2年生編5月
◆盛り上がりを見せた生徒会選挙(台本)
行事が盛んで有名な東高等学校は、定期試験すらも盛り上がりを見せる。偏差値がそこそこに高く、真面目な生徒が集まることが所以だろう。
しかし、生徒会選挙だけは別だ。多くの生徒が関心を示さない。
五月に選挙があっても、一年生は何がなにやら分からない。二年生にもなれば、生徒会が目立つ仕事など何もなく事務作業を押し付けられる立場ということを分かっている、三年生は受験勉強でそれどころではない。
例年に比べ、という枕詞はつくことになるが、今年の生徒会選挙は盛り上がりを見せた。東高等学校の美少女枠に数えられる涼子が生徒会長に立候補したことが理由の一つ。
もう一つは、
「SNSでも彼女の話題は多いですわね」
噂のピンク色の少女。明るい茶色の髪に混じるピンク色のメッシュ。染髪が禁止されている学校で、目立たないわけがない。
噂の少女の名は、三上秋桜。下の名前が素直に読みづらいという点でも話題になっている。彼女は書記に立候補をし、同じ一年生の間で席を争う形になった。ちなみに補足しておくと、生徒会長は信任選挙になる。涼子が裏で手を回しているのか、会長という役職が不人気なのかは分からない。
秋桜の応援演説は侑希がしていたが、もちろん涼子の応援演説に海は呼ばれていない。使えるものはとことん使う涼子が応援演説に選んだのは、仕事をしている瞬間をほとんど見たことがない前生徒会長の小平だった。それも盛り上がりを見せた一因に数えていいのかもしれない。
運営側の人数が足りないということで、海は一般生徒にも関わらず、ステージの舞台袖でマイクの受け渡しという音響補佐をしている。基本、退屈だ。
「うみちゃん」
応援演説が終わり、立候補者の演説パートに移ったところで侑希がこっそりと隣にやってきた。
「え、ちょ、怒られない?」
応援演説者は体育館の袖に席が用意されていたはず。ここにいるのは間違いなのだ。
「小平先輩に演説に、アキちゃんの演説だからね。バレないよ」
――空席があったらバレると思うんだけど。
「アキちゃんは中学の時も生徒会してたんだよ。舌もよく回るし」
彼女はおそらく人間界という社会で生きづらい思いをしてきているだろうが、こういった面で注目を浴びることができるのはメリットかもしれない。
「わたしの後輩だから、うみちゃんも仲良くしてあげてね」
「まぁ、努力はするよ」
誰かの筋書き通りに、海は文化祭実行委員として、彼女は生徒会の一員として関りを持つことになる。目の前の演説を見れば、それは当然の未来だと確信させらえるのだった。
「ご苦労様」
体育館の片づけにまで招集された海は不機嫌そうに涼子を睨みつける。
「そちらこそお疲れ様ですわ」
彼女に嫌味を言っても仕方がないが、溜め息の一つや二つはつきたい。
「もう生徒会メンバーは決まったようなものですわね」
パイプ椅子を両手に二つずつ抱えているわりに、一切重たそうに見えない。涼子はこういったところで魔法を使うずるいやつだ。
「お前の性格の悪さが実はバレていて、信任投票で落ちる可能性もあるぞ」
「すでに仮面をつける術は身につけております。いい加減昔のことは忘れてほしいのですが……」
「生きているだけマシだろうが」
「……それもそうですわね」
生徒会長を目指せるくらいには大人しい彼女だが、一昔前は海でも手を焼く暴れん坊だった。あの時のことを思い出すだけで、数発彼女を殴りたくなるほどに。
「結局、どうしてそんなに生徒会なんてやりたいんだよ。見てきた感じ、学校のパシリみたいじゃないか。……もしかしてパシられるの好きなの?」
「パシリはあなただけで十分ですわ。……私たちの長い寿命の中で、こういった経験は面白いと思いません? 暇つぶしも同じことばかりじゃ飽きてしまいますからね」
「そう考えるとお前と会ったのも、単なる暇つぶしだわな」
長い時が経とうと、未だに海と涼子――カイとシルヴィアの話は伝説と化して、面白おかしく広まり続けている。
「二年生になると、なんか魅力的な暇つぶしはあんの?」
大方パイプ椅子をしまい終える。
「基本的に大きな行事は変わりませんが……」
あぁ、と小さくこぼしてあまり面白くなさそうに言う。
「修学旅行、所謂集団旅行がありますわね。今年は確か京都と奈良だった気がしますわ」
「旅行、ねぇ」
「三泊四日。新幹線ですわ。……カイ、新幹線に乗るのは初めてでは?」
「飛行機もこの前初めて乗ったけど、長距離移動に関しては魔法がいいな……」
「同感です」
無限の時間があるならば、移動の時間くらい贅沢に使ってもいいかもしれないが、二人共どちらかと言うと辛抱強くないタイプだ。
「おい、吉川!」
数学科の教諭――生徒会の顧問である大坪賢斗が満面の笑みで体育館に戻ってきた。
「集計の結果が出たぞ! 会長就任おめでとう」
「ありがとうございます。書面掲示前に言うのはルール違反では?」
「まぁまぁ、この後すぐ掲示しに行くから。いいじゃないか、これくらい」
大坪が持ってきた新生徒会の役員一覧を受け取る。
「あの子も当選しましたね」
書記の文字の横には三上秋桜とある。
「秋に桜で何て読むの? 侑希ちゃんはアキちゃんって言ってたけど」
「…………コスモスですわ。花の名前」
「あぁ、日本語って読みづらいな」
「若宮も手伝ってくれてありがとうな。どうせなら若宮も生徒会に入ればよかったんじゃないか」
「死ん、」
素早く海の口を手でふさぎ、「彼女は文化祭実行委員の仕事がありますので」と訂正する。
「そうかそうか。そうだったな。今年もよろしく頼むよ」
本来の業務に戻って行く彼を見送ると、どっと疲れが出てきた。完全なる善意の元、涼子の活動を手伝っていたがそろそろ引き上げることにする。
「……なんだかんだ手伝っていただきありがとうございました」
「どうしたよ、急に。気持ち悪い」
「別に。あなたと同じ気まぐれです」
◆文化祭実行委員会と生徒会
「挨拶を――と思ったのですが、どうやら部外者が紛れ込んでいるようですね」
「いやいや、こちらこそ来たくて来たわけじゃなくて、」
「ごめんね。副委員長がこういう場嫌だって言うから、代理。そう、副委員長代理の若宮さんです」
海が生徒会室で気まずそうにしている発端はこうだ。
生徒会が新規メンバーに入れ替わり、正式に顔合わせとなった。参加メンバーは、生徒会より生徒会長、副会長、書記、会計、会計監査の五人と文化祭実行委員会より実行委員長、副委員長の二人、前委員長の計八人。
現在、生徒会室にいる頭数は九だ。そう、一つ余計にある。この差分が前生徒会長であれば丸く収まっていたのだが、あいにく平社員である。
副委員長がどうして参加をしないかと言うと、「作業はするから他部署との打ち合わせはしたくない」ということらしい。副委員長の役職を決めるにあたっても、結果を見ても明らかなように海が就いた方が効率がよかった。しかし、一クラスから委員長と副委員長を出すのは独裁的という観点から避けられた。現副委員長は、嫌々仕事を押し付けられただけなのだ。
「まぁ実行委員会なんて、ほっとんどが委員長の活動だけどね」
礼奈が苦笑しながら言う。唯一の最上級生が言うと重みがある。
「そうゆうわけだから役職関係なく、宮本さんは手伝ってくれる人をこき使った方がいいよ。生徒会とのやり取りも二人くらいいた方がスムーズでしょ」
「そうですわね。では、今から生徒会と文化祭実行委員会の打ち合わせを始めます。まずは私から挨拶を――」
足りない椅子を空き教室から運んでくる間も遠慮なく自己紹介タイムは続き、海が椅子を抱えて戻ってきた時には、
「三上秋桜です。役職は書記です。ホワイトボードの字が見づらかったりしたら言ってください」
青い瞳と茶色――赤茶色?の瞳があう。お互い一度見たら忘れない見た目だ。気まずい空気が一瞬流れたが、秋桜が会釈をして霧散する。
続いて会計と会計監査の自己紹介が終わり、侑希と礼奈が譲り合いをした末、現役からの準になり、海はトリを飾らずに済んだ。
「予算は去年と同じになります。三年生のみ例年通りプラス三万回されますので、間に合わない分は学級費から回すように代表者に周知をお願いします。一、二年生は出し物によって増減はありません」
三年生のみ、予算が多く回されるのは三年生は必ず演劇を行うことが習わしになっており、文化祭の目玉でもあるためだ。
「また、一年生と二年生は演劇、また演劇に準じる出し物は禁止となっておりますので委員会を通して通達を願います。特に一年生は把握しきれない可能性があるので、そこは生徒会でもサポートをすること」
どこまで聞かされている新入生は、必死に頷く。秋桜は綺麗な字で、遠慮なく喋り続ける会長の言葉を表情を変えずにホワイトボードに書き綴っている。
「手元のプリントにもあるように、お化け屋敷も飲食系の店も数に限りがありますので、問題にならないように決めてください。飲食系を取り扱う場合、保健所の審査もあることを伝え忘れないように。ここまでで何か質問あります?」
「はい、わたしのところに合同クラスで出し物をしたいっていう声がきてるんだけど……断って大丈夫かな?」
「一クラス単位でいつももめ事が起こるので却下です。理由はスペースが確保できないとか適当なこと言っといてください」
「他はーないですよね。部活動に関しても去年と催しは同じです。ただし、雨天の場合、スケジュールが変更となりますので、晴天時と雨天時で調整できるように――」
涼子の淡々とした声だけが狭い生徒会室に響き渡る。いつ見ても彼女が静かそうな顔をしているのは、海にとって違和感の塊だ。
「ひとまず基本的なところは例年と大きな変わりはありません。六月中に各クラス出し物の決定をするというところですかね。侑希の方から各委員に伝達をお願いしますわ」
話を全て聞いていたわけではないけど、侑希がとても忙しくなり、それに自身が巻き込まれる予感だけはある。
一時間もかからない話し合いを終え、侑希は早速他のメンバーに伝える準備をすると言って、一番に部屋を出て行った。借りた椅子を戻している内に礼奈も姿を消していた。
「忙しくなりそうですわね」
先程まで海のことを邪険に扱っていた生徒会長は、少し疲れた表情を浮かべている。
「忙しいなんて感じるのは何百年ぶりだかね」
海がぼそっと本音をこぼすと、人前でそんなこと言うなと涼子が口前で人差し指を立てる。
「個人的に文化祭と体育祭の日程が近いことが嫌なんですわ」
去年の日程通りであれば、文化祭の二週間後くらいが体育祭だった。
「そのくせ今年は修学旅行もありますし……地獄ですわ」
「生徒会大変だな。私からすれば文化祭だけでも地獄だよ」
「……体育祭は体育委員がちゃんと動いてくれれば負担は少ないんですけれど……、毎年ただの目立ちがり屋がなるせいで進まないのが……」
聞かなくとも去年の体育祭が大変だったことが分かる。
「去年は会長もろくに顔出しをしなかったから……」
「どうどう……」
久しぶりに彼女の怒りを感じた。ここで暴れられては、海が困る。
「会長」
「はい、なにかしら。秋桜書記」
すぐに表情と声のトーンを切り替えられる彼女は、魔女というより道化師だ。
「……秋桜って呼ばないでください」
後輩の表情もあっという間に苦汁を舐めたような顔をする。
「秋桜なんだからいいじゃない」
「それなら三上でいいじゃないですか!」
「侑希がアキちゃんと呼ぶから、あまり苗字の印象ないんですわ。私のことも涼子先輩でいいですし、彼女のこともカイでいいですわ」
「なぜ私に先輩つけないんだよ」
「会長、まだ引継ぎ終えてないのでお願いします」
「可愛くないですわね」
やれやれと新会長は仕事に戻ろうとして溜め息をついた。
「そうだ、カイ。帰りに買っておいてほしいものがあるのですが」
「自分で帰りに買いなよ」
「あなたがピーナッツバターがなくなったと言ったんでしょうが」
「…………」
近くのスーパーで売っている地元生産者が造ったというピーナッツバターが海のお気に入りだった。
「……お二人は一緒に暮らしているんですか?」
明らかに国籍が違う見た目の二人が高校生で同居しているなど信じられないだろう。秋桜は眼鏡の下で目を丸くする。
「えぇ、両親同士の都合で」
「義理の姉妹……ですか?」
「全然違います」
嘘の設定をいつまで続けても仕方がない。買い物は引き受け、場違いな生徒会室をあとにした。
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