第765話 22枚目:舞台へ上げる

 とは言え現状、かなり本気で時間が無い。そこに確実な手段があるのなら、実行しないという選択肢がない程度には。3日目の夜が明けて4日目の昼が始まっても、まだレイドボス出現のシステムメールお知らせが届いていないからだ。

 と言う訳なので夜の間に準備をして、内海を囲む山の北の端に「第一候補」監修の下儀式場を設置。夜が明け次第全力で柔種を集められるだけ集めきり、水路も再び完全に開いた状態にしてから、その儀式場へ合流だ。

 もちろん司令部に伝達はされているし、今は海になっている部分が推定盛大に噴火するのはもう伝わっている。まぁ、だから水路を片付けるのもあっさり出来たんだけど。


「で、ここで祝詞を奏上して【王権領域】を展開すればいいんですね?」

『うむ。……「第三候補」の場合、祝詞だけで反応があるかも知れぬがな』

「ははは」


 ちなみに祝詞は「第一候補」が考えてくれた。私はそれを読み上げるだけだ。うん、その、反応については、格好まで整えた訳じゃ無いから、大丈夫、なんじゃ、ないかなぁ……?

 とりあえず司令部から退避完了の合図が来たし、「第一候補」達もエルル達も推定安全圏まで退避している。今この島に立っているのは、私だけの筈だ。

 底に黒い物が沈んでいる内海を見下ろして、不自然な谷の無くなった山頂に、大きなちゃぶ台を置くようにして設置された儀式場の真ん中に立つ。大きく深呼吸を1つ。胸の前で手を組んで、短時間で頑張って覚えた祝詞を奏上だ。


「[全ての蛇と竜との始まりにして

 そこに属する命を見守り導く

 大いなる神たる我らが始祖よ]――」


 ……読み上げ終わらない間に、頑丈に作られている筈の儀式場、その足場が僅かに揺れ始めたので、これはやっぱり衣装まで揃えなくて正解だったようだ。もし揃えていたら、本気で島が別物レベルで形を変えていたかもしれない。

 まぁ、現状でもどれだけ元の形が残るかは分からないんだけど。それはもう、やるだけやってみないとどうしようもないだろう。

 というか……もしかして、それがあったから「全てのステージは独立して」いたのか? 噴火が正規ルートだから? 島の生態系どころか形自体が変わる前提だったから? あっれ、何か妙な具合に理が通っちゃったぞ。


「[一切の災禍を退ける火の力

 我らが敵を拒絶する熱の力

 その力の一端を

 ここに顕さん事を

 月たる姫を目指す子が希う]――!」


 途中でちょっと思考が横に逸れかけたが、そこを意志力で強引に修正し、祝詞を奏上しきる。既に割とはっきりした地響きが聞こえている中で、レベルが上がるに伴って、恐らくもう少し範囲が広がった【王権領域】を、最大まで展開した。

 恐らく、そこそこ大きさがある儀式場、その足場となっている部分は丸ごと包めたんじゃないだろうかと、思った、次の瞬間。



 ――――――ゴッッッ!!!!!

 と、音と言うより衝撃波を全方位に叩きつけ。

 山脈の内側全体が、太陽に負けじと輝く赤色に染まった。



「……わぁ、流石はティフォン様です……」


 頭の上と足の下と、どちらがより明るいのかも分からなくなるほどの光を放つのは、当然、噴火したての溶岩だ。眼下に見えるのはもはや内海ではなく、少し凹みが大きいだけの火口である。

 よーく観察する事と、自分が無事だと言う事から、恐らくやや南側に向かって噴火したのだろう。ぐるりと周りを囲む山はほぼ山頂までたっぷりと溶岩を被ったようだが、私の周囲だけはそれが無いようだったから。

 でもこれ、もしかしなくても、内海の底にいたレイドボスは吹き飛んでしまったのでは……? と思っていると、恐らく水路の上あたりに、何か黒くて大きなものが降ってきて叩きつけられたのが見えた。え、まさか。


[件名:イベントメール

本分:イベント条件が満たされたため、レイドボスが出現しました!

   このレイドボスは莫大な体力と特殊能力を持っています。

   プレイヤー全員で力を合わせて退治しましょう!


   ※レイドボスがイベント期間内に倒されなかった場合、通常空間に出現します

   ※出現する際、本体及び特殊能力の状態は引き継がれます]


 …………どうやら、あれはレイドボスだったらしい。噴火で思い切り上空に放り出されてから、重さがあるから重力に引かれて地上に叩きつけられたようだ。その場所が真上ではなくやや南って事は、やっぱり噴火には僅かとはいえ角度がついてたんだな。

 が。今の噴火で溶岩が滾々と湧き出している。そしてそれは、どうやら溶岩にも耐える事が出来たらしい水路に流れ込んでいる。付け加えて言えば、若干とは言えこの溶岩、ティフォン様の気配がするんだよな。


「……真昼はこれからな上に、足元からも神の力が宿った溶岩の光で照らされてるって事は、これ、放っておいても死にませんかね……?」

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