。そういった対応は、賢そうに聞こえるけれども責任と向き合っていないだけだと、私は思う。


「そもそも、皆様方心配され過ぎではありませんか? 王都近郊へ攻撃を仕掛けられるなど、聞いたこともありません」

「では、貴官は王都が攻撃を受けたことをどう考えている? 前例など当てにならんのでは?」


 楽観論を続ける都政担当の方の意見を、朝臣の方が一蹴して雰囲気は一気に重くなった。何をされるかわからないという不安が、この議場を満たしている。

 重苦しい場の雰囲気で、主に政務に携わる年配の方々の表情に疲れの色を見て、私はハッとした。殿下のご意見に対する、少し冷ややかとも言えるような彼らの反応は、殿下を取り巻く派閥とかを反映したものかも知れないけど、一番の理由は疲れなのかもしれない。信じていた安全が根底から揺るがされ、これからどうしていいかわからないなか、あがき続けるしかない現状への疲れが、あり得る危機から目をそらせている、そんな気がした。

 そうして議論がまとまらない中、ちょっと離れた席からポツリと「陛下がおられれば」と言う声が聞こえた。

 陛下はこの場にはおられない――主要な式典でしか姿をお見せにならない。そうした陛下ご不在の中で、国の重大案件を殿下が切り出されているこの構図は、陛下を支持する”守旧派”と殿下を擁立しようという”革新派”の対立を思い出させる。きっと、私だけじゃなくて、誰もが意識していると思う。


 最終的に、衛兵隊の巡視体制は新たな判断材料が出るまでは継続。新しい”目”に関しての調査などについては、魔法庁が捜査を主導しつつ、人手が必要になる案件に関しては冒険者ギルドへの依頼で対応という形で収まった。衛兵隊が現状維持ということで、民衆視点ではあまり変わっているようには感じないはず。

 そういう形で会議が一応の決着を見ると、議場の一部で安堵するような空気が漂った。

 でも、ここでの話が終わっただけで、事は何も解決していない、そんな気がする。心配しすぎかもしれないけど、でも、取り越し苦労に終わるとは思えない。

 9月の出来事は、本当に大きな出来事だった。それこそ、歴史的な事件だと思う。あれが、一過性の仕掛けで終わるなんて考えにくい。

 きっと、また何かある。

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