第900話 28枚目:深夜の訪問

 その日のログインはほぼ丸ごと身体を動かしてみる事につぎ込み、途中で届けられた武器も振ってはみたが案の定壊したところでログアウトとなった。いやまぁ、壊してその破片を集めて鱗を追加して打ち直すのが竜族流の鍛冶、もとい、竜合金の作り方なんだけどね?

 で、翌日。――――になった日付変更線直後に、再ログインだ。

 うん? 平日だよ? 当然学校には行かないといけないし、クラスの空気は緊張感が凄いよ? 当たり前だけど夜更かししてる場合じゃないよ?


『さて、それでは「第一候補」。よろしくお願いします』

『うむ。準備は然りと整えておく故、安心して連れてくると良い』


 現実でもフリアド内部でも真夜中だ。しかも今日は新月で、すっかり晴れている筈だが空には星以外の光が見えない。ま、竜都ではまだお祭り騒ぎが継続してるんだけど。

 いやー、パレードの最中、にこにこ微笑みながら手を振りつつ、ウィスパーでかなり密度も重要度も高い相談をしていたのだ。パレードは長かったが、がっつり「第一候補」と打ち合わせが出来たのは本当に良かった。薄々分かってたけど、1人じゃ無理があったからな。

 ベッドの中に居る状態で、そっと空間の精霊さんに声をかける。進化したからか普通に応答してくれるようになった(姿は見せてくれないが)、私が一番最初に契約した精霊さんは、その能力を存分に発揮してくれた。


「っと。うーん、やはり任意で場所を指定できる転移は便利ですね」

「…………マジでやるのか、お嬢」

「当たり前です」


 竜都のお城の一室から転移した先は、シュヴァルツ家の庭だ。どうやらやっぱりほとんど寝ていないエルルが庭で素振り鍛錬をしているのは知っているので、その視界の中に転移した形になる。

 もちろんエルルにも話は通しているので、深々と溜息は吐かれてしまった。が、私が本気も本気でやると決めた以上は絶対にひかない、と知っているエルルは、鍛錬を中断して動いてくれた。

 ……しばらくして戻って来たエルルは、きょとんとした顔のヘルトルートさんを連れていた。良かった。起きててくれて。エルルにシュヴァルツ家の種族特性を聞いてたから、今夜は起きていると思ってたけど。


「おやこれは、末姫様? ……兄上、この時間に一体?」


 どうやら普段着らしい、細かい装飾が和風っぽいスーツ系の服を着ていたが、似合ってるんだよなー。……エルルは相変わらず【人化】中は軍服に変わる鎧一択だし、寝る必要がどうも無いっぽいから着替えないんだよな。絶対似合うのに。

 と言うのはともかく、ヘルトルートさんに事情を説明していないのは予定通りだ。疑問符が浮かんでいるのが見えそうな問いかけに、エルルはそっと視線を逸らしている。

 こちらへ来る間にざっとヘルトルートさんの様子を見たが、エルルが軽く腕を支えていると言ってもふらつく様子はない。姿勢もしっかりしているし、どうやらちゃんと食べてくれているようだ。……たぶん。


「こんばんは、ヘルトルートさん。ちょっと私の方から、是非ヘルトルートさんに提案させて頂きたい件があるんです。……お時間、宜しいですか?」

「それは構いませんが……この老体に、というと……?」


 よし、言質ゲット。何か疑問符が増えている気もするが、とりあえず今は無視させてもらう。

 精霊さん達が軽く遮断してくれている筈だし、お祭り騒ぎになっている大通りからはちょっと距離があるからな。大丈夫だとは思うが、一応周囲の気配を確認して……気配ゼロだな。

 微笑んで挨拶し、確認をとったところから、気と共に顔を引き締める。っさぁ、肩がこる程に重要で、機密度が高い、真面目な話をしようか。


「このたび、私は正式に皇族の一員として認められました。そして認められたことにより【成体】へと進化を果たし、恐れ多くも始祖から冠を頂く事が出来ました」

「存じ上げております。大変喜ばしい事です」


 まぁ実際頂いたのは冠だけではないし、それ以外の方がインパクトは強かったが……周りから見て「一番分かりやすい」のは、花冠だからな。

 で、この話の何が重要かって言うと。


「すなわち、私は始祖から加護と祝福を受ける事が出来たという事です」


 改めて言葉にすれば、疑問符を浮かべながらも慶事を喜んでいたヘルトルートさんの顔が、真面目な物になった。うん。そうなんだ。

 失われた神器は戻っていない。だが、始祖は……ティフォン様とエキドナ様は、既に、竜都にいる竜族に、加護と祝福を与える事が出来るようになっているんだよ。

 これはつまり、ちゃんと手順を踏んで儀式を行えば、神と交信する事が出来るって事だ。……今までの竜都では途絶えていた、神との繋がりが、復活した、って事だ。


「そこで。召喚者としてこちらの世界に来た御使族の方にお願いして、1つの問いを始祖へ捧げて貰ったのです」


 まぁ「第一候補」なんだけどな。私がパレードを頑張っている間に、数多く建てられた神殿の1つで問いかけの儀式をしてくれたのだ。ありがたい。……何か私がパレードをしてたからその様子でも見ていたのか、あっさりと反応があったそうだけど。


「――竜都を今日この日まで守り切る事に、多大な貢献をした英雄へ。私が過去得て、諸事情から死蔵している、とある物を褒賞として与えても良いでしょうか、と」

「……末姫様。申し訳ありませんが――」

「言っておきますが、」


 眉尻を下げてすっと断りの言葉を差し込もうとしたヘルトルートさんに、被せる。中身を聞いたら断れないって察したな? 言わせんよ。


「私は、認めませんよ」


 否定を返す前に否定の言葉をかけられて、ヘルトルートさんは驚いたようだ。そして言葉が止まっている間に、噛んで含めるように続ける。


「苦悩の、苦労の、悲嘆の、絶望の。それらの中に突き落とされ、終わらない戦いが始まり……それでもなお、未来を信じて最前線に立ち続けた、その気高さを。文字通り竜族にとっての希望というものを体現したその姿勢を。それは、多大な貢献。その程度の言葉では到底済まされない。――たとえその本人であろうと、否定する事は、認めません」


 いいから、聞け、と。

 それにしても、やっぱり察して断りに来たな。よく似てる兄弟だよ、本当!

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