第858話 25枚目:レイドボス討伐

 神殿で住民の人を預けてすぐに指定された場所に取って返したが、それでもレイドボスの討伐まではギリギリだったらしい。どうやらあの体が重くなるデバフの積み込みが止まった事で、召喚者プレイヤー側の動きに加速がついたんだそうだ。

 で、レイドボスは4つ足をフルボッコで削られている訳だが、どうやら足を削られると、足元全体が凍っていくのだそうだ。そして完全に足場にしていた氷の塊からはがれると、他の場所から支柱のような氷が何本も伸びるらしい。無機物な動きだな。

 まぁいま改めて見たら、恐らくいい角度と勢いで火山弾が直撃したのだろう。狼の形をしていたレイドボスは、胴体が大きく凹むだけではなく、その下顎が完全になくなっていた。


「それでも止まないんですね、この咆哮」

「恐らく、撃破したという扱いになるまでは止まらないのでしょう」


 なお、現在も「ターゲットした召喚者プレイヤーの連絡手段を制限する」能力は生きているらしく、その判定は現在の所「直接攻撃を加えてから3分/攻撃を加えるたびに加算」されるという事になっているらしい。

 で、直接伝えようにもこの咆哮だ。耳が役に立たないので、前線との連絡はかなり難しい状態になっているようだ。


「まぁここまで来れば交代の意味もあまりないので、フレンドリーファイア同士討ち及び救出作業の邪魔だけはしないようにという事だけを伝えて、後は各自で好きなだけどうぞ、という形になっています」

「……実質放置ですが、それしかありませんね」

「それに現在の条件だと、直接攻撃さえしなければ問題ありませんから、近くに連絡要員は待機していますよ」


 司令部はしっかりしていた。頼りになる。

 とか言っている間に、恐らく最後の住民入りの氷の塊が運び出されたのか、咆哮の調子が変わった。今までは一様に、生き物としては不自然な騒音を響かせているばかりだったのが、どことなく悲痛な調子でフェードアウトしていったのだ。

 その声に合わせて、防衛陣地に攻め込んで来ていたものも、海の上に居たものも、この場に居た全てのモンスターが砕けて消えていく。流石に様子が変わった事に気付いて、最前線に張り付いていた召喚者プレイヤー達が陸地へと慌てて戻ってきているようだ。



 その砕けて消えていく流れはレイドボスの足元、そこから支えとして伸びていた氷の柱、そしてレイドボス本体にまで及び、削られ砕かれてなお巨大な姿があっという間に皹だらけになる。

 皹が全身を覆い尽くしたところで、ようやく一度咆哮が止まる。それでもなお、巨大な氷で出来た狼の姿を取るレイドボス、「沈め捕える無温の氷晶」は、下顎の欠けた頭を空へと向けて、


――――ガッシャァァアアアアン!!


 そのまま派手に、砕け散った。

 同時に届くメール。周囲の召喚者プレイヤーが一斉に反応したので、システムメールだろう。


[件名:イベントメール

本文:レイドボス「沈め捕える無温の氷晶」が討伐されました

   イベント期間内にレイドボスが討伐された為、レイドボスの特殊能力が完全に解除されます]


 以前の「凍て喰らう無尽の雪像」と名前だけが変わっている短いメールは、それでも確かな勝利宣言だ。

 陸地に戻ってくる途中でレイドボスの最後を見たり、何かあったらフォローする為に空に居たりした召喚者プレイヤーを含め、レイド戦の舞台となっていた全域から歓声が上がる。

 どうにか最後の土日で削り切る事が間に合った、と、私も安堵の息を吐いて、改めて流氷山脈、という形をしていたレイドボスで塞がれていた、今は広く水平線まで見渡せる東の海に目を向け、



 そこに、何かがいる事を見つけた。



「――[守護神よ]」


 瞬間、安堵も達成感も吹っ飛ぶ悪寒を感じる。見た目は嫋やかで上品な少女の姿をしているが、あれは違う。絶対に。そんな予感が、確信に近い強度で浮かんだ。

 半ば無意識で口を動かしながら手袋を外して素手になる。エルルとカバーさんは私の様子に気付いたようだが、その「何か」には気づいていないようだ。

 その、服も髪も目までもが白い少女の姿をした「何か」の口が、笑みの弧を描いたのを見ながら、私は自分史上最速で口を動かす。


「[我が身を盾に

 誰かの家族を

 お守りください]!!!」


 言い切ると同時に、全力で、柏手を打った・・・・・・

 同じく【王権領域】を最大展開する。間に合え、という一心で展開した、ボックス様の持つ「本来の権能」を希う祈りの発動は、



「――――なんて、素敵」



 全てを無慈悲に叩き潰す様な、圧倒的な力と、ほぼ同時だった。

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