第1543話 49枚目:切り札

 生物的に動く、一応正式名称は綱らしい真っ黒な触手もしくは触手はやはりレイドボスの本体、亜空間の核に直接繋がっているものらしく、私が願った灯りの奇跡の火でも燃える事は無かった。

 まぁそこから出てきたモンスターは一旦一掃されたんだけど。司令部の人が松明を持ってきたから火を分けたら、そのまま最前線のちょっと奥へ投げ込んだんだよね。いやー、よく燃えた。

 どうやら何かに移した状態なら転移ポイントを使っても火は消えないらしく、司令部の人は大きな篝火台というか、小さな聖火台というか。そんな感じのものを設置していった。私がそこに灯りの奇跡の火を移してからは、松明を持った召喚者プレイヤーが列を作って火を持って行っている。


「というか、住民も結構混ざってませんか、あれ。いえ、いいんですけど。全く構わないんですけど」

「そろそろ場所によっては防壁が持たなくなってきてるからな。俺らも応援に行ってるとは言え、限界はある。群れの中に放り込めば一旦は全滅するんだから、そりゃどこも欲しいだろう」

「奇跡による炎だから大丈夫だと思いますが、そのまま延焼しなければいいですね……」


 ちょっとエルル。何でそこで視線を逸らす。……延焼したんだな? 既にやらかしたんだな? そしてそれを竜族が止めたというか、もしかして今も現在進行形で止めてるんだな?

 大丈夫じゃなかったか……。とちょっと遠い目にならざるを得ないが、それでもほぼ確実に敵を一掃する手札はあって困るものじゃない。延焼という被害が出るとはいえ、同じ殲滅力の魔法や武器アビリティを使うと、高確率で地形が変わるし。

 竜族や召喚者プレイヤーは疲れ知らずで戦い続けているが、弱小に属する魔物種族や一般人間種族はもうとっくに継戦力の限界が来ている筈だ。内部時間はリアルの4倍、住民にとっては、もう4ヵ月近く戦っている事になる。そんなの、いくら覚悟と準備をしていたってキツいだろう。


「これは……」

「!」


 そこへ。コ――――ン……、と、静かで澄んだ音が響いた気がした。エルルとサーニャも反応したので、私の気のせいって事は無いだろう。灯りの奇跡の火を取りに来ていた人達も、一部はそれに気付いたらしく顔を上げている。

 再び、音ではなく感覚で知覚する音が響く。静かな水面に雫が落ちたように波紋が広がっていくのが分かる。――同時に感じる、ぞわぞわと肌が粟立つ感覚。

 音が響く。波紋が広がる。肌の粟立ちが強まっていく。私はとっさに篝火台の近くまで下がり、その縁に左手を添えた。予想通り、割とごそっと魔力が持って行かれる。そして、でも・・受けた・・・かの・・ように・・・揺れていた炎は安定を取り戻した。


「……ちょっと失敗しましたかね。流石に、跳ね橋の上で湧き水を願う訳にもいかなかったんですが」


 響いた音が、広がった波紋が重なり合う。気のせいか、目の前のレイドボスも苦しそうにもがいているように動くこれは……強大な神威の顕現、その、前兆だ。

 願う先は水の属性の神。対象範囲は世界中の水場。それを成すのは御使族という神に最も近い種族であり。

 これ以上ない、彼らの本気でもある。



 ――――出て行け。と、声なき声が、告げた。



「うわっ!?」

「派手にいったな……」


 瞬間。

 ドザッッバァァアアアア!!! と派手な音と共に、水中に沈んだり潜んでいたモンスターが、一切の例外なく・・・・・・・飛び出してきた。だけでなく、そのまま再び沈まずに揺れる水面の上でびちびちと跳ねている。


「……世界の敵の、水中からの強制退去・・・・・・・・・。理屈は分かりますが、えっぐいですね……」

「そうだな。あとアレクサーニャ、俺らは普通に潜れるというか沈むだろうから突っ込もうとするな」

「えっ、水の上を歩けるんじゃないの!?」

「違う」


 準備が必要だ。手順も必要だ。信用に信頼に信仰に経験に実績に、必要な物は山ほどある。むしろ全て用意できる状況の方が稀だろう。今のこれが例外だと思うべきだしそうでなければ色々ダメだ。

 ……だが。御使族が世界三大最強種族の1つに数えられている理由には、この一度で十分すぎる。

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