とある町の記憶。

シグマ

四年に一度の記憶。


──真実は誰も知らない、だけれども忘れてはいけない物語。


 この町では四年に一度の月が最も大きくなる年に、町を守護する女神へ祈りを捧げる特別な神事が催される。

 騎士を演じる一人の少年が、聖女を演じる一人の少女を守りながら町中を練り歩き、それを町の大人たちは微笑ましく、そして暖かく見守る。

 町の至る所に普段は無い出店が現れ、美味しそうな食べ物匂いで二人は誘惑されるのだが、決してその誘惑たちに乗ってはいけない。その誘惑は悪魔による魔への誘いなのだから。

 そして夕暮れ時になり最終的に町の中央にある教会へ入ると、神官が二人を祝福して終わりを迎える。


「──主は二人の愛を認め、祝福して下さいました」


 神官が困難を乗り越えて教会に辿り着いた二人を祝福し、これで祭りは終わりを迎えることになる。


「やった! 早く行こうぜ!!」


 少年と少女は役割を解放されて慌てて町へと駆け出して行く。目の前で我慢させられ続けた欲望を解放する為だ。

 毎回恒例であるので神官は諫めることを諦め、その様子をため息混じりに呆れた様子で見送る。


「まったく、神事をなんと思ってるんだか……」


 そして次第に周辺は暗闇に包まれるなか町には明かりが灯されていき、普段とは比べ物にならないほどの喧騒に包まれる。

 今この町が平和を享受しえているのが、二人の勇者と聖女のお陰であることを意識しているものは殆どいないだろう。

 ただこの町に訪れた危機を救い、守護し続ける二人のことは忘れてはならないからこそ神事が行われるのだ。



──三百年前。


 魔物が蔓延る世界で、この町、否、人類に存亡の危機が迫っていた。

 悪魔崇拝を行う者たちが多くの血と引き換えに、この町に魔物を大量に引き込むスタンピードを引き起こそうと画策しだ。それは既存権力によって支配された世界を、悪魔の力でもってリセットしなければならないという危険思想によるものである。

 一度引き起こされた魔物のスタンピードは世界中を破滅に導く暴力の奔流を生み出し、コアとなるエネルギーを失うまで消え去ることがない。

 この町の中心で悪魔崇拝者たちが大規模な儀式を執り行ったが為に、中心地はエネルギーの奔流に取り込まれ、いつ魔物が大量に集結してもおかしくない状況であった。

 実際に周辺の幾つかの村は消滅してしまったのだ。

 そんな中で一人の女性が立ち上がる。


「──私が封印してみせましょう」


 混迷を極める中でこの町を救わんと、町を守護する結界を生み出す聖女が申し出たのだ。

 魔物が蔓延る世界で魔物に襲われない為に、町の周囲には聖女が常に結界を生み出している。

 彼女はその結界の力を持ってして、悪魔崇拝者が生み出したエネルギーコアを封じ込むことが出来ないかと考えたのだ。


「失敗したら誰が責任をとるのだね?」

「悪魔崇拝者が守る中心地にどうやって辿り着くというのだ?」

「避難を最優先するべきだろう」


 紛糾する議論ではあるが、その実は誰も責任を取りたくないだけである。

 その間に取り返しの付かない状況に追い込まれ犠牲が出ようとも、誰も解決できないことだと片付けてしまう腹づもりでもあるのだ。

 その状況を見かねた聖女は会議を抜け出す。

 部屋の前に待機していた護衛の一人である騎士は、聖女の表情を見て意を汲み取る。


「私も共に向かいます」


 苦楽を共にしてきた二人には固い絆が結ばれており、死地に向かわんとする聖女を騎士が見殺しに出来るはずはなかった。

 そこにあったのは単なる甘いラブロマンスではなく使命感によるものでもあったのかもしれないが、ただこの二人のとった行動が世界を救うことに繋がったことは間違いない。

 しかし爆発的なエネルギーを持つコアを前にして、一人の聖女が無事なまま封印することなど出来るはずもなかった。

 悪魔崇拝者の凶刃に倒れた騎士と共に精魂を使い果たした聖女は、寄り添い眠るように息を引き取ってしまう。


 その後に封印されしコアは地中深くに埋めらた。その上には二人を祀るための教会が建てられ、今もなおこの町に鎮座し続ける。

 神事は封印の効力を補う意味合いもあるが、惨事を引き起こさせないように記憶に留め続ける為にあるものだ。

 しかし歴史は繰り返されるものである。

 薄れつつある悲劇の記憶と共に、新たに渦巻く不穏な空気。

 だが少年と少女はそんなことを知る由もない。

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