第1238話 41枚目:夜の深まり

 一抹の不安と共に救助活動を続けていた訳だが、どうやら心配は杞憂になりそうだった。救助活動が進むにつれて月が明るくなり、結果的に集落に落ちる影が濃くなって、「影」が活発に動くようになっていったからだ。

 いや。最初は、なんかまた凡ミスが増えてきたかな? と思ったんだ。宿光石の特性である「影が出来ない」光の外に出て、影が出来てしまって、そこを「影」に攻撃されてダメージを負うっていう。

 でもしばらくしたら司令部から、光の強さを上げて下さい、的な拡声による指示が響いたので、たぶん宿光石「以外」の光が強くなったらしい、って判断になった訳だ。で、光源と言えば、空で大きく輝く月以外には無い訳でさ。


「やっぱりあの「影」、神様関係っぽいですねぇ……」


 それ以外だったら、明らかに神の力っぽいあの月に影響は出ないだろう。むしろ違うものがそこまで干渉できていたら、それこそ“夜天にして闇主”の神の現状が危ういどころじゃない。

 とりあえず私が設置する魔法の灯りはまだ月の光に負けていないようなので、せっせと設置を続けていく。ある程度時間が経ったら消えちゃうからな。「影」が追えなくなる限界点や集落と外との境目は途切れないように輪を追加した大きな灯りを置いているけど。

 そういう地味な難易度の上昇がありつつも、救助の手は止まっていない。だから順調に、集落の中にいる住民の人は減っていっている。


「流石に今回は、見えている範囲で全員、であってほしいものですけど」


 流石にこれ以上救助に条件を追加するなよ? と思いながら救助補助を続け、救助は続き、たぶんあれが最後の1グループ、というのを確認して、メニューから時間を見たんだよ。

 私のログイン時間で4時間弱。――すなわち、リアル11時まで1分を切っている、と表示されていた。


「っ――急いでください!!」


 集落と外の境界線に設置してある大きな灯り。私が設置した光の範囲に入ってほっとしたらしい召喚者プレイヤーの集団に声をかける。そこで声に応じて、緩みそうだった足を駆け足に戻してくれる辺り、慣れているってありがたいな。

 何故声をかけたかと言えば、それはもちろん。ぞわっと背中に氷を入れられたような、すごく嫌な予感がしたからだ。私も声をかけた直後に空気の足場を踏み切って、この空間異常への入り口に設置された拠点のすぐ目の前まで下がっている。

 高さ4mほどの高さで空気の足場に乗った私の下を、住民の人が入っているのだろう袋を抱えた召喚者プレイヤーの集団が通り過ぎ、拠点の中へと入っていった。それとほぼ同時に、メニューに表示されたリアル時間が午後11時を指す。



 フリアドでは、通常の状態だと、4倍の時間加速が行われている。つまり、リアル6時間が内部における1日だ。

 そして日付変更線が重なる、という都合上、リアルの12時と6時が日付の変わる真夜中という事になる。3時と9時が真昼になる訳だ。

 そういうタイムスケジュールになっているので……フリアド内部における「夜中」の定義は、日付変更線前後、1時間ずつ、という事になっている。



 だから。リアル時間で午後11時になったこの瞬間、この空間異常に挑める時間の内、最後の「夜中」に突入したという事になる。そして相手は夜を司る神だ。その力をもっとも振るえる時間帯というのがいつかは、言うまでもない。

 月が煌々と輝き、その明るさに反して地上には色濃い影が落ちる。そこに動くものはない。召喚者プレイヤーも全員が退避しきったのだろう。月の光と影でモノクロな印象を受ける中に、凄惨な状況だった事を示す赤色だけが鮮やかだ。

 そしてその中心、最も赤く染まった広場に設置された祭壇に、変化があった。ずるり、と「影」が祭壇に集まり、その表面を覆ったのだ。捧げられていたのだろう、周囲と同じく赤く染まったあれこれも共に。


「…………これは」


 わだかまるように動きを止めた後、「影」は一気に集落全体を包み込んだ。形は変わらない。壊したわけではないから。ただ、一部の隙も無く真っ黒に染まっただけだ。少なくとも、見た目には。

 けど。しばらくして「影」が引っ込み、再び祭壇だけを黒く染めた状態に戻った時、あれほど集落全体を染めるようだった赤い色は、欠片も無くなっていた。大きなテーブルのような祭壇の上に「影」が集まり、不自然に立体を持った状態になった時には、祭壇からも赤色が消えていた。

 集落の中から赤い色――血を集めきった「影」は、不自然な立体を丸い形に変えていた。卵か繭。その印象は、間違ってなかったのだろう。


〈――――あはっ〉


 笑い声。誰のものでもない、そもそも通常の生き物のそれではない声が響くと同時。ぱりん、と、軽い音がして、その「影」が変わった形は割れ砕けた。

 中から出てきたのは、白銀に輝く長い髪をかき上げる、妙齢の美女だ。すらりとした身体を漆黒のドレスに包み、ヒールの高い黒の靴をはいて、肌も髪に負けないほどに白い。

 そしてその中で、目と唇、そして爪だけが、毒々しい程に赤かった。降り注ぐ月の光の下で、祭壇に立ったその美女は嗤う。


〈あっはははははは! ――もう終わり? あれほど、痛みと苦しみを与えたと言うのに! 新たな子を祝福するどころか、呪い殺してしまう程に恨んでおいて! 自らに向けられる祝福が減る事を恐れた、それだけの理由で!〉


 恐らくそれは、この大惨事が起こった切っ掛けなのだろう。やっぱりミラちゃんが関係してたのか。まぁ関係してない訳がないとは思ってたけどさ。


〈新たな子が生まれるたびに、殺して、殺して、殺し続けて――どれ程身を切られる思いだったか!! 傷つけて悲しみもした。我が子には違いないから。だから殺しきりはしなかった。悔いてくれることを願ったから。あぁでも――〉


 その赤い視線が、私、ではなく、その後ろの拠点に向く。大分距離がある筈なんだけどな。まぁ関係ないか。


〈――殺しておくんだった。新たな子がいればもうそれでいい。新たな子の願いだけを叶え、新たな子だけを守り抜こう。最初に我が子が生まれた、その時のように!〉


 神と、その庇護される種族。種族としての数が圧倒的に少ないから神話になっていないだけで、その神の性質としては始祖神に当たるのだろうし。

 その喋ってる内容についてはちょっとまだ理解は追いついてないけどな! 司令部(検証班)、解析任せた!

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