第178話 「年始参り⑤」

 王都の各商店街での集まりは、地区ごとでの開催になる。北は行政区画なので、それ以外の3方角で催されるわけだ。

 俺達はエスターさんの店に用があるので、彼女の店がある東区へ向かう。しかし西門から王都に入ると、こんなにも人がいたっけ? というレベルで街路がごった返していて、まとまって動くのには少し難儀した。

 大通りはちょっと通れそうにないということで、ネリーの案内で細かな路地を通って東へ進む。ギルドの事務で営業等を行う分、ネリーはこういう地理関係に詳しくなっていた。

 そんな彼女の働きで、最初に街路を目の当たりにしたときの印象と異なり、意外にもあっさりと東区にたどり着く。

 しかし、東のメインストリートは西以上に人混みがヤバい。大通りから内へ入り込んだ道からも、ハッキリと分かる程度には大混雑している。年末のアメ横みたいな感じだ。「路地側の方にお店があってよかったね」と、苦笑しながら言うネリーにみんなで同意し、人混みの喧騒を背に俺達はエスターさんの店へ足を運んだ。

 エスターさんの店は賑わしい東区の中でも比較的静かな区画にあるけど、今日はお日柄もあってか、周囲はほどほどに騒がしくなっている。店の前にたどり着くと、外で掃除していた店員さんが「お待ちしておりました!」と言ってくれて嬉しくなった。

 それから、急いで店の中に入った店員さんが、ほとんど俺達を待たすことなくエスターさんを連れてくる。彼女の傍らにはフレッドもいる。

「彼もご一緒してもよろしいでしょうか?」と、若干遠慮気味に尋ねてきた彼女の問いに、俺達全員が声なり顔なりで快諾すると、フレッドは顔を紅潮させて少し涙ぐんだ。そんな彼の頭に手を置いて、エスターさんがニッコリと笑う。

「では、行きましょうか」と彼女が案内したのは、東区にある大きな広場だった。商店街での年始の集まりは、世話になった店舗ごとに出向いて種を植えたのでは、種がいくらあっても足りない。そのため、すべての店をひとくくりに扱い、広場に1つ種を植えて去年の感謝とこれからの願いを込める場としている。

 つまり、ここで種を植えるはずなんだけど、意外に人はそこまでいない。いや、それなりにはいるんだけど、大通りの混雑ぶりを思えば程々って感じだ。

 そのことが気にかかって尋ねてみると、「種植えは手早く済ませて、後は自分の店へ……という方が多くて。私もですが」とエスターさんは笑う。実際、人混みの熱気はあっても寒いことは寒いし、商店主が店を開けっぱというわけにもいかない。こうしてお得意様を迎えて一緒に種を植えては、そそくさと店に戻ってまた別の客を待つ……そんな感じの一日になるようだ。

 そういうわけで、種植えが終わるとすぐにエスターさんの店に戻ることに。どうやら応接間を開けておいてくださっていたようで、お話はそこで、とのことだ。他にもお得意様がいるだろうに、ここまでの扱いをしていただけることには、かなり恐縮した。まぁ、他にみんなで揃って話す場所ってなると、候補が難しいんだろうけど。

 店に戻ると、朗らかな感じの店員さんがさっそく応接間へ案内してくれた。店の中には若い女性中心にお客さんがかなり入っていて、そんなみなさんの視線を浴びつつ店の奥へ入っていくのは、ちょっと恥ずかしかった。

 そうやって注目が集まる中、「あ、セレナじゃん」という女の子の声が。店内にお友達が何人かいたようで、セレナは少しはにかみながら友達に軽く挨拶をした。店員さんによれば、俺達5人の中でセレナが一番の上客とのことで、本当によく来るらしい。それで、店で知り合ったお友達も結構いるようだ。

 ちなみに、2番目に金を使ってるのが俺らしい。たぶん、他に服屋をあまり知らないのと、セールストークでついつい買っちゃうのが原因だろう。それを公言するのはあまりに恥ずかしいので、黙っておいたけど。

 奥の応接室に入ると、すでにお茶の用意がしてあってますます恐縮した。暖炉には火がつけてあって、いたれりつくせりだ。上着をコート掛けに掛けて、みんなで席につく。

 すると、さっそくエスターさんが切り出してきた。


「いつかまた、依頼を出して一緒にと思っていたのですが、どうでしょうか?」

「うーん、それがですね」


 あらかじめ想定済みだったのか、ネリーがすぐに応じたけど、次の言葉は中々出てこない。用意した言葉であっても、伝えるのには少し足踏みしているようにも取れる。

 ややあって、彼女は残念そうな困り顔で応えた。


「商人の護衛となると、ちょっと軽めの依頼になるので……みんな冒険者ランクが上がっちゃいましたから、適正外になると思います」

「そうですか……いえ、仕方ありませんね。みなさん昇段されたのは良いことですし」

「代わりにピクニックとか行きたいですね。私もそういうお願いをしたところですし」


 そう言ってネリーはニコッと笑った。営業トークじゃなくて、マジなんだろう。一方のエスターさんは「それはいつでも、望むところですよ?」と、これまたいい笑顔で返す。そして、「じゃあ、春になったら行きましょうか」ということで、一緒にどこかへ行く件は落着した。

 それから、お願いのこととか少し談笑した後、ハリーがフレッドに向かって言った。


「明日、俺の実家に顔を出すつもりだが、付いてくるか?」

「えっ、僕がですか?」

「こちらでお前の友人を預かってるだろう」


 例の依頼の後、フレッドの友人というか仲間は、各所に預けられて散り散りになっている。あの後顔を合わせたことは、たぶんないだろう。

 ハリーの申し出に、フレッドはうつむいた。目を閉じ体を小刻みに震わせる彼の肩に、エスターさんがそっと手を置く。

 俺は胸が締め付けられる思いだった。フレッドの境遇のことも、ハリーのことも。フレッド同様に孤児だったハリーが言う、実家という言葉の重みといったらなかった。

 それから、声を震わせ絞り出すようにフレッドが「お願い、します」と言うと、ハリーは優しく「ああ」と答えた。

 ちょっと湿っぽい空気になったところで、エスターさんがネリーに向いて口を開く。


「あなたもご一緒するのですか?」

「わかって聞いてますよね?」


 新年早々、新婚さんがバラバラってことはないだろう。珍しく、ちょっと照れた様子のネリーが口をとがらせながらエスターさんに返すと、誰ともなく笑い声が起きて場がほぐれた。

 その後も談笑していると、窓の向こうが茜色に染まってきた。腹具合も、そういう時刻だと告げてくる。


「すみません、長く引き止めてしまって」

「いえ、こちらこそ。長居し過ぎちゃいました」


 結構な時間話していたように思うけど、その間他のお客さんは来なかった。もしかしたら、店員さん達が気を利かせてくれたのかもしれない。エスターさんにとって俺達がとびっきり特別な客だってことで。


 この後は、仕事開きをしている居酒屋で飲み交わしてお開きというのが、1月2日の定番の流れらしい。

「そんなに飲まないところにしよっか」とネリーが言うと、心底安心したのが表に出てしまったのか、みんなに少し笑われた。

 エスターさんを始め、店員さん方にも挨拶を済ませて店を出ると、大通りの方は東区についた当初よりも賑やかだった。

 ちょうどいい店があるかどうか心配になりながらも、喧騒の方へ足を運んでいくと、向こう側から見慣れた顔が。エリーさんが魔法庁の職員の方々を数人引き連れている。職員のみなさんは、人の波に少し圧倒されているようで新卒っぽい感じがある。となると、エリーさんは引率ってところだろうか。

 実際そのとおりで、俺達と会って軽く挨拶を済ませた後エリーさんは言った。


「後輩が、普段同じ店でしか食事を取らないと言うので、この機にと」

「い、いいじゃありませんか、先輩」


 エリーさんの後ろから、当の後輩のうち1人がおずおずと抗議の声を挙げると、エリーさんは彼らに振り返って言う。


「美味しい店が幾つもあると知れば、自然と色々な場所に足を運ぶようになるものです。そうやって情報の網を広げるのですよ」

「……単に、美味しい物好きなだけだと思ってました」

「もちろん、それもありますけど」


 彼女の後輩を前にして、意外と容赦のないサニーの発言が入るも、エリーさんは特にたじろぎもせずあっさりと肯定した。その返事にみんなが一瞬呆気にとられ、ちょっとしてから最初にネリーが含み笑いの声を漏らす。

 その後、彼女は笑ってしまったことを詫びつつ、「この後一緒にどうですか」と申し出た。

 提案を受けたエリーさんはそのまま了承しそうな雰囲気だったけど、結構腰が引けている感じの後輩さん達の方が問題だった。彼らは互いに顔を見合わせて戸惑っている。

 ネリーの提案も、結構勢い任せなところがあったので、彼女は俺達の方に振り返って「大丈夫だよね?」と聞いてきた。みんな問題なさそうだ。セレナは少し躊躇した感じに見えたけど、最終的にはうなずいて賛同した。

 総意が取れたところで、改めてネリーが彼らに申し入れる。


「できれば、あなた達とも一緒にって思うんだけど、どうかな?」

「ほら、ああ言ってますよ」


 ネリーの言葉に、エリーさんも笑顔になって後輩の方々を優しく見つめた。すると、若干の遠慮は見せつつも、彼ら魔法庁の職員が合流して一緒に夕食を取ることに。

 それからエリーさんの案内で着いたのは、大通りから少し路地に入ったところにある、大きめの居酒屋だった。戸を開けると、中にはすでに大勢のお客さんが入っていて、誰もが楽しそうに歓談している。

 その後、店員さんの案内で店内に通された俺達団体客は、2つのテーブルをあてがわれた。魔法庁の職員の方々が互いに顔を見合わせていると、ネリーが先手を打つ。


「所属、まぜこぜにします?」

「もちろん」


 エリーさんは即座に快諾し、それからは2人の取り仕切りで、あっという間にグループ分けが済んだ。同席した職員の方が、「どうも」みたいな感じの控えめな態度で頭を下げてきて、俺達もそれに返した。この状況を、嫌がっているようには感じない。それは何よりだった。

 注文の方も、慣れてないだろうからと即席の幹事2人が、パパパっと手際よく済ませてくれた。その様子を見て、ちょっと呆けた顔で感心したように見つめる職員のみなさんだったけど、俺もまだまだこういう店での飲み食いには慣れてないところがあって、正直助かった。

 さすがに酒とつまみが来るのは早い。店員さんが、「お待たせしました」と朗らかに言いながら、酒と料理をテーブルに並べていく。

「乾杯、どうします?」とネリーがエリーさんに尋ねる。尋ねつつも、その役を任せたがっているように聞こえた。エリーさんが同様に感じたのかどうか定かじゃないけど、彼女は「では私が」と言って立ち上がり、咳払いしてから何回か目をパチクリさせた。


「……去年は色々ありましたが、今年は自分の方から色々していきましょう……そっちの方が面白いですからね。では……乾杯!」

「乾杯!」

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