広い宇宙に地球人しか見当たらないN個の理由

姶良守兎

宇宙人に会ったけど何か質問ある?


 わたしは物書きの仕事をしている。小説も書くがノンフィクションも書く。テーマは主に宇宙人や超常現象に関するもので、わかりやすく言うとオカルト系と呼ばれるジャンルにあたる。またそういったテーマでテレビ番組の仕事をすることもある。

 事情があって名前など詳しいことは言えないが、それだと分かりにくいと思うので、山田(中年男性・仮名)としておく。


 ところでこんな仕事をしていると、ごくたまに、本当に不思議なことに出会う。一般の皆様も遭遇する確率は同じかもしれないが、普通の人なら素通りしてしまう場面でも、わたしの嗅覚は黒トリュフを掘り当てる犬のごとく鋭い。

 要するに、わたしはその道のプロなのだ。


 さて前置きはこのくらいにして、本題に入る。

 ある蒸し暑い夏の日の晩、わたしは自宅の近所でウォーキングをしていた。腹囲が育ち盛りのわたしは、医者に勧められ、生活習慣病対策として歩くようにしているのだ。

 散歩とは違うのかって? いや、散歩するなら夜よりも朝のほうがいい。それに両者は似て非なるものだ。朝の日差しを浴びて気分が上がるのが散歩、早足で歩いて息が上がるのがウォーキングだ。覚えておくといい。


 背中にじんわりと汗をかきながらハイペースで歩いていると、神社のあたりに差し掛かった。すると突然、ひんやりとした空気に包まれた。鬱蒼とした木立のおかげだろうか? 僅かではあるが、さっきまでとは明らかに気温が違う。わたしはその冷気を求め、神社の境内へ足を踏み入れた。熱帯夜のウォーキングに、この涼しさはありがたい。


 わたしは立ち止まって少し休憩した。ひんやりしとた、そして厳かな空気。虫の鳴き声。そして、ときおり夜風に吹かれワサワサと揺れる木立の音。妖怪が出てきてもおかしくない雰囲気だ。

 涼しいどころか寒気すら感じたわたしは「やだなー。怖いなー」などと思いつつ、恐る恐る、あたりを見回した。するとそこには……妖怪ではなかったのだが、ランプシェードを巨大にしたような平たい円盤型の物体が、境内の奥のほうに鎮座しているのが見えた。


 なんだ空飛ぶ円盤か……。


 えっ……なんだって!?


 わたしはそいつを思わず二度見した。その姿は誰でも知っているあの有名な空飛ぶ円盤。十人中九人までが思い浮かべる、まさに『これぞUFO』と言えるスタイルだった。

「嘘だろ……本当にいるとは」

 にわかには自分の目が信じられなかった。今まで散々、あることないこと書いてきたし、怪しい目撃談も多数、扱ってきた。そしてほとんどの事例は見間違いか作り話だった。ごく一部の例外もあるにはあったが、いずれも正体不明で、ここだけの話、ホンモノと言えるような情報は皆無に等しかった。


 そんなわけで、千載一遇のチャンスに巡り合ったわけだが、こんなときに限って、カメラもスマートフォンも持っていない。悔しかったが写真は諦め、せめてこの目でよく見てやろうと、その空飛ぶ円盤に恐る恐る近づいてみた。

 するとさっきは木に隠れて見えなかったが、なんと、空飛ぶ円盤の前で誰かがタバコを吸っていた。その『いかにも』な乗り物に背を向けて立つ姿は、どうみてもその乗組員だ。つまり宇宙人……いや、その確証はどこにもない。だが小学生ぐらいの背丈、灰色の皮膚、逆三角形の大きな頭に大きな目といえば、宇宙人と言わずしてなんと言おう?


「あの……失礼ですが……あなた宇宙人さんですよね?」


 とっさのこととは言え、我ながら言葉のチョイスがひどい。『宇宙人さん』もどうかと思うし、相手が宇宙人だと認めつつ、なぜ日本語が通じると思ったのだ?


「あぁ? 別にどうでもいいじゃないか」予想に反し、推定宇宙人は流暢な日本語でぶっきらぼうに答えた。声の音程はボーイソプラノであったが、しわがれた声質は、その口調も相まって老人のようでもあった。

「どうでもよくないです」わたしは食らいついた。「どこで日本語を……いやそれよりもなんで宇宙人がタバコを吸っているんだ」

地球こっちへ来て覚えた」奴はハードボイルドな口調で答えた。「言葉もタバコも、あと酒もな」

「へえ。そうなんですか。それはよかった」

 何がよかったのか、よくわからないが、奴の息はそういえば酒臭かった。

 はるばる地球までやってきて、酒やタバコの味を覚えた宇宙人。わたしは妙に親近感を覚え、ついつい、こんな事を言ってしまったのだ。

「そうか、お酒を飲んでいい気分になった。それでついつい、夜風に吹かれてタバコを吸うため、表へ出てしまった。そうしたらわたしに見つかってしまった。そうですよね?」


 すると奴はアーモンド型の大きな黒い目で、わたしをギロッと睨みつけた。宇宙人も怒ると眉間にシワを寄せるらしい。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。これはまずい。

宇宙船ふねの中は禁煙なんでね」そう言うと奴は火のついたタバコを何やら携帯用灰皿のような容器に放り込んでパチンと蓋をすると、こう凄んだ。「いいか、今見たことは絶対バラすんじゃないぞ。まあ、したくてもできないと思うがな」


 宇宙人がくるりと背を向けると、空飛ぶ円盤の側面が一部変形トランスフォームして昇降口が現れ、奴はその中へ吸い込まれるように乗り込んでいった。すると次の瞬間、空飛ぶ円盤はあっという間に消えてしまった。そしてその後を追いかけるように突風が巻き起こり、木々をザワザワと揺らした。

「あ、消えた……」わたしは大きな獲物を取り逃がしてしまい、とても残念だったが、少しだけ、ほっとした。「危なかったな。宇宙人を怒らせてしまった。レーザー銃で打たれて蒸発してもおかしくなかったんだぞ」


 * * *


 わたしは帰宅するとすぐに電話をかけた。相手は、以前世話になった、某テレビ局のディレクターだ。


「実はさっきすごい奴と出会ったんだ!!」わたしは挨拶もそこそこに切り出した。

「ど、どんな奴ですか!? 先生、詳しく教えてください」彼もそのただならぬ気配を感じ取ったのか、その口調は興奮気味だった。

「それが、う……」わたしは突然言葉を失った。

「先生、どうされました?」

「いや、なんでもない……」わたしは冷や汗をかきながらやっと答えた。「またあとで連絡する」


 わたしに出来ることといえば、とりあえず電話を切ることぐらいだった。

「なんだったんだ、今のは」


 こんなことを経験したのは初めてだ。『宇宙人』と言おうとした瞬間、言葉が全く出なくなってしまった。それ以外の言葉はすんなり話すことができるし、呼吸も普通にできるのだが、『宇宙人』という単語を発することができない。

 苦しいわけでも、怖いわけでもないが、できないのだ。たとえて言うならば、額を人差し指一本で押さえつけられただけで、椅子から立ち上がれなくなる、あの感じに似ているかも知れない。


「わたしはさっき、う……」

 だめだ。『宇宙人』という言葉を発することができないのだ。そこで他の言葉も試してみた。


「夏だし、鰻食べたいなあ」

「某出版社の受付嬢は美人だった」

「これは浮き輪じゃない。皮下脂肪なんだ」

「裏ルートから情報を仕入れる」

「瓜売りが瓜売りに来て瓜売れず」

「このうん◯野郎め」


 おっと失礼。


「ところで、さっき見たう……」


 どさくさに紛れて声に出そうとしたが、やはりだめだったか。よし、それならば、と、わたしはスマートフォンを手にした。先ほどの彼にメールで伝えようとしたのだ。だがしかし。

『先ほどは失礼しました。実は自宅の近所で……』

 これ以上はどう頑張っても指が動かなかった。わたしのスマートフォンはおそらく『う』を選んだ瞬間、予測変換で『宇宙人』が候補に出てくるはずだ。それを分かっているから、これ以上進めないのだろうか。

 わたしは地団駄を踏んで悔しがった。マンションなのでかなり控えめに。


 * * *


 プシュッ!


 わたしは気分転換のため、シャワーを浴び、新しい服に着替えてビールを飲むことにした。チリチリと泡立つ黄金色こがねいろの命の水。こいつを喉にゴキュゴキュと流し込むと、気分をリフレッシュすることができた。

 風呂上がりのビールは控えめに言っても最高だ。なかなか痩せないのも仕方ない。


「冷静にゲフッ考えてみろ」わたしはゲップをしながら自問自答した。


 幾ら周囲の道路や民家から見えにくい位置にあるとはいえ、宇宙人があんなところでタバコを吸っているとは普通考えられない。あの調子では目撃談が多数出てもおかしくないが、この道の専門家であるわたしが知る限りにおいてそれはない。

 それに地球人の悪しき習慣を真似するとは、慣れ親しむにも程がある。もう何年も、いや、何十年も、地球に居座っているのかもしれない。


 仮に地球人が見つけたとしても、それを誰かに話すことが出来ないから、存在しないことになっているのだろうか。どんな技を使ったのか知らないが、きっと催眠術を用いた強力な暗示かなにかだろう……わたしが過去にテレビ番組の企画として扱ったようなニセモノではなく、ホンモノのやつだ。

 どこから来たのか知らないが、遠い星からここまで来れるぐらいの技術力だ。その程度ならば赤子の手をひねるように簡単だろう。そう考えれば説明がつく。ひょっとすると目撃者は案外多いのかも知れない。


「『フェルミのパラドックス』だな」


 フェルミのパラドックスとは、簡単に言うと、宇宙には無数の星があり、地球外文明があってもおかしくなさそうなのに、今のところ発見できていない、というパラドックスのことである。

 これに関しては様々な説がある。知的生命体が出現する確率は極めて低いため、この広い宇宙に、唯一地球人だけが奇跡的に存在している、という寂しい説もあれば、多数存在しているが、距離があまりに遠すぎて行き来することができないといった、現実的なもの、また、実はもうすでに宇宙人とコンタクトを取り合っているのだが、その事実は極めて重要な国家機密のため伏せられている、といった陰謀論的な説まで、実に多種多様だ。

 今回のケースは最後の例に幾らか近いが、秘密を伏せているのは地球人側ではなく、宇宙人側のようだ。


「だがそんなことはどうでもいい。こんな凄い発見をしたのに、ずっと黙ってろと言うのか? ストレスのあまりヤケ食いして、リバウンドしてしまいそうだ」

 結局、手も足も出ないわたしは、フテ寝を決め込むことにした。


 * * *


 昨晩、早々と寝てしまったせいか、今朝の目覚めは早かった。

 決して年齢のせいではない……と思いたい。

 おかげで頭の冴えたわたしは、もしや? と思い、パソコンを立ち上げ、某巨大掲示板に匿名で投稿してみた。すると、昨晩どう頑張っても出てこなかった単語が、立て板に水のごとくすらすらと出てきた。声に出せなくとも、文字にすることはできた。また、宇宙人を目撃した神社の名前だとか、何かを特定するようなキーワードになると全く指が動かないこともわかった。


 わたしは強力な暗示を掛けられたのだろうと推測していたが、それは確信に変わった。そして自分自身以外の人物、たとえば今回のように匿名の人物としてなら、例の事件を語ることができた。これは大きな発見だ。


 そこでわたしは、普段の仕事とは無関係の、しがらみのないアカウントを、一通り揃えた。すなわち無料のメールアドレスや、クラウドサービスなど。

 決して金をケチっているわけではない。金ならあるのだ。だが金の支払いが発生すると、結局わたし個人とのつながりが発生してしまう。たぶんまたあんな風になるだろう。

 次にわたしは、とある小説投稿サイトへの登録を済ませた。もちろん本名ではなく、思いつきで適当なペンネームを付けた。名前そのものはどうでもよかった。こういうところに時間を掛けているのは得策ではない。


 そして、昨夜の接近遭遇クロース・エンカウンター事件を文章にまとめ、たった今、無事に投稿し終えたところだ。読者諸君、最後まで読んでくれてありがとう。


 ところでなにか質問ある?

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