第95話 「記者の助言」
8月3日、15時。ケーキ屋の屋上席にて……
「……この度は、僕の情報提供に不足があり、リッツさんには誠に不快な思いをさせてしまいましたことを」
「いや、いいって大丈夫。気にしないから、ほら」
テーブルに額を擦り付けんばかりの勢いで頭を垂れるメルをなだめ、落ち着かせる。むしろ俺のほうが必死になっているような気がした。周囲に誰もいないのが救いだ。
魔法庁に捕らえられた一件に関し、俺の方が不注意だったといってメルを説得するも、彼は彼で調査不足だと考えているようだった。とはいえ、深いところまで掘ればその分だけ彼の立場に危険が及ぶ可能性が出てくるわけで、それを強いようという気はまったくしない。
「まぁ、今日のケーキをおごってくれればいいよ」
「わかりました。幾つ食べますか?」
「そんなに食べないって」
どこまで本気かわからない彼の言葉を笑って受け流した。ただ、今日の話は少し長くなるかもしれないし、さっきまで闘技場で特訓していたこともあって、この店のケーキなら割と入りそうな感じではある。
俺のツッコミに苦笑いしているメルに、まず用件を問いかけた。
「そうですね。今回の一件に関しての追加調査と、Dランク試験に関しての情報。それと……」
そこで一度言葉を切った彼は、かなり申し訳無さそうな表情になって黙り込んだ。少し間を開けて、おずおずと続きを口にする。
「リッツさんの方で、何か新しいネタがあればと」
「まぁ、無いわけじゃないけど……あまり期待しないでほしいな」
メモを取り出し、新しく仕入れたネタを見返す。話せそうなネタと、そうでもないのが混在している。たぶん、そうでもない方のネタは、彼に言うと色々厄介なことになりそうだ。口を滑らせないようにしよう。
まずは最初の注文が運ばれてくるまで、Dランク試験に関して軽い説明をしてもらうことになった。
「実技と筆記をやるってのはご存知だと思います。実技は毎回、
「結構多いな~」
「リッツさんもお気づきかもしれませんが、魔法ランクの上昇に伴い円が大きくなって”殻”が付き、多くのマナを受け入れられるようになると、使える型も増えて魔法の表現力が段違いに増すんです」
「ああ、確かに。Eと比べると、教本見てるだけでも色んな魔法があるってわかるからね」
「色の力を発揮する魔法もDランクからはありますからね。Cランクになると更に大変なんですが……それはそのうちですね」
ふと、こういう事情に詳しい彼が魔導師としてどれぐらいの位置づけなのかが気になった。Cランクのことをうんぬんできるくらいなんだから、Cランクはあるんじゃないだろうか。
聞いてみると実際そのとおりで、メルはCランク魔導師とのことだった。
「Cランク魔導師って、社会的にはどれぐらいの認識? というか、Dランクもどれぐらいの扱いなのか、まだわかってないんだけど」
「そーですね、Dランク魔導師で一人前、Cランクで一流ってとこですか……一流ってのはちょっと言いすぎかもですけど」
「へぇ~、メルは一流か。すごいじゃんか」
素直にそう言うと、彼は少し照れくさそうにして照れ隠し気味に口を開いた。
「魔法庁のエリーさんはBランク魔導師で、超一流です。確かCランクの時含めて最年少での昇格だったそうです」
「只者じゃないと思ってたけど、マジでか」
「マジです」
「……さらにその上のAランク魔導師って、誰がなるんだ?」
素朴な疑問を口にすると、メルは腕を組んで少し黙り込んだ。
「Aランクに関しては、試験をやってるのすら見たことも聞いたこともないのでなんとも……」
「エリーさんはやらないのかな」
「そもそもAランクに関しては、教本があるのかどうかもわかりませんし……実質的に魔導師ランクはBまでしか存在しないものと皆が考えてます。まぁ、大昔にはそういうAランクという階級もあったぐらいの認識ですね」
「へぇ~」
何にせよ、俺にはあまり縁の無さそうな話だ。Dランクへの昇格がなるかどうかという段階で、何段も先のことを気にしたって仕方がない。
「実技の方は、制限時間内に幾つか魔法を使えばいいんだっけ?」
「はい。専用の砂時計を使って、砂が落ちきるまでに必須分と選択分を一緒にやる感じですね」
「筆記は?」
「Dランク教本に載っている魔法の文と型についての問題と、法制度に関しての簡単な問題です」
「……簡単なんだ?」
「あー……リッツさんでも大丈夫ですよ」
「それはそれで引っかかる言い方だなぁ」
前科者がそう言うと、彼は苦笑いした。
試験についての話が少し落ちついたところで、注文したケーキが運ばれてきた。今回はメルと一緒に試作品を頼んでみたところ、透き通った黄緑色のフルーツをふんだんに使った、タルトっぽいものがやってきた。暑い時期にちょうどいい、涼しげな見た目の一品だ。
一旦話を切り上げ、とりあえずやってきたタルトを味わうことに。見た目は涼しげでも実際には人肌ぐらいの温度だったけど、黄緑色の果肉とジャムにはミントらしきハーブも混ざっているようだ。口にするとスーッと心地よい涼感と一緒に、甘酸っぱい果物の味が広がっていく。マスカットか青りんごを思わせる感じの、熟しきってない果物っぽい控えめな甘さと爽やかな酸味に、フォークを動かす手が止まらない。
しばしの間、2人でタルトを楽しんでから茶を飲んで一息つき、やがてメルが少し表情を厳しくして話しかけてきた。
「魔法庁の、例の一件ですが……」
「何か追加情報でも?」
「うーん……伯爵家とリッツさんの行動に関して、国家上層は容認しているわけなんですが」
「ああ、そう聞いてるけど」
「魔法庁がああいう行動に出た事に関しても、国は黙認してるんですよね……」
「言われてみれば……」
あれ以来、伯爵家が禁呪の使用許可を返上するという動きはあったものの、公的な対応は本当にそれぐらいで、国としては何も反応がなかった。
「今回の件で魔法庁の言い分は、魔法庁が管理監督する魔法への取り決めは、一国の権利権限に干渉されるものではないということらしいんですけど」
「あー、そう聞いてるよ。っていうか、よく知ってるね」
どこから仕入れた情報かは知らないけど、表に出回ってるようなものじゃないはずだ。たぶん、あれ以来色々動き回って掴み取った情報なんだろう。俺は感心したけど、当の本人は口を滑らせてしまったと思っているのか、少し苦笑いし、わざとらしく咳払いしてから話を続けた。
「……魔法庁のメンツを考えて、あえて国の方は動かずに静観をしてるのかなと思ったんですけど、それだけじゃなさそうなんですよね」
「ふーん?」
「国の上の方でも派閥のような物はあるんですが、魔法庁に対しては静観するということで姿勢が一致しているようです。正確な情報じゃなくって、あくまで噂でしか無いんですけど……」
「よく知ってるなぁ……ちなみに、国の上の方の派閥ってのは、具体的には?」
俺がそう聞くと、彼は後ろを振り向いた。今いる屋上席は、追加注文するなら客が自ら下りなければならない席だ。それでも、やはり聞き耳は気になるらしい。結局、彼は立ち上がって戸を開けに行き、安全を確認してからドアを開けっ放しにして席についた。
「ちょっと話しづらい内容なので」と、少しピリピリした空気をまとわせて、彼は言った。
「まぁ……あまり一般的ではないにしても、それなりの立場の方なら知ってる話ですし、リッツさんなら大丈夫でしょう。いずれ必要になるかもしれない話かもしれませんし」
「……うん、頼むよ」
「国家上層は大きく分けると2つ派閥があって……現国王ランドバルト・フラウゼ陛下の側につく守旧派と、王子アルトリード・フラウゼ殿下の側につく革新派ですね」
「……きな臭い感じがするんだけど、大丈夫?」
「あくまで”平和裏”に事をすすめて、王位継承まで持っていくのが目的らしいですけどね。ややこしいのは、殿下ご自身が守旧派だということです。これは割と有名な話で、それとなく匂わすような発言をされたりもしてます」
「まだ王位を継がれる気がないと?」
「どちらかというと、革新派への牽制のためじゃないかというのが有力者全般の見解ですね。そもそも、殿下は最前線総指揮官であらせられるバリバリの実務家ですから、王城の中での権力闘争には嫌気が差しておいででしょうし」
「ふーん」
少し重い口調で話す彼から視線を外し、話題に上がった王城に目をやる。雲ひとつ無い青々とした空に突き出すように、真っ白な城がそびえ立っている。遠目から見ると美しくても、近寄ったり内側を覗いたりすると、案外醜いってやつなんだろうか。
こういうお家騒動の話を聞くと、どうしても今までお世話になった方々がどっち側なのかが気になった。ただ、その疑問を口にする必要はなかったようで、メルが先の話を補足してくれた。
「派閥が大きく分けて2つと言いましたけど、大多数は守旧派ですらなくって、そういう権力争いに距離を置く感じですね。王城の外もそんな感じです。そもそも、革新派が多勢になったら国体を維持できないんでしょうけど」
「まぁ、そうだろうね……王城の外にも、革新派がいるんだ?」
「うーん、正確に言うとちょっと違う気もするんですが……国の現状に不満を持つ人たちに働きかけて一種の同盟関係を結んでるってところですか。王家や王位に対して強い考えがあるわけじゃないけど、国の有り様が変わるなら……みたいな感じです」
「なるほど」
「ただ、王都の中よりは王都の外のほうが、そういった革新派寄りの勢力は強いようですね。なので、王都の中で生活していると分かりづらいかもしれません」
こういう話を年下が淡々と話しているのを聞くと、なんだか圧倒されてしまう。魔法のこともそうだけど、本当に色々知っているんだなぁと、感心しっぱなしだ。閣下やギルドからの信望が厚いのも納得だ。
「それで、魔法庁と国の関係に戻るんですけど……魔法庁でのいざこざが自派閥に飛び火して、水面下の工作が明るみに出ると困るから静観してるってのが妥当な見解かな、と」
「下手すると魔法庁と対立するかもしれないしね」
「はい。ただ、今の魔法庁は結構危ういところがあるので、実際には距離をおいておきたいというか……どっちの派閥も責任逃れしたいという意図があるようにも感じます。対立はしたくないけど、身内にもしたくないってところでしょうか」
「あー、なるほど」
組織間の綱渡りができるという、バランス感覚に長けた記者らしい見方に納得した。
俺自身も、実際に捕まり内部を見て、さらに長官やそれに連なるぐらいの地位の方から話を聞いて、いくらか内情を知ることができた経験から、確かに魔法庁は距離をおいておきたい組織というように感じる。それも、確固たる信念からくる煙たさじゃなくて、なんだか不安定な危なっかしさから離れておきたいという感じだ。
話が一段落つき、苦い話の口直しにと甘酸っぱいタルトと茶を味わってリラックスしたところで、メルが笑顔になって身を乗り出してきた。
「僕の方からは、とりあえず以上です。リッツさんからは?」
「じゃあ、お待ちかねのアレか……」
少し目を輝かせる彼に、今度は俺はコツコツ溜め込んできたネタを披露する。
それにしても……人に言えない気がするネタもそれなりにあるんだけど、先にメルの方から公にできない話を聞いてしまったので、なんだか逃げ場を塞がれたような気がしないでもない。意図したわけじゃないんだろうけど。
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