第39話 「初任給とホウキ乗りの少女」

 初仕事から2日後の早朝、俺はギルドにいた。受付のラナレナさんは「朝早くから感心ね~」とローテンションに言いつつ、まぶたをこすっている。


「前の依頼の報酬って、いつ頃受け取れますか?」


 俺がそう聞くと、彼女は眠そうに目を閉じつつもニッコリ笑い、椅子に座ったままかがんで足元から何かを取り出した。テーブルの上にそっと置かれて鳴った音で中身はわかった。


「お疲れ様。ん~、初任給になるのかしら?」


 自分で受けた依頼の報酬ということであればそういうことになるけども、例の夜の一戦での報酬を含めると二番めになる。

 その、夜の方の報酬はどうなっているのだろうか。聞いてみると、ラナレナさんの顔がにわかに真剣味を帯びてきた。


「報酬自体はすぐにでも出せるわ、額も確定したし。ただ、どうやって渡すかがね……目の森の戦いでは、報奨を誰から手渡しするか選択できるっていう制度があって」

「選べるんですか?」

「ギルド側は、私かギルドマスター。伯爵家側ではフォークリッジ伯、奥様、お嬢様、マリーが選択肢ってところね。選べなかったら、だいたい私が渡すけども」


 なんか、選ぶのもすごく恥ずかしいので、ラナレナさんからもらう流れになりそうではある。そんなオプションの話に少し呆気にとられつつ、彼女は続けた。


「私は、あなたの立場を詳しくは知らないけど、あまり目立ったことはできないっていうのは聞いてるわ。ま、最初の仕事は大活躍だったみたいだけどね」

「いや、仲間に恵まれたのも大きいかな~って思ってます」

「フフ、そ~ゆ~ことにしときましょうか……話を戻すけど、あまり大々的に功績を讃えられないっていう事情があっても、せっかくの初戦果を報酬渡してハイ終わりってのも味気ないと思って」

「みなさんに褒めてもらってますから、すでに結構満足してますけども、金だけってのは少しアレですね」

「……というわけで、ささやかな祝賀会みたいなものを企画してるから、とりあえずはそれで納得してもらえないかしら?」

「酒をちびちび飲む感じの会なら……」


 俺がそう言うと、彼女は少し申し訳無さそうに笑った。「ウチのバカが迷惑かけちゃって」なんて言っている。まぁ、アレのおかげで犬の分のマナをせき止められたわけだし、怪我の功名かもしれない。


「ところで、今日も朝早いけど何か用事?」

「ちょっと工廠の売店を覗いてみようかと」


 前々から気にはしていたものの、結局入らずじまいだった店だけど、初仕事の報酬で何か記念に買おうと思い立ったわけだ。ただ、色々と目移りしすぎて時間がかかる可能性があるので、朝早く行くことにしたわけだ。

 ラナレナさんはあくびを噛み殺しながら「無駄遣いしないようにね~」と言って手を振って俺を送り出した。会釈してギルドを後にする。


 ギルドから歩いてすぐの位置に魔導工廠がある。ここで色々と魔道具を作っているという話だ。かなり大きな建物で、光沢のない白い壁には高層階にのみ窓がある。少し歩いて周りを見てみたけど、入り口は一つだけのようだ。青みがかったガラスらしきドアは、少し重たい。

 開けて中に入ると、城門の受付に似た雰囲気で、床も壁も白い空間になっていた。入り口に置かれた鉢には観葉植物が植わっていて、辺りの無機質さを若干中和している。

 入口の目の前には受付らしき女性が座っていた。眠そうにはしていない。少し近づくと、穏やかな声で話し掛けられた。


「おはようございます。本日はどのようなご用向きでしょうか」

「売店を見たいのですが」

「入り口から向かって右です。どうぞごゆっくり」


 彼女が手のひらで案内した先には、入り口同様に青っぽいガラスのドアで隔てられた部屋があった。

「ありがとうございます」と言ってお辞儀すると、少し驚いた顔で頭を下げ返された。思えば、店に入るだけのことでここまでのやり取りなんて普段はやらないだろうから、少し面食らったのかも知れない。


 やはり少し重ためのドアを開けて店の中に入ると、スーパーに入ってる本屋ぐらいの大きさの空間に、整然と様々な商品が並んでいた。ほぼ全てが初めて目にする魔道具なんだろうと思うと、ワクワクが抑えられない。

 そんな異空間に目を輝かせていると、男性に話し掛けられた。


「いらっしゃい、朝早いね! 初めて見る顔だけど、初任給かな?」


 声の方を向くと、普通の背丈にガッチリした体躯の壮年男性が、ニコニコ笑って腕を組んでいた。ポケットが多く、ところどころ水色のラインが入った、白衣と作業着の合の子みたいな上着を羽織っている。

「店員の方ですか?」と俺が聞くと、彼は声を上げて笑った。


「私はこの魔導工廠の職員だよ。外で言う職人、研究員ってところかな。ただ、売店の店員の方は職員の持ち回りでね」

「専任の店員さんがいないんですか」

「ああ。商品の説明を求められても店員が困るだろうし、実際に使ってる連中から色々フィードバックほしいってことで、ウチじゃあ作る者が売ることになってるんだ」

「なるほど」


 作る専門の方もいるんだろうか。いたとしてもここで会わないだろうから、縁のない話だと思うけども。そんな事を考えていると、彼が話し掛けてきた。


「他にお客さんもいないし、初めてだっていうなら少し案内しようか?」

「よろしくおねがいします」


 彼は腕まくりして朗らかに笑い、俺を店の中程へ案内した。


「最初に買うべきは、小さめのカバンと水袋だね。別にウチじゃなくても売ってるけど、無いと本当に困ると思う。ウチの商品で散財する前に、絶対買っておくべきだね」

「ここならではのカバンとか水袋はありますか?」

「強いて言うなら、職員向けに仕入れてるヤツかな。ラフに扱ってもヘタれないし壊れないし、みんな使ってるよ。ウチの手が入ってるヤツになると、表面が濡れてもマナで乾かすカバンとかあるんだが、初任給じゃちょっとなぁ。最初は普通のがいいよ、ほんと」


 そう言って紹介されたカバンは、小さめのメッセンジャーバッグって感じの、安いと言われてる割に結構がっしりした作りの品物だった。水袋は動物性の、たぶん革でできている奴で、口を紐で縛る感じになっている。


「いかにも魔道具ってのになると、どうしても高くなるからね。最初は安く上げて、必要になったら少し奮発って感じでやっていくといいよ」


 ものすごくまっとうなアドバイスを貰った。しかし、商売っ気のなさに加え、魔道具を見に来て普通の商品を紹介されたことに、少し肩透かしな感じは否めない。

「安い魔道具で何かいいのありませんか」と聞くと、彼は小さくうなずいて、小物類が多く並ぶ箇所へ向かった。


「マナペン向けの字消石や、発熱コップとかが初心者向けかなぁ」


 ステーショナリーっぽい商品が多く並ぶ一角に、案内された石とコップがあった。

 字消石とやらは、おはじきのような形状の真っ白い石で、これでマナペンで書いた上をなぞると消えるらしい。消しまくると石が汚くなるけど、水につけるとまた白くなるんだとか。

 コップの方は少しマナを吸われるものの、初心者でもぬるま湯ぐらいは楽に作れる程度の性能がある。工廠の職員のみなさんが自分で買っては、開発担当に意見を投げまくってる品なんだとか。


「生活用の小物とか文房具なんかは、職員の皆が使う分、意見交換が活発で担当もエース級が多いからね。改良が頻繁にあって、かなり活気あるジャンルだよ」


 とりあえず、字消石とコップは買うことにした。しかし、これで門を通れるか心配だ。買う時に教えてもらえるという話だったけども、念のため今聞いてみると……。


「一階の売店のは門を素通りできるよ。陳列直前に確認もしてるしね。二階より上の商品は、お買い上げ後にウチか門で預かる形になるけど」

「二階からは何があります?」

「武器防具だね。どれも高いよ。ああいうのを買うのを夢見る子も結構いるけど、量を捌けない分少し高めの値段になるのが、どうも心苦しくてね」


 そう言って彼は苦笑いした。売上とかよりも、買う側の事を考えているように感じる。


 その後も小物を中心に案内してもらっていたところ、店のドアが空いて誰かが入ってきた。

 顔は見たことがある。初仕事でデッキブラシに乗ってた子だ。今日は店の案内してくれている方と同じ服装で、そういえば工廠の職員って話だったと思い出した。


「おはようございます、所長」

「おはよう」


 彼女が所長とか言ったのに驚いて、彼の顔を見た。「ああ、言ってなかったなぁ。私がここの所長なんだ」と、傍らのお方は、まったく威厳も何もない口調で仰る。

 呆気にとられる俺を一瞥してから、彼女――先輩がシエラと呼んでた気がする――が所長に話しかけた。


「店番すみません」

「いや、報告の方が重要だからなぁ。どうだった?」

「進展ナシ」

「そりゃそうか、あまり気落ちしないように」


 話し終わると、彼女は少し短くため息を付いてから、店のカウンター後ろへ向かった。店番とか言っていたから、今からこっちのシフトなんだろうか。


「今日の当番はあの子なんだけど、朝一は所用があってね。代理で私が入ってたんだ。あとはあの子に案内してもらうといいよ。少し無愛想かもしれないけど」

「わかりました。今日は色々と案内ありがとうございました」


 俺が頭を下げると、所長は笑いながら手を軽く振って店の外へ出ていった。

 それから程なくして、例の女の子が店のカウンターに着き……なんだか、急に静かになった。

 彼女は、無表情でこちらをじっと見つめている。なんとなく買い物を続けづらい気分になって、とりあえず会計を済ませようと、手にした四点を持っていった。

 カウンターの前につくと、「地下の掃除で会った?」と彼女が聞いてきた。「うん」と返すも会話はそれきりで、彼女は商品にくくりつけた値札や売価の表らしきものを確認して、会計を進めている。そんな彼女に、俺は話しかけた。


「ちょっといいかな?」

「何か?」

「どうやったらホウキとかデッキブラシに乗せてもらえる?」


 何の気無しに聞いてみると、彼女は計算する手を止めて辺りに視線を走らせた。俺たち二人以外には誰もいない。確認するまでもなくわかっていたことのようにも思うけど、そうやって確認するのが習慣になってしまっているのだろうか。


「あまり、そういうこと言わないほうがいいよ。頭固い人にマークされちゃうから」

「あー、話にするだけでもダメってレベル?」

「そんなとこ」


 淡々と返されて、また話が止まった。ムリっぽいのはわかった。

 ただ、他にもホウキ絡みで気になることはある。少ししつこく思われるかも知れないけど、いい機会なので聞いてみることに。


「どうしてホウキなんだろう?」

「ん?」


 また計算の手を止めて俺の顔を見上げる彼女は、あまり表情に変化がないものの、視線に少し興味を抱いている感じがあった。


「いやさ、ホウキじゃなくて絨毯やベッドでもいいじゃないかって」

「……ふーん」


 会計そっちのけで、頬杖をついて彼女は考え事を始めた。仕事中とは思えない態度ではある。しかし、俺の意を汲んでくれているようで、それは少しありがたい。

 それから少しして、彼女はドアの向こうをぼんやり眺めながら、ポツポツと話し始めた。


「……遺跡の発掘品に飛ぶホウキがあって、それを色々研究してるってだけで、私が飛ぶ形状にホウキを選んだわけじゃないの。昔の人が、飛ぶためのベースにホウキを選んだってわけ……あなたはどう思うの?」

「ん?」

「どうして、ホウキなの?」


 孤児院以外でこういう、どう答えればいいかわからない質問を受けるとは思わなかった。ただ、ここできちんと真面目に考えて答えれば、彼女にも同じように返してもらえる……そんな気がした。少し考え込んで、自分なりの答えを口にする。


「玄関に立てかけておけて、出掛けにさっとつかめると便利だからじゃないかな」

「……ふーん」

「それと、出かけた先をお暇するとき、先方の玄関を手早く掃除できるし」


 ドアを見ていた彼女は、俺に視線を移したのち、カウンターからメモを引っ張り出して何か書き付け始めた。


「実際の生活シーンを想像するって観点はアリかな。うん」


 少し口調が明るい感じになっている。回答としては悪くなかったようだ。


「専門家はどう思う?」


 俺の問いかけに、彼女は別のメモにホウキをパパっと書き込んだ。流石に手慣れている。


「しっぽが広がってるほうが、体を面で押される感じがあって安定しやすい。でも、しっぽを束ねて棒に近づけたら、点で押される感じになってだいぶコントロールが難しくなったから、たぶん安定性のための形状だと思う」

「……それはいいんだけど、しっぽ?」

「だって、こっち向きに飛ぶから、進行方向にある柄が頭で、後ろがしっぽでしょ?」


 彼女がホウキにまたがる棒人間を描き、矢印で先ほどの説明を補足した。言われれば確かに納得だけども、俺の認識とは違う。


「俺は、毛が生えてる方が頭だと思ってて。柄は胴体」

「毛?」

「フサフサというか、ボサボサというか」


 俺がそう言うと、彼女は自分の縁線を落とし、一瞬固まってから少し吹き出し笑いをした。何か変なことを考えたらしい。

 少し間が空いてから、落ち着いた彼女は計算の続きを始めた。手を動かしつつ、「ところで」と彼女が切り出してくる。


「名前まだだったよね。私はシエラ・カナベラル」

「俺はリッツ・アンダーソン」

「リッツね。ホウキには乗せてあげられないけど、こういう話なら歓迎するよ」


 そう言って、彼女は微笑みながら俺を見上げた。


「まぁ、他のお客さんがいない時じゃないと難しいけど。魔法庁の人が紛れ込んでるときもあるし」

「客のフリして?」

「うん。それだけ、私の研究が危険視されてるってこと」


 彼女も危険視されてるだろうけど、俺は俺で、森の戦いの件で禁呪の不正利用みたいなことをやらかしているので、あまり他人のような気はしない。お互いのためにも、周りには用心したほうがいいだろう。


「お話するなら早朝かな。会計のついでならいいよ」

「何か買えと」

「当然でしょ?」


 そう言って彼女は手書きのレシートを見せてきた。


「しめて5220フロンです」


 初任給が7割吹っ飛んだ。

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