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 神田とアツコは神田の部屋に戻ってクローゼットを開けた。男女二人が並んで寝ている。


「第一世代と干渉するのはどうしてなの」

「メネスカーは他のメネスカーと情報共有できる機能を持っている。その機能を使うには電波を発し、第一世代は法人向けに製造されていたからスリープ状態でも起動している。ただ、第2世代以降も情報共有機能は使えるが、第3世代の初期モデルは第一世代が使うチャンネルと干渉を起こしエラーになりやすい。アップデートをすれば治るソフト側の初期不良のようなものだ」


 神田は寝ている男の方の首を触った。親指で何度も押す。

「だからこいつは改造しないといけない。外から拾ったものだから故障している部分は今の所わからないからスリープの状態だけど。どうするか」

 頭を強く掻いた。アツコは気まずくなったのか、

「・・・私、夕食作ってくるね」

 足早に部屋を出ていった。


『私の息子は暴動に巻き込まれ亡くなりました。3年も前の事です。ただ、息子は記憶をバックアップしていました。見つけたときは嬉しかったのと同時に見つけて良かったのかという罪悪感に悩まされました。世間では人間の死は全うするべきだという風潮があります。ですが、私はもう一度息子と暮らしたい。日に日にその思いは大きくなり、主人も一緒の考えです。藁にもすがる思いであなたに依頼します。口伝であなたの評判を知りました。報酬は希望する金額だけお支払いします。メモリーカードは指定の住所にお送りします。よろしくお願いします』


 アツコが部屋を出ていった後に依頼の連絡が入る通信機器の前に座り、神田は先週受信した依頼文を読み返した。


 連絡を受け取った二日後に自分で設置した私書箱へ向かうと一つの箱が届けられていた。配達の際に盗まれる・破壊されることなく到着していた。ホテルに戻り開封すると綺麗に梱包されたメネスカーのメモリーカードが入っていた。


 インターネットを介してデータを授受したいが、何せ内容を傍受されると厄介だ。ましてや中身は、メネスカーのデータ。


 人間の記憶をバックアップできる・移行も可能というのは当時・現在でもメネスカーのみだ。元キッド・ストアで移行スタッフとして勤務していた神田はメモリーカードを受け取り、自分で用意した機材を使い、依頼者に返していた。神田はこの『仕事』に対しては誇りと自信を持っている。


 ただ、一つ問題があった。依頼者から送られてきたメモリーカード内のデータは第一世代向けにフォーマットされたもので、記憶移行サービスが公式稼働する前のものだった。所謂、ベータ版だった。


『ご連絡とメモリーカードの配送をしていただき感謝いたします。技術的な事を申しますと、メモリーカード内のデータはキッド社が試用サービスとして稼働していたときのものであり、現在主流のメネスカーとは互換性がありません。そのため、移行が成功してもご家族の皆さんと生活をする上で支障をきたす可能性があります。また、生前の顔と同じようなパーツのメネスカーを用意しますが、そこから起因する障害にも対応していかないといけない。その点をご了承いただければこちらで移行の準備とご家族のもとに引っ越す準備をいたします』


 現在メネスカーは第四世代が主流だ。その第四世代で過去のメネスカーで問題と鳴っていた人間の記憶を移行した際に発生する「記憶ズレ」を修正している。


 『記憶ズレ』とは移行した後に同居する家族や恋人、住宅環境や自分の顔等に違和感が、自傷行為や周りに危害を与えるなどの脆弱部分を指す。第四世代ではそれらの部分を修正している。


 ただ、第四世代で移行できるフォーマットが制限され、ベータ版で作成されたものは全て互換性が無くなった。


 神田は過去の対応事例をまとめたファイルを本棚から取り出した。気づいたら厚手になっていた紙の束を乾いた指先でめくっていく。紙には神田自身がその時に気づいた事を殴り書きでメモをしていた。


 ・第3世代は全てのデータに互換性がある

 ・第一世代は可能ならアップデート。自傷行為・周辺の人間、メネスカーに危害を与える恐れがある

 ・メモリーカードはフォーマット禁止

 ・世代問わず作業外は電源を切る


 今となってはもはや常識のことだが、このときは何もわからないまま手探りでやっていた。全てが新しい発見。そして全てが上手くいかない。

 キッド・ストアで働いていた時には世代間の移行はご法度であり、やっていることは実験に等しい。

 

 だからキッド・ストアから持ってきた、難しい文字が並ぶマニュアルを読んでも不安は生まれていくばかり。

 このメモは小さくても、見返すたびにやっと少しずつ不安が地面に流れていった感覚を思い出す。


 依頼主からの返信は当日中に来た。

「それでも構いません。一緒に暮らせる事だけを願っています。メネスカーとして生まれ変わった息子とともに暮らします。顔が違っても記憶が一緒なら暮らしていけます」


 記憶ズレの修正は自傷行為に走ってしまうメネスカーの保護という観点からは早急にするべきことであった。ただ、生命として人間として記憶ズレは残すべきだったという識者もいる。神田は最後の方の一枚に書かれたメモを読んだ。


 ・メネスカーには量産タイプは存在しない。どこかには他のメネスカーと違いがある。ニンゲンと同じ


 依頼主のメールを読み返すたびに自分のやっていることは蘇りなのではなく、憑依なのでは無いだろうか、そう考えながら神田は頭を強く掻いた。


 ホテルの近くには廃棄場がある。

 

 地方で悠々と暮らす富豪たちが生み出したゴミやピラミッドのように使い古された機械が平積みになっている。傍から見ると異臭は出る、害虫は湧くわと嫌なところだが、記憶移行や修理をしている神田にとって廃棄場は最高の場所だ。


 時々、大きなトラックが廃棄場へ入っていく。ホテルから双眼鏡で覗くと見える。そのトラックは周期的にやってきてはどこかで死んできたメネスカーをその廃棄場へ投げ捨てていく。神田は依頼があればその場に行き専用のケースに入れ、ホテルに持って帰る。


 今回の依頼は男性タイプで肌はベージュ寄りのものが最適だ。すぐに見つかればいいが、そう簡単にはいかない。何度も足を運んで近づいて見て納得が行くものでないと持ち帰らないことにしている。


 三度目でやっと手に入れた。送られてきた写真とは少し違うが移行する分には問題は無いと判断し、神田の腰部分まで高さのあるケースへ入れた。周りから事情の知らない第三者が見れば自分はまるで死体遺棄のサイコパスに見えるだろう。


 男のメネスカーを拾い、クローゼットに置いた。充電やデータ転送をするためのケーブル接続部分のコネクタ部分が歪んでいた。


 今日はそのために元電気街の部品屋まで足を運んでいた。第一世代で、ジュンに影響を及ぼしているので、早めにこの案件を終わらせたい。

 ただ、アツコがまた部屋に入ってきて、「お客さん」と自分に言った。


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『キッド社、全世界でのアンドロイド人権の嵐で倒産』

 アンドロイドのメネスカーが代表的なコンピュータ会社、キッド社が事業を停止し、破産手続きに入ったことが判明した。

 韓国で始まった「アンドロイドに対する人権保護」の声が全世界に広まり、アンドロイドの普及率は一気に低下。キッド社もその影響を受け、負債を抱えた。


『生命の風 本当の勝利宣言』

 人権団体、生命の風は代表のニックの妻、フランが衛星ラジオを通じて勝利宣言をした。

「キッド社の破滅によって現在のアンドロイド達に安息の時間がやってきます。永遠の命などありえません」


『メネスカー、幻の第五世代』

 キッド社で幹部を務めていたとされる男がアメリカ政府運営の新聞社に、関連するデータを送付していたことが判明した。中にはメモリーカードが複数枚あり、市場には存在しないメネスカーの第五世代で動作するとされるオペレーティングシステムが保存されていた。

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