2年生編4月

◆予定通りのクラス分け


 こんなにも短期間に日本の桜を見ることになるなんて、海は最近まで考えてもいなかった。伝統なのか、風習なのか、多くの学校では桜が植えられているらしい。東高等学校も例外ではない。

 今年の春は晴れ模様が続き、始業式当日も東高等学校では満開の桜を見ることができた。

「うみちゃん、おはよう。見て、ちょうど花びら落ちてきたの」

 無邪気な子供のような行動は、二週間ぶりに見る制服姿にはミスマッチだ。この年に合わない無邪気さを見るたびに、懐かしく思ってしまう。

「押し花にしても枯れちゃうかな。あげる」

 ゴミを寄越された気がしなくもないが、海の手にかかれば一気に水分を飛ばすこともできるので大人しく受け取る。

「クラス替えがドキドキしちゃって、あまり眠れなかったの。早く発表してくれないかな」

 この学校ではクラス一覧が堂々と張り出されることがない。学校によっては中庭に大きな紙が張り出されるようだが、人数と敷地の問題でプリント配布だ。始業式終了後に渡される。

「今さら緊張したってクラスは決定してるよ」

「分かってますぅ。うみちゃんはわたしと同じクラスじゃなかったら寂しくないの?」

「そりゃ寂しいけど……」

――同じクラスなのは決定しているからな。

 おそらく次も担任になるであろう元担任の瀬川藍子のショートホームルームが始まり、密度の小さい体育館での始業式を終えれば、皆が待ちに待ったクラス発表。

 海も驚くほどそれは簡単な発表で、約三百二十人の名前と新しいクラスが記されたプリントが配られただけなのだ。

――コレ、誰かが落としたりとかした時問題になるんじゃないか。

「うみちゃん! また一緒だね!」

 二年生のクラスは、海も侑希も五組だった。

――どうせなら移動のないクラスにしてほしかったんだけど。シルヴィアのやつ気がきかないな。

 シルヴィアこと吉川涼子は、今回も隣のクラスの六組だ。

「ねぇ、もうちょっと喜ぼうよ!」

 侑希にジャージの袖を引っ張られる。

「え、あーごめん。当然なれると思ってたから」

「その自信と確信はどこからくるの?」

「勘」

 息を吐くように嘘をつくことも当たり前になってきた。

 クラス替えは、三百人近い人間が一斉に移動をすることになる。机と椅子を持ち運ぶわけではないものの、人間と人間がうごめきあうのは大変である。特に見知らぬ臭いが混じりあうこともあり、海は眉をひそめてしまう。

 新しい教室でも海は一番後ろの席で、隣は侑希。よく調整をしてくれたものだ。

 そして、

「二年五組を担当することになった瀬川藍子です。担当科目は美術だから、中には初めましての人もいるでしょうけど、一年間よろしくね」

 相変わらずのジャージ。上辺だけの言葉を並べた藍子が担任だった。

 感謝をしようにもしたくない気持ちの方が強く、藍子から向けられた笑みにもそっぽを向くという対応を取る。

「今後の予定を配りますから、きちんと目を通しておくように。特に明日は入学式だから登校しないようにね」

 一年前は始業式というイベントはなかった。一年前の次の日――入学式から海の疑似学生生活は始まった。あの日、侑希に出会わなければ、この場にはいなかったかもしれない。

「あれ! 若宮さんじゃん!」

 長い話が終わったと思えば、侑希の更に隣からショートカットの女子が顔を覗かせてきた。海の存在を自らの目で確認すると、立ち上がり勢いよく横までかけてきた。思わず海は上半身を後ろにそらしてしまうほど。

 侑希の目が「うみちゃんにわたしと涼子ちゃん以外の友達いたんだ」と言っている。魔法を使わずとも分かる。

「どちら様?」

 若干引き気味に聞くと、海の失礼な受け答えにも怒らず、少しうるさいくらいテンション高く、

「中塚成海だよ。ほら、去年のスポーツテストで会いに行ったじゃん。一年ぽっちで忘れちゃう?」

 いきなり押しかけてきた人間に、どこかの運動部に勧誘された記憶はある。ただし、名前はもちろんのこと顔も覚えていない。

「やぁ、若宮さんが同じクラスなら今年の体育祭はもらったようなもんだね!」

「でもこの子ね、去年の体育祭本気出してないよ」

 侑希が余計な告げ口をする。

「違う。暑かったから動きたくなかったの。ていうか、侑希ちゃんだって一緒に木陰にいたよね?」

「あはは、ほら、わたしはインドア派だから」

 インドアと言うなら、海より引きこもり歴が長い生き物はそうそういない。

 正直なところ、海にとって侑希以外のクラスメートは誰であっても問題はなかったが、今年は去年よりも海と距離を取る者も少なく、騒がしい人間が近くにいるのは問題かもしれない。

 隣ではなぜか自分のことのように侑希が、海の体育での成績を話している。

 魔法を使ったわけでもないところを褒められるのは、なんだかこそばゆい感じがする。

「ただルール分かってないから、バスケも自陣にシュート入れてたんだ~」

 侑希はただ褒めることができないのだろうか。


 昼前の下校。本日も屋外の部活動の一部は活動をしているらしい。

 もちろん毎日活動をしていない美術部は、今日も明日も休みだ。

「どうかしら。クラス替えには満足していただけました?」

「うわ、いきなり出てくんな」

 海が昇降口を出ると、いきなり外廊下から藍子が現れた。

「担任が別だったらもっと満足したよ」

 わざとらしく嫌な顔をしてやる。藍子はまるで気にする素振りも見せず、

「あなたのように目立つタイプの人には、サポートはいるだけいた方がいいと思いますよ」

 見た目が目立つのはもちろんのこと、魔女たちからすればカイという大魔女の存在は無視できない。その立場を最大限に利用すれば、基本的に相手から勝手に気を使ってもらえる。もちろん大きな存在であるが故に、よく思っていない輩もいる。

「私が貢献した分は、二年後以降どこかで返してくださいね」

「漫画のアシスタントでも見繕ってあげるよ」

「ちょ、あまり学校内でその話やめてくださる?」

「面倒くさいなぁ」

 一般生徒をアシスタントにしておいて、今さら隠しても仕方ないように思われる。

「あ! 先生!」

 見慣れた声が近づいてくる。リュックは持たず、代わりに書類の束のようなものを抱えた侑希だった。

「あれ? うみちゃんも一緒?」

「宮本さん、どうかした?」

 教師の皮を被り直し、海から侑希に向き直った藍子がわざとらしい笑顔を浮かべる。

「どうしたじゃないですよ。部活動紹介で使う資料を見てほしいとお伝えしていたのに、何でいなくなっちゃうんですか!」

 少々侑希はお怒り気味だ。

「あ、えっとそうだったかしら。そうだった気もするわ、ごめんなさい」

「もう時間ないんですから、今から確認をお願いします」

 教師のジャージの袖を掴み、連行する形を取る。

「侑希ちゃん、頑張ってね。給料泥棒させないように」

「うん、ありがと。またね、うみちゃん」

「ちゃんと勤務時間は守っているのよ。確かに残業はしませんけど」




◆美術部って何をしているの?


 部活動に参加する気もなく、結局帰宅部を選択した海には関係のない行事――部活動紹介が開催されることを、先日の侑希の言動で思い出した。主催は生徒会が担っているため、涼子に軽い気持ちで聞いた結果、こうして体育館に海もつれてこられたわけである。

 ただし、生徒会の手伝いをするわけでも、美術部の助っ人をするわけでもないので、キャットウォークから眺めるだけだ。

――美術部終わったら帰ろう。

 まだ制服を着慣れていない中学上がりの子供たちは、手元にある手作り感満載のパンフレットを見ながらおしゃべりをしているようだった。

 開始時間を迎えると、一学年担当の大柄な男性教諭の怒鳴り声でステージに意識が集まる。涼子曰く、「一時期は早く部活を始めたい運動部を優先していた時期もありますが、もちろんそんなことをすれば叩かれるご時世です。順番はあみだくじで決めますわ」

 東高等学校では、運動部であれば男子バスケットボール部が人気らしい。こちらも涼子曰く辛口に「うちのサッカー部はチャラチャラした輩ばかりで、世間一般のイメージよりも人気はありません。正直運動部ならバスケ部というだけで、あまり女子がキャーキャー言うところはないかもしれません」

 そんな話を聞かされた後、紹介の一番手はサッカー部だった。体操服ではないジャージ姿は、おそらく彼らのユニフォームだろう。

「あなたが見学すると言った時は驚きましたわ」

 涼子の気配が現れたことは分かっていたので驚かなかった。キャットロードの柵に上半身を預けている海は、振り返ることもなく口を開く。

「仕事はどうした。これも生徒会主催でやってるんじゃないの」

「始まってしまえば会長とタイムキーパー以外、基本仕事はありませんわ。トラブルが起きない限りは」

 生徒会長である小平藤一郎は、普段はバスケ部の方にかまけてあまり生徒会の仕事をしないと聞いていたが、こうして舞台の上に立ち、マイクを握り堂々と司会をこなしている姿は出来る男だった。

「ちなみにバスケ部が人気なのは、会長がいるからですわ」

「あんなん人気なの?」

「そんな言い方したら牧瀬先輩が可哀相でしょう」

「牧瀬って……あの文化祭実行委員の?」

「ほら、次美術部ですわ」

 牧瀬と小平が一緒にいるところは何度も見たことがあるものの、二人の仲を海は知らない。涼子の言い方から察するに恋人同士なのかもしれない。

「私たち美術部は――」

 部活代表として話しているのは、緑色の上履きからして三年生だろう。

「侑希ちゃんが持っている絵って、侑希ちゃんが描いたやつかな?」

「さぁ。普通は自分の作品を持つでしょうけど」

 海も涼子も人間の視力という概念はなく、体育館の端から端くらいの距離であれば小さなキャンパスの絵も見えるが、人間はそうもいかない。そのため部員の絵は順次、スクリーンに映し出され、「水彩画が~」「油絵が~」と説明をしている。卓球部は先程漫才のようなことをやっていたが、美術部は終始真面目な紹介をしていた。

「顧問の先生は綺麗で優しい人ですだってよ。言わされたのかな」

「言わされたんじゃありません? もしくは持ち上げて顧問を部活に参加させようとしているのか……」

「あいつ何で本当先生なんかしてるんだよ」

「趣味に全力をかける方ですからね」

「巻き込まれた人間に同情する。……それじゃあ私は先に帰るわ」

「ここまで来たなら最後まで見てもいいんじゃありません?」

「部活に興味ないから」

 侑希が出ているからわざわざ見る必要のないものに足を運んだのだ。彼女の出番が終われば、この場に残る必要はない。

「それにしても」

 立ち去ろうとする海を、涼子の言葉が留める。

「上から見るとあの子はさらに目立ちますわね」

「ん……」

 群衆に視線を向ける。

「あぁ、あのピンクね。普通にあそこにいるってことは問題ないんだろ」

「今のところは変なところは髪だけですわね」

「ならどうでもいい」

「どうでもいいと言っても、あなたとは関わることになると思いますけど?」

「何でよ。一年生なんか知らないよ」

「多分、あの少女も生徒会に入るみたいですし、なにより侑希の後輩ですから」

 文化祭の時の不愛想な態度を思い出す。お互いに派手な見た目をしていて、お互いに人見知りであったため、思うところは同じだろうが、海には自覚がない。

「とにかく私は帰るから。なにかあるならよろしく」




◆新・文化祭実行委員始動


 誰もが右も左も分からなかった一年生時と比べ、二年生の委員会決めはかなりスムーズに終わった。文化祭実行委員も海と侑希以外に立候補者はおらず――藍子の仕込みである可能性はあるが――無事に侑希との約束は果たすことができた。

 行事予定としては、委員会の集会が開催されるのはもう少し後だが、二年生のみが当日の内に前委員長の牧瀬礼奈に呼び出されていた。

「みなさん、忙しい中集まってくれてありがとう。去年の文化祭を体験しているから分かると思うけど、文化祭実行委員はめっちゃくちゃ忙しいです」

 一クラス二名ずつ委員に選出されるとすれば、礼奈を除いて十六名が集まっているはずなのだが、この教室には十名ほどしかいない。

「そんなわけで今後のスケジュールも詰めていかなければなりません。私たち三年生はサポートしかできませんし、一年生を加えての集会までに委員長を決めます」

 どこからか「今決めるんすか」と面倒くさそうな声があがる。

「今です。基本的に激務になります。生徒会や先生方との連携も多いです。ですから強い希望がない場合は、去年実行委員を務め、かつ今回の集まりに出席している方にしてもらいたいと思っています。忙しい部活動との兼任はおそらく不可能なので、そこらへんも考慮してください。誰かやってくれる方はいらっしゃいますか?」

 礼奈の目は完全に侑希を射抜いている。

 条件を満たすのが、海と侑希、あとは一人、二人いるかだ。侑希が礼奈と話しているところを海も見ているし、全てはお膳立てされているのだろう。

 しかし、それでも笑って侑希は「うみちゃんやれば?」なんて言うから、話はややこしくなる。

「何でそういうこと言う?」

 目立ちたくなかったので小声で返すが、元委員長の視線の先では意味をなさなかった。教室中の目が海と侑希を射止め、「あいつらがやってくれるのか?」という雰囲気を醸し出す。

「えーっと宮本さんも若宮さんも昨年実行委員会やってくれてたよね? どう? 今年委員長やってみるのは」

 一度海をからかって満足したのか、

「他にやりたい方がいなければ、ぜひわたしにやらせてください」

と侑希は立ち上がる。最初から素直に立候補すれば、海が嫌な汗をかく必要もなかった。

「他に我こそはという人いる?」

 礼奈が確認を取るが、誰も名乗り出ない。

「では五組の宮本さんにやってもらおうかな。前に出て一言だけよろしくね」

 「じゃあ行ってくるね」と侑希が教壇に立ち、軽く自己紹介をする。外国人の美少女と美少女がいつも二人一緒にいるのだ、侑希を知らない生徒はいないだろう。

「今年も忙しくなっちゃうね」

 本当に委員長を決めるだけの会だったようで、侑希の挨拶後はすぐに解散。侑希も礼奈からいくつか指示を受け、五分ほどで全解散になった。

「忙しくなるって分かっているのに楽しそうだね」

「楽しいよ。だってせっかくの文化祭だもの。うみちゃんだってなんだかんだ言っても一緒にやってくれるし、楽しいからじゃないの?」

「うーん、そうだね。まぁ暇つぶしになるし」

「素直じゃないね」

 十分素直な気持ちだ。海にとって一瞬のように過ぎ去る時間の中でも、なるべくマンネリ化した過ごし方を避けたいと思っている。今後、また人間として、学生として振る舞う機会があるかは分からないが、忙しい委員会に参加することはもうないだろう。

「うみちゃんにはわたしの両腕としてしっかり働いてもらいますからね」

「両腕!?」

「両足もつけたそうかな~あはは」

「アッシー君やれってこと?」

「生徒会室に書類持って行ってとかはリアルにあるかもね」


 後日行われた今年度の委員会の集まりで、海は初めて下級生と顔をあわせることになった。一年前を彷彿させる数々の視線。「二年生の先輩に金髪の人いるって聞いてたけど」「帰国子女って聞いたよ」「うわぁ、目も青い!」なんて話が海の耳には届いてくる。

 しばらくぶりの反応に戸惑いたかったが、それよりも侑希だけが多くの人間の前に立ち、委員長として振る舞っている姿に戸惑う。

 世話になっているのは海の方だという自覚はもちろんあるが、どうしても親のような気持になってします。これは魔女として、人間に対する情だろう。もちろん魔女が人間に抱く情は愛情などのプラスのものではない。

 しかし、大魔女が少女たちに抱いた感情は決してマイナスだけではなかった。

「うみちゃん」

「ん、あ、もう委員会終わった?」

「やーっぱり話聞いてなかったでしょ。もう今年は先輩なんだよ、若宮先輩」

「委員長にパシられるなら、聞かなくてもいいかなぁって」

「よくないよ!」

 軽く右頬をつねられる。

「早速お仕事です」

「えぇ、委員会もう終わったじゃん」

「生徒会とも話をしておかないといけないから。代替わり前だけどねー」

 生徒会は毎年五月に選出される。とは言っても、メンバーの全員が入れ替わるわけではなく、必ず経験者が会長か副会長に就任するのが習わしらしい。

「私が行く必要ある? 副委員長と行けばいいんじゃない?」

「副委員長は事務仕事はするけど挨拶系は嫌なんだって」

「私もやだなー」

「涼子ちゃんがいるんだからいいでしょ」

 袖が伸びる心配などまるでせず、侑希は海が羽織っているジャージを思い切り引っ張る。

――シルヴィアがいるから嫌なんだよ。

 生徒会室へ嫌々向かうと、中には同じように無理矢理連れてこられたような現生徒会長の小平藤一郎が、牧瀬礼奈に耳をつままれた状態で座っていた。

 そんな二人を無視するように、涼子は大量にある書類とにらめっこをしている。

「あ、来た来た! ほら、とうちゃん。新しい文化祭実行委員の子たちだよ」

「分かったから! その呼び方をやめろ! えーっとさすがに君たちは覚えているよ。宮本さんと若宮さん、今年は頼んだぞ。俺はもうすぐ退任だから、後のことは吉川に任せる!」

 礼奈の隙を盗み、あっという間に小平生徒会長は生徒会室の外へと飛び出していく。言い訳のように廊下から残した言葉は「大会近いから! 任せた!」である。大きなため息をついた礼奈も、今回ばかりは彼を追わないようだ。

「やっぱり次は涼子ちゃんが会長やるの?」

 小平がいなくなったろころで、やっと涼子が手を止めて腰を上げた。

「決まったわけではありませんわ。会長に立候補もしますし、会長を含めた先輩たちにバックアップはしてもらいますが」

「今のところ吉川さん意外に立候補しそうな人いないから大丈夫だよ」

と礼奈が生徒会長の椅子に座る。

「文化祭実行委員だって宮本さんしか立候補者でなかったし、今年の二年生は大人しいね。まぁ、うちのとうちゃんが目立ちたがり屋なだけなんだけどさ」

「生徒会だなんて、現実は面倒な事務仕事をするだけですから。特に東高みたいな校風だと人気は出辛いでしょう」

「何で涼子は立候補したんだ?」

「海は少し黙っていてください」

 涼子も涼子で、海がこの場に来たことは面白くないらしい。

「まぁまぁ、わたしが委員長になって、おそらく涼子ちゃんが生徒会長になるんだろうし、これから文化祭について連携していこうよ。うみちゃんはわたしのパシリだから、どんどん使ってね」

「なっ……!」

「そうですわね。委員会のメンバーであるなら、たくさん手伝ってもらいますわ。もちろん生徒会選挙も」

「あ、そのことなんだけど」

 海が文句を言う前に、侑希が遠慮がちに右手を上げる。

「わたしは今回お手伝いができません」

 涼子は分かっていたとばかりに涼しい顔をしていたが、海は一人で涼子を手伝うなど聞いていない。

「一年生のあの子、出馬するんですものね」

「さすが涼子ちゃん。情報早いねぇ。うん、アキちゃんが出るからそっちを手伝うことになったの」

「アキ……?」

「ピンクの子ですわ」

「あぁ、あの」

「安心して。さすがにいきなり生徒会長目指すとか言っていたのはちゃんと止めたから!」

 見た目だけではなく、中身もそれなりに派手なところがあるようだ。

「……侑希ちゃんが手伝わないなら、私、手伝いたくないんだけど」

 なぜ好んで涼子の手伝いをしなければならないのか、前回は侑希がいたから仕方なく手伝っただけだ。

「ふーん。いつも恩を返せとおっしゃるのはそちらですのに、手伝ってくださらない?」

 クラス替えのことを暗に言っているのだろう。

「分かった分かった。ビラ配りくらいなら手伝ってやる」

「もう少し働いてもらいたいんですが……まぁ、あなたの容姿が一番インパクトありますからね」

「見た目しか使えないみたいな言い方やめろ」

「今のところそんな立ち位置になっていますけれど。……では、生徒会選挙はお互い頑張りましょうということで、文化祭については予算をある程度こちらで組みますので、そちらは大枠の決定をお願いします」

「りょーかい」

 前文化祭実行委員の礼奈が補足をする。

「今回も部活動の参加は、例年通りの吹奏楽部の演奏、軽音部のステージ使用があるね。あとは去年から始まった水球部の催しが今年もあるけれど、大枠も予算も去年に近い形で平気だよ」

 生徒会長の机にあった資料を侑希と涼子に渡す。

「吉川さんはすでに読んでいると思うけど、去年の資料だから。念のため家には持って帰らないでね」

 そうして次回の日程が取り決められ、もう少し話をすり合わせると侑希と涼子だけが生徒会室に残ることになった。つまり、海は礼奈と二人きりで廊下に出ることとなり気まずい。

「また実行委員やってくれてありがとうね?」

「いえ、先輩たちに比べたら忙しくありませんし……」

「それは去年の話だよー。まぁ私たちも劇やら手伝いやら受験勉強で忙しいけど、若宮さんも十分忙しくなるんだよ」

 思わず心の声が表情に出てしまったのだろう。海を見て礼奈が苦笑いをした。

「高校三年間なんて一瞬で消えちゃうから、後悔しないように過ごした方がいいよ」

 少し寂しそうに笑うのは、彼女の高校生活が後一年経たずして終わってしまうからだろうか。海にはその気持ちを理解することはできなかった。

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