第18話 将来の展望
「言い訳をするやつに成長はない」───────アレクセイ・レイノルズ 初代レイノルズカンパニー社長
─1918年 5月7日 フランブル地方北東部 西部方面軍 第一独立機動支隊
戦場に、一迅のぬるい風が走った。鼻腔を刺激する火薬の匂いと血液の鉄の香りが、風によって流される。しかし重砲と小銃の奏でる戦場のオーケストラによって、また新たに刺激臭が蔓延する。
ミコ・カウリバルスは、地獄の戦場のただなかにいた。
「どうしてこうなった…?」
右手に握りしめたライフルを見て呟いた。
アイントテフの古代時代の強固な城を間借りして置かれた新たな西部方面軍司令部に、グレイグ・ロジェストヴェンスキー総参謀長はいた。晴天にもかかわらず分厚いカーテンは閉じられており、室内は暗かった。
グレイグは、成人の男の平均を上回る大柄な身体から、独特の匂い、オーラともいえるものを発散していた。やや垂れているが細く冷たい目と、四角い輪郭に豊かな顎鬚ともみあげを蓄えたグレイグは、最近の若者が好むライトな文章作品に登場する安っぽい魔王のようにも見えた。
実際は、職務熱心で経歴に表立った汚れのないきちんとした人間である。彼に関する汚れと言えば本国にいる頓珍漢な出来の悪い弟の存在くらいだろう。
部下から渡された書類に目を通し終えたグレイグは、呆れたように呟いた。
「驚いた。こんな人間がいるのか。間違いないんだな?」
最後は書類を持ってきたスタッフに質問した。
「世代…でしょうね。あの時以来でしょうか。」
薄暗がりの中で、彼の右腕である作戦担当の第一課長イゴール・アマーノフ大佐は答えた。
「内戦の世代の子供か。だから最近の魔法使いの軍人が戦果をあげているのか。」
グレイグはの言いたいことはこうだった。ナルヴィンスク連邦の国防軍は、内戦以降積極的に魔法使いを雇用してきた。初期においては、内戦で活躍した魔法使いをそのまま軍に引き抜いたことで優秀な戦力を保持できた。そしてその魔法使いたちの子供がまた軍に入ることで、国防軍はまた優秀な魔法使いを得ることが出来るのだ。
「ミコ・カウリバルス中尉。最近作られた第一独立機動支隊の指揮官で、戦果を急速に上げていると。」
アマーノフ大佐は軽く咳をした。なにかを促すように聞こえた。
「──母親はあの
「ええ。その方針で行こうと考えております。今後行われるであろう海軍の作戦にも参加させようかと。不確定な情報ですが、先の会戦で、あの内戦の英雄が使った爆発の魔法を使用したといいます…。オフロスキ将軍とエドヴァルド師団長がやけに気に入っていたようですね。」
「最初はまたエドヴァルドの暴走だと思っていたが、存外にやるな。あいつは。」
ミコ・カウリバルス率いる第一独立機動支隊こと、クレセント・コマンドは戦線右翼、エルムズ河を超えたすぐ近くにいた。
アイントテフ会戦の後の両軍は、失った血液と鉄を回復するためにしばしの静寂を見せていた。だが、アイントテフ会戦においてエルムズ河を大胆にも渡河し立ち回った第一軍は、まだ戦闘を継続していた。そして一進一退の攻防を連日繰り返していた。
「撤退完了までどれぐらいか連絡は来たか!?」
夕陽が戦場に差し込む中、陣地の機関銃のうるささに負けないよう、ミコは怒鳴った。
「こっちのほうは完了したようです!しかし撤退を妨害されている部隊があり救援を求められています!」
部下の曹長も怒鳴った。ミコは右腕を上げて聞こえたことを合図した。
「私たちも撤退するぞ!日が沈む直前に撤退だ!」
ナルヴィンスク連邦国防軍は、苦しい戦いを続けていた。
第一軍の敗走部隊の収容に合わせて、クレセント・コマンドも撤退した。そして間髪を入れずに月夜に照らされて行動を開始する。アイントテフ会戦の後のクレセント・コマンドは、このような都合のいい即応部隊としての日常を送っていた。
「それで?」
ミコは箒で移動しながら、取り付けられた銀色の装置、KV1 ヴァルキリーを確認しながら聞いた。
「ニリニースタの部隊は大変らしい。うちらでまず止血してから第一軍の予備軍も来るって。」
同期で副官の魔法使い、サーシャ・コンドラチェンコが答える。空は雲ひとつない夜だ。見上げて見れば北の極星、北極星がみえ、他にも星々が見えるが月明かりのせいでいつもよりも見えにくくなっていた。
(最初は撤退支援と聞いていたが、変わったのか。ニリニースタはそこまで重要な場所なのかな?)
ミコはそう疑問に思いながらも、徐々に重砲で鳴動する大地へと近づいて行った。
─1918年 5月7日 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 第29歩兵連隊
ニリニースタという街とは、街と言えるほどの大きさではなかった。街並みもその他の集落とは変わり映えするほどでもなく、辿り着いたミコの目からはなぜここを必要以上に守るのか分からなかった。
「ワイバーンが来ているわけでもなさそうだね。最近の連邦のふところ事情を考えるとここも撤退して戦線の再構築をすると思ったけど。」
ミコは素直に疑問を述べた。サーシャは、アホ毛を揺らしながら何かを考えるように口をしかめた。
司令部の置かれている建物に、2人は案内された。そしてなんとなく曲者の雰囲気を嗅ぎとった。そしてそれは間違いではなかった。
「レイノルズ大佐、救援部隊の第1独立機動支隊が来ました。」
2人はある一室に入ると、幕僚が男に声をかけた。その男は回転するイスに座りドアからは背を向けていた。
「ウンゥ〜?」
男はイスを回転させて姿をあらわにした。ミコとサーシャは一瞬ギョッとした。
ゴツゴツした大きな手にはめられたいくつもの指輪に、ガマガエルの様に膨らんだ顔、銀行の頭取のようにセットされ光沢感のある髪、咥えられたキセル。この男は軍人ではないように見えた。
「なんだ、俺は娼婦は呼んだつもりはないぞ?がはははは。」
外見よりも高く軽い声色にびっくりしたミコは、下ネタを理解しきれず自己紹介を始めだした。
「第1独立機動支隊の指揮官、ミコ・カウリバルス中尉です。こっちは副官のサーシャ・コンドラチェンコです。」
2人はそれぞれ礼をした。
レイノルズ大佐は聞いていなかったようにキセルに手をやり、また吸い出した。中を掃除していないのか、ズズズと汚い音が部屋に響いた。
ふぅーと煙を吐き出すと、レイノルズは口を開いた。
「ユリガスキ・レイノルズだ。ンマァ、よろしく頼むよ。」
そう言うとレイノルズはまたイスを回転させて背を向けた。
「えっあのっ、これからの作戦や指示というのは…。」
ミコはさすがに困惑して尋ねた。
「アンァ?そこの副官が後で地図と資料を用意する。」
ミコは左手を握りしめた。これが軍人か、これが上級将校か。舐めているな。
それでも国防軍の指揮官ですか!?と口を開こうとした時、横目で見ていたサーシャが、手を伸ばしてミコの尻をギュッと握った。
びっくりしたミコは慌ててサーシャの方を見ると、制するように訴える眼差しがあり、ミコは己を抑えた。レイノルズの副官も、「見なかったことにしてやるから早く行け」と言うような顔をし、2人は部屋を出た。
2人は司令部を出るまで無言でいた。そして外に出た途端、ミコは喋りだした。
「なに、あいつ!?ふざけてるの?!」
「ちょっとミコ、静かに…聞こえてるかもしれないよ。」
サーシャは驚いて周りを見渡し、声を潜めた。
「少し歩こう。幸い今は敵が来ていないし。」
「あの人は、レイノルズカンパニーの現会長の三男坊だよ。」
サーシャは話し出した。
「レイノルズカンパニーって、あの?だからレイノルズって名前が…。」
レイノルズカンパニーとは、ナルヴィンスク連邦の歴史においてその存在を無視することが出来ない会社である。
連邦の物流の大動脈であり、また世界の海上物流の歴史をも変えた存在である。
レイノルズカンパニーが生み出したのは画期的な装置でもなんでもない。規格だった。
船で物を運ぶ際、仕舞われた箱がバラバラの大きさであると、各地の港ではそれを安全に降ろすのに手間が掛かる。それによって海上輸送というものはコストがかかっていた。
レイノルズカンパニーは、コンテナというものを開発し、それによって規格を統一した。つまり、この規格をもつコンテナがあれば世界中のガントリークレーンのあるどの港へも運ぶことが出来るのだ。
これにより、もとより海上物流によって成り立っていたナルヴィンスク連邦はどんどん発展し、大国へと成長したのだ。
つまり、レイノルズカンパニーはこの国における柱であった存在で、その影響力は大きかった。
「だから総司令部はニリニースタは撤退じゃなく、守らせるんだ!レイノルズカンパニーの三男坊に負け戦をさせない為に!」
ミコはようやく合点がいったようだ。サーシャはため息をついて、安心した顔をみせた。
「レイノルズって名前の時点でちょっと怪しいと思ったけど、どこかであの顔を見たことがあると思ったんだ。」
2人はこの戦場の指揮官がどのようなものであるかを理解すると、部下たちの待つ野営地に向かった。
そしてその後すぐ、人民帝国の夜襲を告げる鐘の音が辺りに響いた。
─1918年 5月8日 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 第29歩兵連隊
続く。
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