第540話 20枚目:冷人族の軌跡
途中で手伝いに来てくれたルフィルが風邪をひくというアクシデントはあったが、それでもどうにか解析を進めていくと、流石にいくらか冷人族について分かって来た。
彼らはどうやら、人間種族としては特に精霊と親和性の高い体質をしていたらしい。そうなると色々利用されたり捕まえられたりするので、普通に暮らす分には環境が厳しいこの大陸へと逃げ延び、そこでポリアフ様に加護を貰って氷の精霊さん達と暮らすうちに、今のような氷属性特化になったようだ。
なので人間種族に属していながら、比較的人間種族を避ける傾向にあったらしい。むしろ魔物種族との付き合いの方が活発だったようだ。まぁ利用してこようとするのは人間種族だもんな。
「で、本来ならここで初めて、露樹族の名前が出てくると」
「かなり親しく付き合っていたようですね。そもそもあの「氷晶の核」の元となったものも、露樹族の協力を得て作成していたようですし」
属性違いのエルフか? と思ったがそれはさておき。問題の世界規模スタンピートの時、もちろんポリアフ様は冷人族も保護対象として、自分の白い衣……雪をかぶせて守りにかかったらしい。冷人族は普通に地上に暮らしていたようだが、彼らは氷属性特化だ。問題なく生活できるだろう、とポリアフ様は思ったのだろう。
実際それは間違っておらず、突然の警告と行動に驚きはしたものの、急いでその与えられた雪を使い、集落を覆い囲む形の堅固なドーム状の守りを作ってスタンピートに耐えた、という感じの記録があった。……触れれば即座に芯まで凍り付く、極冷のドームか。なにそれこわい。
さて問題はここからなのだが、冷人族は氷属性に特化しているとは言え人間種族だ。それこそ女神様達のように眠って過ごすという訳にはいかない。スタンピートを凌いだはいいが、その後の生活と言うものがある。
「しばらくの間は蓄えや、迎撃したモンスターの素材があるとはいえ、いつまでも続くような物でもありませんからね」
「この資料を見る限りですが、彼らは【暗視】を持っていないようです。そうなると、灯りという意味でも地上に出ようとするのは当然でしょう」
「氷属性特化と言っても、普通に火を使って料理ぐらいはしていたようですしね。主に使っているのは薪ではなく、あの山火石だったようですけど」
そして地上……いや、雪上に出た彼らが見たのは、そのほとんどが平坦に見える程の雪で覆われ尽くした光景だったようだ。記録によれば、最初は彼ら自身と同じくポリアフ様が守ったのかと思ったが、竜都、及び大陸の南側まで雪に閉ざされているのを見て、これは違う、と悟ったらしい。
その後彼らはポリアフ様の山にも登って神殿に向かおうとしてみたが、そちらも同じく閉ざされていた。もちろん掘り起こそうともしてみたらしいのだが、雪に慣れ、冷気を自在に操る彼らですらその「重く固く締まった雪の層」はどうにも出来なかったようだ。
こういう時に彼らが頼っていたのは主に竜族だったらしいが、竜都は既に空っぽになって雪に閉ざされていた。つまり、既にこの大陸を去った後。この時点で冷人族は、割と打つ手なしで途方に暮れていたようだ。
「……何かちょっと申し訳なくなりますね。私が顔を出したら怒られませんか、これ」
「まぁ、大丈夫でしょう。当時世界中が大変な事になっていたのは確かですし、記録に不安はあっても恨み言は見られませんから」
さて困り果てた冷人族の人々だが、だからといって何もしないという訳にはいかない。どうにか雪上には出れたものの、このままではそのルートもいずれ閉ざされるのが見えていたからだ。
ここからの経緯は記録を書いた人によって大幅に異なる。だから多分、何度も何度も、ひたすらに相談と討論を繰り返していたのだろう。本当にどうにも出来なくなってしまう、その限界が見えてくるまで。
中には人魚族や渡鯨族の所まで足を延ばし、そちらの状況を聞いたり助力を願ったりした記録もあった。どうやら人魚族の町を覆っていたあの氷のブロックで出来た天井と柱、あれは冷人族の人達が作った物だったらしい。
「どうやって作ったんだろうと思ってたんですよ。どう頑張っても、言ってはあれですが人魚族の方々にあれだけの建造物を作る技術は無いんじゃないかなー、と思っていたので」
「そのようですね。この時点では海の氷もそう厚くなかったようですが、いずれ来る未来を予測しての備えだったのでしょう」
だからどうやら、当時の渡鯨族の街にも「天井」はあったようだ。ただ柱と言っても地中に埋め込む物ではなく、ただ積み上げたものだったがために、推定ヒラニヤークシャ(魚)に吹き飛ばされてしまったから跡形も残っていなかったようだが。
冷人族の記録によると、大陸の南西に近い程、積もり積もった「重く固く締まった雪の層」をどうにかするのは容易かったらしい。だから、この雪の原因ないし影響元は、北東にある、と推測した、とある。
それでもやはり、ポリアフ様の事が気がかりだったのだろう。どうにかしなければ、と危機感を抱いた彼らは、とある賭けに出る事にしたようだ。
「……なるほど。それで、メイン会場があそこになる訳ですね」
それはつまり、自分達の力の底上げを行う事。「重く固く締まった雪の層」は、場所によってその難易度が変わる。それなら、自分達の力がその原因を上回れば、ポリアフ様の神殿周辺もどうにか出来る筈だ。そういう、ある意味で当たり前の結論だった。
だから彼らは、一族をあげてその修業の地……氷の大地へと向かう事にしたらしい。何せあそこは氷の精霊の力が非常に強い。もちろんそこで暮らす事は容易ではないが、そもそもの目的が修業による能力の底上げだ。
大半の記録は、その辺りで終わっている。一部集落を守ったり、修業に同行するには余りに幼かったり、逆に年齢を重ね過ぎていたりする人は残ったようだが、彼らも時間経過と共に氷の大地へ移動していったようだ。
「そして誰もいなくなった、と。守る者が居なくなれば、雪のドームも維持できない。そして冷人族の集落も雪に覆われ、閉ざされた……」
「その理由としては幾分平和でしたが……その後に起こった事を考えると、そう楽観視は出来ませんね」
これが大体冷人族がいなくなった経緯で間違いない。だとすれば引っ掛かるのは、当時積もっていた「女神様の物ではない」雪の質だ。
冷人族の人達の記録には、ただ「重く固く締まった雪の層」とだけ残されている。……つまり、今確認されている2層の雪の内、下部分に当たる雪のブロック、そちらの情報しか残っていないのだ。
だから順当に考えるなら、冷人族の人達が修業に向かった「後」になる。つまり。
「ヒラニヤークシャ(魚)の出現、アザラシ達が追い立てられた「何か恐ろしいもの」、パウダースノーの層の出現。……これらが、冷人族の人達が、氷の大地に向かってから起こった事、という訳ですね」
「そうですね。後は、具体的にどのようなルートを通ったか、どの地点を目指したのかと言う部分を探していきましょう」
って、事だな。
後分かるのは……「重く固く締まった雪の層」の性質から、その原因の居場所だ。北東、と冷人族の人達は推測していた。これは、恐らくそう間違っていないだろう。
……パウダースノーの原因が北の大地。そして雪のブロックの原因が、東の流氷山脈。恐らくこれも、間違っていない。うん、大分見えて来たな。
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