第85話 「湿地帯の針葉鳥②」
いよいよ最初の敵と戦闘する段になった。こちらに気づいていると思われる敵が一羽、少し離れた場所の地面にいる。
セレナの話によると、最初の一発で仕留めるのは難しいようだ。連中は離陸時の羽ばたきが特に力強く、簡単に空へ舞い上がって回避するらしい。また、マナを使う場合は感づかれやすいので、
一度空に飛ばせて、急降下している最中か、その直前の首上げや落下体勢を整える段階で射つと、奴らも避けきれないのでベストとのことだ。問題は、外すと危険なタイミングで狙いをきちんとつけられるかどうかにある。
「1人をメインの対応役。そっちが射ってからすぐ、もう1人のサブの攻撃役が射つ。2回射ってもダメなら、メインがなんとか対応するかサブがまた射つか……って感じでどうだ?」
「いいだろう。俺がメインで動く」
俺の提案に、ハリーはすぐ乗っかってきた。彼の背中がいつもよりも大きく見える。
「危なくなったら言えよ」
「言う暇があればいいんだが……昔の経験を思い出せたら大丈夫だ」
そういう彼の右手から肘の前までは、小手のようなもので覆われている。魔法を使うのに合わせてか、指の根元までの小手で、指は外に出ていた。話によると、昔はあの鳥相手に肉弾戦の訓練をしていたようで、こういった小手でタイミング合わせて受けたり打ち払ったりするらしい。正直そっちのほうも気になるけど、今日は魔法メインで考えているようだ。
前に立つ彼が俺に向き直り、俺が無言で首肯すると、彼は魔力の矢を目の前の鳥に放った。セレナの話通り、着弾前に鳥は力強く空気を叩き、空を切り裂く音を立てながら空へ舞い上がった。
光沢のある緑色の翼に陽の光を受けながら、敵が上空を旋回する。ハリーが前に立っているとはいえ、俺に向かってくる可能性は十分にある。上空から聞こえる風切り音以外は、風に揺られる草のかすかな音しかしない。緊張感が辺りに満ちる。
やがて、奴が首を上に上げた。飛び込む前の最終調整だ。俺が構えた右腕から魔力の矢を放つと、ほぼ同じタイミングでハリーも矢を放った。俺たちの矢は、空を切って消えた。回避されたのか、そもそもの狙いが悪いのかはわからない。考える間もなく奴が急降下してくる。狙いはハリーだ。
俺からのアングルだと、飛んでくる敵に当てるのは難しい、そういう位置取りになった。ここはハリーの対応頼みだ。彼は構えた右手から再度矢を放った。今度は直撃だ。真正面から矢を受けた敵は、衝撃に羽を何本も宙に撒き散らしながら錐揉み回転を始め、急降下のコースをそらされて俺たちから少し離れた地面に激突した。地面に打ち付けられた敵は、小さく痙攣したあと金色の硬貨になった。
「おめっとさん」
「ああ、ありがとう」
初めての敵じゃないからだろうか、彼は落ち着いて答えた。それでも、魔法で倒せたということもあって、顔は少し嬉しそうに見えたけど。
彼が硬貨を拾うのを待ってから、エリーさんが口を開いた。
「少し、よろしいですか?」
「! はい!」
直立不動とまではいかないまでも、身を正して良い返事をするハリーに、エリーさんは少し苦笑いしてから問いかけた。
「武術の経験は?」
「剣と格闘を少々」
「でしたら……矢の構えで腕は伸ばしきらないほうが良いですね。最初のうちは、当てようという意識が強くなって、固く伸ばしがちですが」
「はい、狙いをつけようと伸ばしていました」
「ですが、今までにならった武術の延長上にあると考えれば、また別の構えができるはずです。別物と捉えれば緊張で身が固くなるでしょうが、武術に落とし込める一つの技と思えば、また違うのでは?」
「……なるほど」
「すぐには意識を変えづらいとは思いますが、今言った方向性で捉えると、最終的には”あなたの”魔法になっていくはずです」
「……ご指導、ありがとうございます!」
なんだか、一瞬で師弟関係になったように見えてしまった。次は俺の方に向いて、エリーさんが話す。
「何か、あなたの方から気づいたことは?」
「飛び込んでくる敵を横から射つのは難しいですね」
「ええ。ですから、正面から迎え射つわけです」
「飛び込む前のところで当てられたら安全だと思うんですが……」
「あれには慣れが必要です」
エリーさんが指差した先では、ちょうどサニーたちのチームが鳥の相手をしていた。旋回している鳥が首を上げた瞬間、物理の矢が敵を射抜き、ほんの少し遅れてマナの矢が直撃した。イーリスさんは拍手している。何だか余裕そうに見える。油断禁物なんだろうけど、俺以上に油断しなそうな3人だし。
俺達の方でも、あれぐらい余裕を持って対応できないものだろうか。エリーさんに尋ねてみる。
「飛んで来る敵を待ち伏せするような魔法は?」
「覚えているものを一通り試してはどうです?」
エリーさんはにっこり笑った。
最初に心当たりがあったのは
ハリーを前にして、また敵に挑む。しかし横やりの方法をと考えていたところに運悪く、今度は俺の方に向かって急降下してきた。
一直線に飛び込んでくる敵は、真正面から見ると緑色のギザギザの円にしか見えない。あまり遠近感が働かず、気づけば敵に撃ち抜かれそうな恐怖と緊張を覚えた。それでも、何度も何度も俺の窮地を救ってきた右腕は冷静で、きちんと敵に構えて矢を射てた。空中で矢とぶつかり、バラバラに羽を散らしながら地面――ではなく沼に――敵が落ちた。このままでは硬貨が沈む。
奴の硬貨1枚で200フロンに換金できると聞いていた。しかし、金銭的な価値よりも重要なことがある。各種魔獣の最初の1匹は、倒した時の硬貨を使わず記念に取っておくと密かに決めていた。こういう形で喪失するのは、なんか嫌だ。例外を設けるのも、2種目の魔獣でそういう逃げ道を用意するということで、なんだかすっきりしない。
硬貨を救助しようと、俺は袋に
沼は重たい泥水でできているようだった。硬貨が沈むのが遅いというか、ほとんど沈んでないのは幸いだ。ただ、袋に入れるのは難しいかもしれない。勢いをつけて沼に突っ込ませたり、あるいはなんとかうまくすくうように動かしたり。
2分もやってなかったとは思うけど、依頼の邪魔をしているような気がして急に申し訳なくなってハリーの方を向くと、キョトンとした顔をされた。
「どうした?」
「いや、仕事を中断してまでやることじゃない気がしてさ……」
「しかし、だからって諦めるのも、もったいないだろう」
「続けてみてはいかがですか?」
エリーさんが話に入ってきた。頬を緩ませているのが意外だった。
「こういう魔法……といいますか、こういう魔法の使い方もあると友人に示すのも、良い経験です」
「……わかりました」
見られているということを意識すると、袋を操る力が少し強く、かつ精密になったような気がする。それから数度のトライで、なんとか泥付きの硬貨を救い出せた。すると、いつの間にか様子を見守っていた向こうのチームから拍手された。
少し恥ずかしくなって後ろを向くと、ハリーは感心したような感じで何度も小さくうなずいている。「そういうのもあるのか」と思っているんだろう。そして、エリーさんはものすごくニコニコしている。
「あなたが”同期”では一番の視導術使いかもしれませんね」
「いえ、それほどでも」
「似顔絵」
エリーさんが笑いながら一言いうと、体の中が一瞬凍りつき、手にした硬貨を取り落してしまった。平静を装いつつ硬貨を拾うと、エリーは言葉を続けた。
「似顔絵での練習、広めたのはあなたでしょう?」
「……ご存知なんですか?」
「現場を観察していた同僚から、広めた中心人物の特徴は聞いていましたので……庶務課では有名人ですよ?」
魔法庁に目をつけられないようにとしてたら、実際には知らないところで知られてしまっていたらしい。なんだか自分がすごくマヌケに思えて、ますます顔が赤くなった。
気を取り直して鳥退治に移る。ハリーに急降下で襲いかかる敵に対し、敵が向かってくる線上に視導術で布袋を手配してやると、目論見通り鳥は袋に巻き込まれてバランスを崩し、失速した。問題は、嘴が袋に突き刺さって何度も使えるものではないことと、魔法陣を介しての力比べになると、急激にマナを持っていかれて意識が遠のく感覚があることだ。
あまり使えないかなと、ふらつきが戻ってから少し落胆した俺だったけど、エリーさんは逆に嬉しそうに見える。
「いままでの練習が、実を結んでいるようですね」
「……そうですか?」
「あの勢いで押し込まれると、Eランクに上がったばかりの方では気を失っていてもおかしくありませんから。布に嘴が突き刺さるまで持ちこたえたのは、あなたの練習の成果ですよ」
「……ありがとうございます」
俺が頭を下げると、ハリーに背を叩かれた。知らないうちに力量が増してきたみたいだし、ハリーにも良い見本を示せたのかもしれない。何より、こうして俺の上達を喜んでくれる人が身近にいるのが嬉しかった。
それからエリーさんの助言に従い、
鼓空破の有用性を確認できたと思いきや、エリーさんはちょっと意外そうにしていた。
「どうされました?」
「いえ、もう少し自分に近いところで魔法を書くものだとばかり……手もとで衝撃を与えてひるませるかと」
「寄せすぎると少し怖いので」
「……遠くに書けるタイプなのですね」
「ええ、まぁそれなりには」
可動型の”接続距離”を伸ばすような練習をしていたおかげか、それなりに遠いところにも魔法をかけるようになっていた。色変えの訓練のおかげか、前よりもマナを力強く出せるようになって、少し距離が伸びた感じもある。
ただ、距離を開けて書こうというのは、エリーさんに言わせればあまりない考えらしい。当の鼓空破を覚えた際に、ウチの先生も似たような話をしていた。
遠くに魔法を書くことの問題点は、まず遠近感で正確な狙いをつけにくいこと。遠くにマナを届かせて制御する必要性から、手もとよりも記述速度と精度が犠牲になること。それに、最初の方に覚える魔力の矢を代表とし、手もとで狙いをつける魔法が多いことなどが挙げられる。
「魔法を作っていた大昔の方々も似たようなことを考えていたようで、遠くに書きたい魔法自体が少ないですね」
「では、やめたほうがいいですか?」
「いえ、できるものをやめる必要はないですよ。一般的には、上達するまでの労力に、効果が見合わないと思われているだけです。それに、あなたは有用性を示せたわけですから、続けるのも立派な選択肢です」
一般論に合わせるべきかと思っていたけど、意外な返事が来て少し驚いた。言っている相手が魔法庁の方なんだからなおさらだ。足並みをそろえさせたがるものとばかり思っていたけど、俺のやり方や適性を尊重してくれるようだ。そういうスタンスは嬉しいけども、その方針を魔法庁に知られたら、彼女の立場をまずくするんじゃないか。そんな身の程知らずな不安を覚えずにはいられなかった。
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