第30話 「異世界の数学パズル」

 昼食後、俺とお嬢様とマリーさんの3人で、裏庭のテーブルを囲んだ。テーブルの上には、マリーさんが用意したお茶一式と、硬貨がぎっしり入った袋がある。

 何か知りたいことがあるというマリーさんが、無言で硬貨を取り出して並べていく。取り出された7つの硬貨は、複製術を使ったときの並び、つまり真ん中の1つの周りに6つ外接する配置になった。


「複製術を用いると、このような配置になります」

「そうですね」

「この配置になるのが、少し不思議で」


 そう言いながら、彼女は並んだ硬貨の上に指を滑らせている。


「おそらく、これが効率的な配置なのだと思いますが、隙間なく並べられているのは偶然なのか? これ以上詰め込めないのか? そんなことが気になりました」


 言われて目の前の配置に意識を集中させる。何気なく乱用していた配置だけど、いわゆるハニカム構造だ。たしかに隙間なく敷き詰められていて、効率的というか機能美のようなものを感じる。


「……つまり、マリーさんは複製術がどうしてこの配置になるのか、理由が気になると?」

「気になりませんか?」


 マリーさんがお嬢様に視線をやると、お嬢様は無言でうなずいてから俺に視線を投げかけてきた。それに合わせてマリーさんもこちらへ視線を向けてくる。

 証明を求められているみたいだ。孤児院の授業のときもそうだったけど、俺はこういう思考力を試される状況に弱いというか、妙に刺激されるみたいで……ついつい話に勝手に乗っかかってしまう。

「証明を考えるので、少し待っててください」と言ってから、俺は紙に目を落とした。それでも、お二人からの視線を感じる。


「お嬢様が図形に興味というか、理解があるのは知っていましたが、マリーさんもそうなんですね」

「私は実家が装飾店でして、デザインに幾何学への理解が役立つかと考えています」


 理由があるのはわかった。何にせよ勉強熱心だと思う。お嬢様も勉強熱心というか、覚えることにも教えることにも熱意のあるように思うけど、お二人が影響しあってそうなったのかもしれない。

 その後無言で証明を考えていた。高校生の頃ならパパっと答えられていたんだろうけど、どうも錆びついてしまっているらしい。硬貨に手を伸ばしたり、紙に色々走り書きしたり悪戦苦闘していたところに、「それはどうやってやるんですか?」とお嬢様に聞かれた。

 気がつくと、右手でペン回ししていた。


「あ~、これはマネしないほうがいいですよ。なんというか、落ち着きが無いやつみたいに思われるので」

「何か集中力を高める儀式のようなものかと思ったのですが」

「いやまぁ、そういう面もありますけど」


 さすがに、変な癖を伝染させてはまずいと思って、それからは紙にペンをつけたまま考えることにした。

 それからまた少し経って、ようやくそれらしい証明にたどり着いた。


「一応確認しますが、”同じ大きさの円を、互いに重なり合うことなく、かつ可能な限り隙間なく敷き詰めた場合、各円は他の6つの円と接する”ということを証明するってことでいいですよね?」

「はい、お願いします」


 ちょっと持って回った前提をすんなり把握したようで、特に戸惑いも見せずにマリーさんは首を縦に振った。

 ここからが本番だ。物をどかしてスペースを作ったところに、硬貨を一つ置いた。


「硬貨を円に見立てて説明していきます。最初の一つは親と呼ぶことにします」


 続いて、硬貨を一つ親に隣り合わせるように置いた。


「親に隣り合う円は、子と呼びます。最初の定義上、親と子は重ならずに接するわけですが、ここまでは大丈夫ですか?」


 一応、目でお二人を確認するけど、ここまでは大丈夫だ。問題はここから。


「各円の中心を結ぶ線は、2つの円の接点を通過するというのは、納得できますか?」


 そう言って、親と子の中心を指で行き来させる。すると、ほんの少し間を置いてから、お嬢様が発言した。


「一点で接するということは、接点と接線を共有するから、接線に垂直な各半径が一本につながる……ということですか?」


 もしかしたらと思ったけど、相変わらずの理解度に少し圧倒されつつ、俺はうなずいた。

 やはりと言うべきか、日頃から魔法陣に慣れ親しんでいるだけあって、こういう平面幾何にはめっぽう強いらしい。異世界に来てまで図形の話をしたり、接点だの接線だのといった単語を聞くとは思わなかった。

 マリーさんに視線を移すと、彼女もこの辺りの話はすっかり飲み込めているようで、何の問題も無さそうだった。安心して話を先に進める。

「ではこどもを増やします」という俺の身も蓋もない表現に、お二人が含み笑いを漏らした。

 増えた子は、親と第一子にそれぞれ接するように置く。


「親と2人の子は、それぞれ重ならずに接しています。円と円の接点は、今3つあります。ここまでは大丈夫ですか?」


 再度視線を送って確認する。ここも問題はない。


「それで先程の話に戻ると、接する円どうしの中心は、接点を通る直線で結べます。お嬢様の指摘どおり、各半径がつながるわけで」


 説明しつつ、置いた硬貨の中心を結ぶように、指を行き来させる。


「今並んでいる3つの円の中心をつなげてやると、一辺が円の直径に等しい正三角形になります……大丈夫ですか?」


 ここまで言うと、お二人とも「はぁ、なるほど」という感じでうなずいている。トントン拍子に説明が済んで楽といえば楽だ。


「それで、正三角形の角は1つあたり60度ですから、親から見れば第一子がいるところから60度動いたところに第2子がいるわけです。この調子で60度ずつ動かすと1つずつ子の円が増えていくので、最終的には360÷6で、親は6つの子に囲まれる事になります」


 そう言いながら、一つ一つ硬貨を置いていって、紙にも円と直線で証明の図を書いてみせた。魔法の訓練のおかげで、フリーハンドで円を書くのがやたら上手くなった気がする。

 お二人からは特に質問はなかった。「わかってもらえなかったら……」というのは杞憂だったようだ。


「説明にあまり自信がなかったんですけど、何とかなったみたいで良かったです」

「先生の説明が良かったかと」


 そう褒めるマリーさんの先生という単語に反応して、飲みかけた茶でむせてしまった。

 後ろを向いてむせこんだ後、息を整えてお二人に視線をやると、お嬢様は少し恥ずかしそうにそっぽを向いていて、マリーさんも微妙に視線を外している。


「大丈夫でしょうか?」

「いえ、同世代の女の子に先生って呼ばれると、結構インパクトがあるというか……」

「申し訳ございません、以後留意します」


 マリーさんのことだから、何かしら感づかれているのかも知れない。ただ、そういった素振りは出さずにはぐらかしてくれた。

 そんな一幕があったものの、証明自体はうまくいったと言っていいだろう。改めて茶を飲んでいると、お嬢様が硬貨をさらに一回り並べ始めた。


「”お孫さん”は何人になるでしょうか?」

「……12人?」


 特に深く考えずに、直感で答えた。並べ終わり、孫の数を指で数えると、確かに12だった。

「何か法則でも?」と聞いてくるお嬢様に、「勘です」と答えたが、それではあんまりだったので、理由を考えてみた。


「ん~……外側の配置だけに注目すると6角形に見えますから、一回り大きくなるごとに1辺が硬貨1つ分増えると考えると、最初の子の世代は6個で、孫世代は6つ足して12個って感じですね」

「子の世代は1辺2個、孫の世代は1辺3個に見えますけど……」

「6角形の頂点でダブるから、その計算だと最終的に6引くと合うはずです」


 孫の世代に対し、左手の指3本で各辺の硬貨を指し示す。次いで隣の辺も右手の指で同様に指し示すと、頂点にあたる硬貨に指を2本置く形になって、お嬢様は合点がいったようだ。

 逆に、俺にはある疑問が湧いてきた。


「複製術では子の世代までしか作れませんけど、孫とかひ孫まで行ける複製術って……まぁ、ありませんよね」

「聞いたことはありません。6つ複製するだけでも、一番低位とはいえ禁呪としての規制がかかっていますから、より強力なものとなると……」


 流石にないんだろうな、という気はする。拡大路線を続ければ、きっと無制限の増殖に行き着いてとんでもないことになるだろうから、あったとしても秘匿されているんだろう。

 俺とお嬢様が禁呪の話をしている間、マリーさんは別のことを考えていたようだ。テーブルの上の硬貨をじっと見ている。そして、「このご家庭は」と切り出してきた。


「親までで1名、子までで計7名、孫までで計19名いるということですよね?」

「……そうですね」


 なんとなく、この先の質問が読めてきた。


「ただ足していくだけではなく、別の計算方法などはございませんか? ひ孫、玄孫やしゃごを並べることなく、家族の総人数を把握するような方法が」


 まさか、異世界で等差数列をやるとは思わなかった。



 魔法の訓練そっちのけで、テーブルの上に硬貨を置いて数列と格闘していたところに、屋敷から閣下が知らない少年を引き連れてこちらに来られるのが見えた。

 その少年は、たぶん年下だろう。肌は小麦色に日焼けしていて、薄い金髪はかなりの巻毛だ。日焼けした羊に見える。表情は、すごく朗らかだ。

 テーブルに近づかれた閣下は、硬貨を並べまくった卓を見て、少し困ったような笑顔になられた。


「……取り込み中申し訳ない。ギャンブルの最中かな?」

「でしたら、私がお誘いするところです」


 数列と格闘するマリーさんの、どこまで本気かわからない発言を、閣下は笑って受け流し、俺の方を向いて仰った。


「この前の森の一戦に関して、少々確認したいことがあるが、構わないかな?」

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