第902話 28枚目:進化の話

 魔物種族というか、住民の寿命について色々調べた結果、どうやら少なくとも魔物種族は、進化するたびに寿命が加算される、という形になっているらしい、という結論が出た。

 ちなみに人間種族は累計種族レベルに依存しているらしい。……まぁ依存していると言っても、どうやら人間種族も特殊条件で進化できるから、進化による寿命の加算自体はあるようだが。

 同じく魔物種族も、累計種族レベルを伸ばせば長生きしやすい傾向にある……っぽい。というのも分かったが、どちらの効果が大きいかと言うと、やはり進化、という結論になった。



 が。ヘルトルートさんに昔話をあれこれせがんで聞いてみた結果、【成熟体】の次に【守護体】と【守護戦闘体】の2段階の進化が追加されていたらしい。それで『万年竜』の称号を得るほど長生きできたんだろうが、現在は進化限界である【老体】になっている。

 そこからも色々調べてみたのだが、通常手段で【老体】から進化したという結果はどこにも見つけられずだ。まぁそりゃそうだよねと思ったところで思い出したのが、特級危険物、もとい、「進化結晶」だった。

 それでなくても使い道がなくて頭を抱えていたというか、意識して忘れていた程度には危険物だ。それが人の役に立って消費できるのならそれはとても良い事だろう。……同じく危険物を抱えていた他の魔王候補と競合になりかけたが、竜族の事だからと押し切ったのは別の話だ。



 そもそも【成長因子】を持っているかどうかが既に素質な上に、種族レベルと同じパターンでレベル1000まで上げてようやく手に入るのが「進化結晶」である。その効果は、読んで字のごとく。「進化限界まで行った後で使うと更に進化できる」だ。

 そもそも私も含めて何でこんなものを複数持っているかと言うと、第一陣の魔物種族には、人間種族と同じ累計種族レベルでキャップが付いていたからなのだが、それはさておき。

 私が差し出した不思議物体をひとまず受け取ってくれたヘルトルートさんだが、受け取った所でそれが何か分かったらしい。疑問符を浮かべながらも穏やかに微笑んでいた顔が、驚愕一色に染まった。


「この場はこのまま進化できるように整えてありますし、問題はありませんね」

「……諦めろ、ヘルト。お嬢はお前がそれを使うまで城に戻らないぞ」

「エルルの方が脅しっぽくないですかそれ」

「じゃあ使わずに持って帰っても見逃すんだな?」

「言い方。……というのはともかく、まぁ使って貰いますけど」


 その為に「第一候補」に相談して、この場を整えて貰ったんだし。竜族って進化するたびに大きくなる(個体差あり)けど、エルルと残ってた記録を見る限り、ヘルトルートさんはかなり大型になるタイプのドラゴンだ。

 だからわざわざ人気のない森の中に結構な大きさの広場を切り開いて、「第一候補」に隠蔽のダメ押しをして貰っている。下手に竜都の近くとかだったら、それはそれですごい騒ぎになるし。

 ティフォン様達からのオッケーが出たし、私が【成体】になった&神との交信が復活した記念、という形で、半分奇跡だという形にして、そうそう無い珍しい事だという印象を作っていくのにも必要なんだけど。


「……なるほど。兄上が随分と和やかな顔をされるようになったと思ったら、姫様のお陰でしたか……」


 そんな私達の会話を聞き、どうやら驚きから戻って来てくれたらしいヘルトルートさんが何か言っていたが、ちょっと聞き逃したな。なんて?

 が、どうやらそのまま開けた場所の中央へ移動し始めてくれたので、私達も森の中に入る形で場所を譲る。多分これだけ広さがあれば大丈夫だと思うんだが……と、思っている前で、ヘルトルートさんが【人化】を解いたようだ。

 かなり余裕をもって切り開いたはずの広場だが、気のせいかずしりと空気に重さを持たせるような圧と共に見えた姿は、その広場を半分近くも埋めているようだ。やっぱデカいな。暗闇の中に居る真っ黒なドラゴンだから、流石に【暗視☆】があってもよく分からないけど。



 そもそも、エルルの実家……というか、シュヴァルツ家というのは、夜竜族という稀少種族だ。ほとんどその一族だけで種族が完結している、竜都という大きな種族の単位でなければ集落を維持できない竜族の中でも、特に数の少ない種族である。まぁサーニャの実家であるヴァイス家っていうのもそうなんだけど。

 で。その種族名通り、夜行性で夜に本領を発揮する種族なんだよな。竜族の中では珍しく隠密行動という器用な事が得意となる。だから夜に紛れる黒い鱗を持って生まれる事がほとんどだ。

 そしてその特性から、個々で一番得意な「夜」というのが変わって来る。……つまり、それが、エルル達にとっての「夜」というものであり。個人で違う、進化・・する為に・・・・必要な「夜」という事だ。



 そんでもって、エルルの場合はまぁ大体お察しの通りだが、ヘルトルートさんの場合は新月の夜って事で、今日この夜を選んだ訳だ。いやー、ログインのタイミングと新月の夜のタイミングを合わせるのが難しかったよね。結果、この日付変更線直後のログインになった訳だけど。

 さてそんな裏事情がある今回の件だが、どうやらヘルトルートさんはしばらく身動きした後に「進化結晶」を使ったようだ。恐らく翼を畳み、尻尾を自らに巻き付けたのだろう。それでもなお見上げるような姿が、僅かに小さくなった。気がする。たぶん。

 特に何か変化があったようには見えないが、それでもしばらくすると、パキリ、という軽い音が聞こえた。


「……早いな」

「そうなんですか?」

「お嬢達はともかく、普通は何日かかかるもんだ。俺らでも、一晩一杯はかかる筈なんだよ」


 というエルルの呟きと解説はあったが、すぐにその軽い音は連続し、バキッ、と、今度は明確に何かが割れる音に変わった。その音を契機に、ピクリとも動かなかった闇の中の姿が、僅かに動いたようだ。

 ……ほんっとーに見え辛いのだが、そのままごそごそと身動きするように、ただでさえ大きかった姿が、上へ盛り上がる方向で動いているようだ。流石にステータスの暴力っつっても灯り無しの真っ暗闇な中で黒いものの動きってなると、ほぼ見えないんだよな。

 が。然程なく、バサリ、と、大きなものが翻る音が聞こえた。それに続き、ずしん、と軽く地面が揺れる。……揺れた割に着地の音はほとんど聞こえなかったんだが、どうなってんだ。と、思っている間に、


『――――あぁ。身体が、軽い』


 低く良く通る、音だけ聞けば喉を鳴らす様な声が聞こえた。バサ、ともう一度、羽ばたきなのだろうが、何故かほとんど風が動かない。

 ……多分と言うか、間違いなくヘルトルートさんが進化して身体を動かしてるんだと思うんだけど、何でそれで周りにほとんど影響が出てないんだろうな。隠密行動が得意な種族特性っつっても、普通はもうちょっと分かるもんじゃないかな……?

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