第十一話 昔語り

「マスター!!」


 決着を見てか、遠くからフィーリスが走り寄って来る。

 リオンは刀を収めて道を空けた。


 彼女はクラインを抱きかかえるようにして横にし、花畑へと寝かせる。

 怪我の具合を診ているようだが、魔力はまだまだ余っているはずだ。


 先程の一撃で勝敗は決したが、命を奪うつもりはない。


「さっさと起きろ。それで全部説明しろ。その程度の傷、なんてことないだろう?」

「いや、治さない。僕の負けは、彼女の死だ。彼女がいない世界に用はない」


 クラインは強がりではなく、晴れやかな顔で言い切って笑った。

 すると彼の頭上に氷柱が現れて、額に向けて落ちていく。


「マスター!」


「《ホーリーバリア》!」

 レナの声が響き、氷柱が降ってきた衝撃で花が舞い上がる。


 しかし。


 氷柱は、クラインの額に刺さる一寸前で止まっていた。


「……どうして?」


 クラインが驚いた顔で眼前のフィーリスから始まり、周囲に集まる人々を眺めた。


 フィーリスが氷柱の先端を掴み、掌から白い血液をこぼしている。

 レナは対魔力を強化する防御魔術をクラインに掛けた。


 ロキはクラインの影を使って氷柱を押し留め、リオンは根本の方を両手で引っ張っている。

 そしてルーシーもまた、片手を伸ばして滑り込むように氷柱へ槍を突き刺していた。


「私はよくわからんが、こんなことに巻き込まれた理由を知りたいだけだ」


 ルーシーは槍を引いて花畑に座り込む。

 その足には光の十字が刺さったままだった。根性だけで動いてきたらしい。


「逃げようったってそうはいかないわよ。恥ずかしい過去も全部話してもらわなきゃ」


 ロキが手を翻し、氷柱は五指の影によって徐々に押し戻される。


「私も……クラインさんがどうしてそう思ったのか、知りたいです」


 レナはクラインの側に膝を突き、《セイントヒール》を掛けた。

 大きく裂けた腹部は見る見る内に治っていく。下級魔術だが、既にこれだけの回復量を誇るようになっていた。


「当然だ。これだけ迷惑を掛けて逃がすわけがない。せいぜい覚悟を決めておけ」


 リオンは両手に力を込め、氷柱を根本からバキバキに割っていく。


「マスター……。私は、マスターがいなければ、生きていけません……」


 フィーリスは涙声でクラインの手を取った。

 クラインは全員の顔を見て、薄く笑う。


「皆さん、お人好しだねぇ。でも僕は話さない。彼女との出来事は僕の……」

「悪いが。センチメンタルに浸れるほど今のお前に人権はないぞ」


 リオンは弱ったクラインに向けて、不意打ちで【幻影の魔眼】を放った。

 対魔力で抗う暇もなかっただろう。


 クラインは首を振り、苦悶の表情を浮かべた。

 この魔眼は、今一番恐ろしい相手を見せる。


 今の彼にフィーリスが誰に見えているのか。

 聞くまでもなく明らかだった。


「これは……頼む、リオン。これだけはやめてくれ……」

「やめない。お前が溜め込んだものを話してしまうまではな。ほら、フィーリスの顔を見ろ」


 リオンは力づくでクラインの首を起こし、嫌がる彼の目を無理やり開こうとする。


「ああ、もう! わかった! 見ればいいんだろう!? ……取り乱しても、笑わないでくれると助かるね」


 クラインはゆっくりとまぶたを開け、フィーリスの顔を見た。


 その瞬間、身体を震わせて首を何度も何度も振り続ける。

 苦痛を耐えるような表情。それほどまでに想った相手なのだろう。


「すまない、フィル……。僕は、君を守れるほど、強くはなかった……。だから、こうやって、身体だけでも生き永らえさせることしか……」


 そこでリオンは視線を外し、魔眼を解除した。

 クラインはハッと息を吐き、再び花畑へと頭を倒す。


「全く……趣味の悪い魔眼だね……」

「すまない。だが、一番カッコ悪いところを見せたんだ。もう話せるだろう?」


 クラインは花畑に頭を預け、大きくため息を吐く。

 天を眺めながら、彼はポツポツと過去のことを話し始めるのだった。






     ◇






 始まりは、実験用のポッドの中だった。


 水中にいるのに、息ができる謎の液体に浸されて、延々と送られる魔力を受け取るだけの日々。


 状況はよくわからないけれど、目覚めてからも実験は続けられ、度重なる痛みや苦しみにこのままでは狂ってしまうと直感した。


 だから、人の少ない時間帯を狙って、魔力を使って脱出した。

 簡単だったよ。奴らが強化してくれたおかげで、むしろ前よりも身体が軽い気がした。


 いや、僕は君と違って記憶が消されているからね。

 元々、どんな人間だったかは覚えていないんだ。


 それでも世界の常識とかは覚えていて、いわゆる記憶障害にあることを自分で理解していた。


 研究所から命からがら脱出して――そう、立ちふさがる人はみんな殺した。

 と言っても、あそこはあくまでも研究所で、研究者ばかりだったから、ほとんどの人は恐怖で逃げ惑っていたけど。


 で。


 荒廃した世界に降り立った僕だけど、脳内に植え付けられていた知識によって魔術や魔力、そして自分の寿命に関しても答えを得ていた。

 だから魔獣の魂を自分に癒着させて、寿命を延ばしたんだ。


 そんなことすぐできないって? いやいや、そこが研究者達の誤算でね。

 僕に知識と魔力を与えすぎたのさ。


 それで人のいる場所まで行って、最初は普通に生活していた。

 暮らしは今よりももっと原始的だったけどね。 


 追手? それはもちろん心配してたけど、最初の数日で捕まらなかったから、どこにいても変わらないと開き直っていたよ。


 そこである程度の生活力や常識を蓄えて、世界を見て回ったのさ。

 するとどうだい。ここが日本だってわかったのさ。


 僕だって信じられなかったけど、信じるしかなかった。

 【監視型使い魔シーカー】を使って上空から見たからね。


 外国はどうだって? 

 もうあの頃から既に白い靄の壁みたいなものが、外海と内界を隔てていたよよ。


 そ。

 数千年前から、日本は完全に孤立してたってわけだ。


 魔獣もいたしね。

 それを狩って生きるのは今も昔も同じだ。


 僕は永い時間をかけて魔術に慣れ、今ほどに力を得た。

 そして、数百年経ってから研究所に戻ってみることにした。


 怖いもの見たさ、というよりも今でも実験しているならぶち壊してやろうと思ってね。

 でも、もう既に研究所は放棄され、そこにいた人々も、実験体もいなかった。


 最奥にあったポッド――そう、君のポッドも内側から割られていて、全ての実験体が逃げ出したことを知ったのさ。

 僕はその時に資料を読み漁り、実験の意味と内容を知った。


 《リィンカーネイション》によって人類の一部は犠牲になった。

 そこで世界の混乱に乗じて『魔術協会』という機構が、それまで秘匿とされていた《魔術》を表に出して、世界を牛耳ろうとしたんだって。


 それに対抗したのが『魔導教団』だった。

 これは僕達を実験していた団体で、新人類を作ろうとしていたんだ。


 ん? 

 そもそも新人類はなんだって?


 新人類っていうのは、世界の人口の八割が失われてからやっと人類の存亡を危ぶんだ人達が造り出した生命体、だね。

 元々計画があったらしく、プロジェクト発足から実行まで数日足らずだったらしいよ。


 そう。

 君が死んでから数日だ。


 恐らくだけど、君が死んだ直後辺りに《リィンカーネイション》が起こったんじゃないかな。

 そして協会と教団はぶつかり、『魔術戦争』が起きた。


 速さで言えば当時の最新兵器でもマッハ二程度だっただろうけど、魔術に常識無しだ。

 一日で大陸を消滅させたり、海の半分を蒸発させたりしたらしい。


 本当かって? 

 さぁ? 眉唾ものだけどね。研究所にそういった記録は残っているよ。


 ただ。当時における魔術の二大勢力の全面戦争だ。

 そこまでいくこともあったんじゃないかな。


 ま、結果的に君はここにいるし、疑似人格も植え付けられていた。

 それが真実だよ。


 ああ、疑似人格の話をするかい? 


 あの頃の君は、突如現れては強い人間を殺しては闇に消えたり、人間を噛んでは眷属にしたりして好き放題だったね。

 当時、発足したてだった冒険者ギルドなんかでは全く歯が立たなかった。


 そうだよ。

 吸血鬼っていうのは、新人類のことだ。

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