第2610話 73枚目:ここの異常

 どうしたものかなと思っている間も少女の踊りは続き、終わりのポーズを取って一礼したところで盛大な拍手が送られた。まぁ人数はそれなりなので、実際にはそこまで大喝采とは言えないのだが、恐らく気持ち的には。

 だが不思議なのは、その拍手が終わったら、村人たちがその場で倒れ込んで眠り始めてしまったって事だ。一応気候的にはそこまで寒くも暑くもないから、このまま寝てても死にはしないだろうが。

 しかしまぁそれはそれとして。踊っていた少女は眠ってしまった村人達に、むしろのようなものをかけて回り始めた。特別なものだろう羽織っていた鈴付きの布だけをちょっと離れた場所に置いてきただけで、自分の汗をぬぐう事もしていない。


「あれ? お姉さんは元気な人?」

「まぁ元気な人ですね。この通り、他の人には触れませんが」

「わぁ! じゃあ使いの人だ! 初めて見た!」


 ……この世界における使いっていうのは、人に触れないのが条件なんだろうか。というのはともかく、声が完全に「蝕み毒する異界の喰王」の声なんだよな~。来ると思ったけども。

 で、話を聞いてみたんだが、この子の名前はワタメミ。正しくはワタ・メミと区切るらしく、1人称が「メミ」だった。……私も自分のリアルネームでしょっちゅう噛みそうになるが、こっちもなかなかだな。

 さてこの村の中で唯一私に気付いた&不思議な踊りを踊っていた事から分かる通り、ワタメミは修神おさめがみだった。ただし。


「メミはねぇ。皆の、楽しい! って気持ちを受け取って、元気に変えて、皆に返せるの! だからね、楽しい! って思ってもらえるように、いっぱい踊りを練習したの!」


 ……この場合の元気、とは、文字通り栄養とか気力とか熱量的なものらしく。つまり、楽しい気持ちさえあれば、ワタメミはいくらでも周囲の人々を「元気」に出来るらしい。

 なお「元気」になる中には、老いによって体が動かなくなった老人等も含むらしく。程度はあれだが若返り効果すらもある、という、まぁ、ぶっ壊れ能力だった訳だ。

 周囲への支援能力に関しては私も大概他の人の事を言えない訳だが、それでも言うぞ。ぶっ壊れだろこれ。ダメだろ。その辺でほいほい使ったらダメなやつだろ。権力者から狙われまくるやつじゃねーか。


「ただねぇ……メミの踊りだけで、他に何にも食べないと、元気が続かないの……」

「まぁ、食べて元気になるのが普通ですからね」

「でもねぇ、今この村でご飯食べると、お腹壊しちゃうの」

「……。ご飯を食べると? 何か特定のものがダメ、なのではなく?」

「焼いても煮ても、お腹痛くなっていっぱい吐いちゃうから、食べないようにするしかないの」


 能力やっべぇな、と思いつつも聞いたワタメミの話によれば、どうやら数週間前からこの村では異常が起きていたらしい。素材、調理方法、保存状態によらず、食事をする、という行動をとったら強烈な吐き気に襲われるのだそうだ。

 ワタメミがこの村に来たのは10日程前との事だが、その時点で村人達は餓死寸前。その時はワタメミが持っていた保存食を分けて多少腹の足しにしたものの、それも量を増やそうと水で煮たらダメだったらしい。

 それ以降、ワタメミの踊りでギリギリ村人たちの命を繋いでいるものの、そろそろ限界が近い。だがそれを少しでも引き伸ばそうと、ワタメミは踊りに眠りを与えるものを混ぜて村人達に見せる事で、体力の消耗を少しでも減らそうとしていたようだ。


「保存食をそのまま食べるのは大丈夫だったんですか?」

「それは大丈夫だったよ!」

「この村の水と鍋で煮込むとダメだったと」

「ダメだった……」


 ふむ。ととりあえずインベントリからグミの瓶を取り出し、1個取り出して、


「はい、あーんして下さい」

「あー?」

「よーく噛んでくださいねー」


 その口に、ぽいっと放り込んだ。

 ……ふむ。私が食べさせる分にはすり抜けたりしないのか。まぁ生のセージとかお茶は渡せてたからな。

 ぱぁぁぁ! と顔の周りがキラッキラに光ってるような感じで、グミが飲むゼリーになるんじゃないか? と思う程口を動かすワタメミを見つつ、ぐるっと周りを見回す。

 問題は、この人数にどうやって、その異常を避けて食事を与えるかだよなぁ。

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