第174話 「年始参り①」

 今日は元日だ。俺もみなさんも、いつもより少し遅めに起き、新年の挨拶を交わして朝食をとった。

 朝食が終わるとさっそく、話に聞いていた種植えの儀式をやることに。初めてということでドキドキしたけど、みなさんはいたって平然としている。話に聞いていた感じだと、儀式というにはアバウトな催しという印象を受けていたけど、実際そのとおりのようで、そこまで身構えなくても良さそうだ。

「はい、どうぞ!」と笑顔のリリノーラさんから、まんじゅうサイズの巾着袋を手渡された。小さいけど口のあたりとかの縫製はしっかりしていて、小綺麗な感じだ。口の紐を緩めて中を開けると、半月状の種が7つ中に入っていた。

 種の確認が済んだところで、ルディウスさんが外から陶器製の白いプランターを運んできた。街路にズラーッと並んでいるうちの1つだろう。彼は厚めの布が敷いてあるテーブルの上に、そのプランターを置いた。

 そういえば、この王都では街路の両脇には、まるでガードレールみたいに整然と花壇が並んでいる。今までは公共物なのかと思っていたけど、こうして店で面倒を見てるってことは、ちょっと勘違いしてたんだろうか? そんな疑問を投げかけると、ルディウスさんはすぐに教えてくれた。


「王都の役所で管理してるものもあれば、こうして個人が所有・管理してるものもあります」

「なるほど、混在してるんですね」

「はい。ですけど、景観の問題もあるので、自分で栽培するなら届け出が必要ですね。ここにウチのプランターをおいて、きちんと面倒見ますって」


 花壇1つとってもちょっと面倒はあるみたいだけど、ピシッと整列した花壇は確かに壮観で、都政が力を入れるというのも頷ける。

 しかし、花壇の存在は景観目的だけというわけじゃないようだ。少し離れたところで歓談していた薬師さんには、俺達の話が聞こえていたようで、補足を入れてくれた。

 それによると、花が変にしおれているような場合、近隣の住人が体調を崩している可能性が高いという。炭鉱のカナリアみたいな話だ。それで、花の具合が悪い家や店は、医師がタダで往診してくれるという行政サービスがあるそうだ。


「私も、そういう場合に駆り出される医師の1人。まぁ、めったに無いけど」

「花がしおれる前の兆候とかはないんですか?」

「ん~、花が最初なんじゃないかな」


 ちょっと気になる話だったけど、気がつけばみなさん俺たちの話の様子をうかがっていて、種植えを待たせてしまってるようだ。話を切り上げ、代表のルディウスさんにバトンタッチする。


「……特に言うこともないですが、どうぞ」

「ちょっと、兄さん!」


 挨拶にしてはあんまりなので、リリノーラさんは笑いつつルディウスをたしなめた。本当に、新年最初の儀式というか風習にしては雑な感じだ。おかげでやりやすそうだけど。

 その後、照れくさそうにしているルディウスさんの手招きで、入居者一同プランターが置かれたテーブルに寄った。細長いプランターには少し湿った土が盛ってあって、すでに小さな穴が等間隔に並んでいた。ルディウスさんが開けてくださった穴だ。

 彼の準備に感謝しつつ、順番に種を入れて植えていく。花の色が違えば種も違うようで、俺のとは形状が違う種がチラホラ見えた。俺も袋から1つ取り出し、種を穴に入れて土をかぶせる。

 ……種植えは以上だった。お祈りについては、必死に願掛けしてもいいし、願い事を口にしてもいいし、別に言わなくてもいい。祭事にしてはあっさりしていて拍子抜けにも思ったけど、どうやらこういうもののようだ。

「まぁ、1日のはどこも静かかな。明日は職場で集まるから、騒がしくなると思うよ」とは劇団員さんの言だ。実際、人の集まりとしては2日の方がずっと大きくなる。お祭り騒ぎみたいなのは2日にとっておいて、元日のお祈りはささやかにというのが、よくある傾向のようだ。


 種植えが終わり、ルディウスさんを手伝ってプランターを外に置きにいくと、ちょうどお隣さんに出くわして軽く挨拶した。お隣のも同じプランターで、規格化されてるのかなと思う。咲かせる花は別だろうけど。

 ルディウスさんとお隣さんの話が若干長くなりそうだったので、お2人に断って中に入ると、同居人のお姉さん方がいなくなっていた……と思ったら、厨房から黄色い声がする。食堂の居残り組によれば「今日はあの子らが飯作るんだとさ」だそうだ。

 思えば、みなさん仕事の自粛体制で揃って宿に留まることはあっても、こうして一緒に料理しているところは見なかった。一緒に心配そうに集まっては、暇を持て余すばかりの日々だった。今日は元日だからかもしれないけど、秋頃とは街の雰囲気が違うことを、こういうところでも感じられて嬉しくなった。



 1月2日、6時半ごろ。年明け早々に早起きしたのには理由があって、例の種植えが朝早く7時に始まる官署があるからだ。

 まぶたをこすりつつ、念のために全体の式事に目を通す。2日は主だった組織・期間が順次人を集めて祭事を執り行う感じでやっていく。午前中は公的機関、午後は民間組織というくくりがあって、朝一発目のが魔法庁の集まりだ。

 魔法庁に行くべきかどうか、実はかなり悩んだ。でも、一緒に仕事をする間柄になるわけだから、やはり行くべきだろう。向こうから仕事を委託されることになる俺が、こういう場で姿を表さないというのも感じ悪いし。

 しかし、それでも魔法庁に行くのには、少し気が引ける思いがある。冬の朝、寝ている俺にのしかかる大気は、いつもよりもずっと重く感じた。それじゃイカンと思って跳ね起き、思いっきり寒気を吸い込んで気持ちを入れ替え、階下の食堂へ向かう。


 下にはすでに朝食の準備があった。前日に予定を伝えていたから当たり前なんだろうけど、そういうことを当たり前に済ませてくださる、ルディウスさんとリリノーラさんに改めて感謝の念を抱いた。

 席についてパンを頬張ると、俺が食べている様子を眺めているリリノーラさんの笑顔に、わずかながら戸惑いや心配の色が差しているのが見えた。魔法庁とのアレコレは彼女も知っていて、最近は関係改善の兆しが見えると俺の口から伝えてもいたけど、それでも……という思いはあるんだろう。その節はすごく心配させてしまったし。

 せめて安心させようと、パンを噛みながら笑顔を作ると、パンが変なところに入ってむせこんでしまった。慌てて背中をなでさすりに来たリリノーラさんは、俺の容態が落ち着くとフフッと笑った。さっきよりも、もっと明るい感じに見える。結果オーライかな。


 朝食を済ませ、お2人に挨拶してから戸を開けると、朝の寒気が容赦なくなだれ込んできた。身を震わせながら外に出て、戸を閉める。

 街路に目を向けると、まだまだ人の気はほとんどない。まぁ、今外に出ているのは魔法庁に用がある人か、あるいは毎日走り込んでいる人ぐらいだろう。ちょうどそういう方が、少し離れたところを通り過ぎるところだった。初老だけど少し薄着で、いかにも壮健といった感じの方だ。彼も俺のことに気づき、互いに言葉は交わさず――みんな寝てるだろうし――少し深めに会釈した。

 彼以外には、本当に誰もいない。空も少し暗めで、寂しい感じだ。中央の方へ行けば誰かに会えるだろうか。手をすり合わせて熱を作りながら、俺は1人歩いていく。

 中央の大広場に差し掛かると、ちょうど見知った顔に出くわした。お嬢様とシルヴィアさんだ。お嬢様は冬着の冒険者然とした服装、シルヴィアさんは上に防寒具を羽織っているけど、その下にギルド受付の制服を着ているのが見えた。


「おはようございます」

「おはようございます」


 互いの挨拶は、朝っぱらということもあって周囲に配慮した控えめなものだったけど、シルヴィアさんの笑顔はハツラツとしていて眩しいぐらいだ。

 お互い、こんな時間に外に出ている事情は、言わなくても察することができた。ちょうどいいということで、合流して魔法庁へ向かう。

 道中、声のトーンは抑えているものの、シルヴィアさんは元気いっぱいという感じで俺たちに話しかけてくる。主に仕事の話を。


「例の事業に一枚噛ませてもらってますけど、これを皮切りに色々できないかなって思ってるんです」

「色々っていうと、勉強会みたいな?」

「はい。それと、闘技場の修繕も進んでますし、それに絡めて何かをって」


 闘技場の扱いに関しては、施設全体の運用・運営を魔法庁が担当していて、工廠は設備的な面での管理を担っている。ギルドとしては、そこにちょっと介入して何かやりたいということらしい。例えば、闘技場としての”本分”を発揮させてやるための、興行の運営とか。

 仕事の話をしている間、シルヴィアさんはお嬢様のことをお嬢様と呼んでいたけど、そこに距離感みたいなものは感じなかった。お嬢様も同じ思いだろう。明朗快活なシルヴィアさんの話に、お嬢様は楽しそうに耳を傾けていた。

 そうやって話をしていると、すぐに魔法庁に着いた――着いてしまった。改めて庁舎を目にすると、行かなきゃという思いと、それを拒む気持ちがせめぎ合う。ともに仕事をする仲になるというのに、こういう気持ちになるのは、なんとなくだけどアウェーの敵地に乗り込むスポーツ選手のことを思い出させた。

 俺の尻込みする気持ちは、2人に伝わったようだ。お嬢様は、いくらか同情するような視線を向けつつ微笑み、一方のシルヴィアさんはニッコニコの笑顔で「大丈夫ですよ、私達もいますから!」と励ましてくれた。

 そんな言葉に、自分をみっともなく思った俺は、一度深呼吸して気持ちを切り替えようとする。目を閉じ少しうつむくと、すぐに「あ」とお嬢様が言ったのが聞こえた。それが気になって目を開け、道の先の様子をうかがうと、俺よりも更にちょっと……みっともなく見える感じの男性が。元長官さんだ。

 彼は、メルとエリーさんに両脇から確保され、こちらに向かって歩いてきた。そんな彼の割と気落ちした表情を見ると、もう連行以外の何物でもない。メルと何か話していた彼は、俺たちに見られているのに気がつくと、力ない笑顔を向けた。

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