第465話 18枚目:現れたもの

 結論から言うと、ダメだった。どうやら一度スイッチが入ってしまった「退避の宝珠」は、脱出目的では使えないようだ。それ以上動く事も無かったんだけど、内側からにじみ出てくる……というより、魚とかの卵で、目が透けて見えてる感じだな、これ。生き物っぽいんだよ。

 流石にインベントリの中にそのままっていうのはどうか、と思ったので、今あった分を(なお、全てその生き物っぽい変化が起きていた)全部袋に詰め直してからインベントリに突っ込んでおく。これで出す時は一度に全部出せる。

 で、そういう事をしてから安全地帯(仮)に戻って見ると、おや? 何だか和気あいあい、もしくはやる気満々で臨戦態勢?


「あ、おっかえりー「第三候補」! どうせ死に戻るんなら戦うってさ!」

「なるほど。まぁこちらとしても手数や試せる行動の幅が増えるのは助かりますからね。「第四候補」もバフや指揮で仕事が出来るでしょうし」

「まぁな!!」


 安全地帯(仮)にいた召喚者プレイヤーは全部で20人。前衛7人、後衛6人、遊撃的に動き回るのが7人だ。「第四候補」が後衛である事を考えると、全体が同じ数になるから結構良いバランスだろう。

 【絆】はともかく魅了ステータスはかなり高い筈の「第四候補」。恐らくあれだけの数のゴーレムやドールを操る関係で、パーティの人数制限を緩めるスキルが他にもあるのだろう。その20人は、問題なく「第四候補」のパーティに収まったようだ。

 ちなみに私は、私をリーダーとしてエルルとサーニャだけのパーティを組み直した。もしこれで「退避の宝珠」を所持していた誰か、もしくはその所属パーティだけなら、ある意味彼らの安全が確保される事になる。保険だな。


「まぁ安全地帯を模している時点で、その場にいる全員が問答無用で巻き込まれるパターンだと思いますけど」

「あっはっはっは! ほんっとにそれな!」


 可能性としてはゼロじゃないから、念の為だ。検証にもだいぶ慣れて来たな。

 そういう訳で全員で相互にバフをかけ、私がポーションを放出する事でとりあえずの回復も済まし、軽く連携確認とざっくりした動き方を決めた所で、お互いのパーティで少し距離を離す。

 小高い丘の中腹、周りの森と丘の頂点の真ん中あたりで、どちらから何が現れてもいいようにしっかり警戒しつつ、丘の頂点から角度として60度ぐらいに分かれたところで。


「それでは、いきますよー」

「おっしゃ、ばっちこい!」


 インベントリを開き、さっき袋に詰めて置いた「退避の宝珠」を、丘の頂上へと、放り投げた。

 ちゃんと力加減をしたので狙い通り頂上に落ちた布袋。ぽすん、と、一度は大人しく落ちて見せたその袋は、数秒も無く内側から蠢き始めた。最初は震える程度だったのが、内側で泡立つようにしているのが見えそうだ。

 それに呼応するように周囲の森も、風など吹いていないのに枝ずれの音を鳴り響かせ始める。実にホラーな現象あるいは前振りだ。邪神なんだから妥当なのかもしれないが。


「心臓の弱い人お断りでもありましたか」

「まぁ邪神だもんなー。さっきからそれしか言ってないけど!」

「そうとしか言いようがありませんからね」


 そんな会話をしつつも、蠢いている袋をメインとして全方位に警戒は向けている。油断はしていない。エルルやサーニャはもちろん、此処に居た召喚者プレイヤー達もだ。

 そしてその視線の先で、ぼこん、とひときわ大きく袋が膨らんだ。特別高い耐久度がある訳でもない、ありふれた布袋の内側から、繭、あるいは卵の殻を破って出てくるように、ぼごり、という音を伴いながら何かが出てくる。

 最初は人の頭。続いて豚、牛、鶏、蛇、蛙、狼、兎、と、節操なく無数の頭が出てくる。それらは最終的に人の頭を中心とした花束のように集まって、その後ろに、巨大な魚の、首から下を繋げてふわりと浮いた。


「えーと「第三候補」、元ネタ分かる?」

「頭の数が足りませんが、恐らくそれは集められた宝珠の数によるのでしょう。無数の様々な生き物の頭、それらを束ねたのと同じ大きさの魚の首から下、空に浮かぶ力は無かった筈ですがそれはこちらの解釈或いは伝承とするなら――」


 ぶつぶつ、ぶつぶつと全ての頭でバラバラに呟きを零し続ける異形の姿。ちら、と周囲を囲む森に視線を向ければ、枝同士が地面に当たる程まで広がって絡み合い、その枝の先を内側に向けていた。刺さったら痛そうだ。逃げられない、という事で確定だろう。

 元ネタは分かる。分かるが、あれに攻撃的な伝承は無かった筈だ。つまり、敵対した場合の行動パターンという意味では全くの未知となる。


「――傲慢により姿を変えられた元高僧、百の頭で自らの行いを死ぬまで反省し続ける異形、名は百頭。ただし私が知ってる話では奇妙な姿をしているだけで無害です、どう動くかは一切分かりません!」

「おっけー1から10まで全部手探りだな! 気を付けていこう!」


 おう! と「第四候補」の方に居る召喚者プレイヤー組からも威勢の良い声が返って来たところで、ゆらり、と百頭(仮)が居住まいを正すようにこちらを向いた。無数の頭はそれぞれ好きな方向を向いているが、恐らく中央にある人の頭が本体というはメインなのだろう。

 つるりと剃り上げた頭をもつ男性の頭。目は落ち窪み頬はこけて、肌の色は土気色。どう頑張っても健康的とは言えないその頭は、色濃い影となってその色さえ見えない目をこちらへと向けた。


『……足らず』


 酷く喉が渇き切ったような、掠れて滑舌の悪い言葉。恐らく【共通言語】では聞き取れないだろう。さりとて【魔物言語】でもない。気がする。言語スキルをコンプリートしているからか、それともイベント戦闘だからか、聞き取れはするが。


『足らず……下げる頭が足らず……足らず……足らねば反省は成らず……』


 改めて頭の数を数えると、32だった。うん、私が持ってた「退避の宝珠」の数と一緒だな。確かに、百からすれば半分以上足りない。


『足らず……足らず……頭が足らず……頭が……頭……』


 ここで。向けられている目が、ぎょろり、と動いた気がした。

 いや、気のせいではない。周囲にある様々な動物の頭も、一斉にこちらを見たからだ。


『頭……頭を……頭をヨコセェェエエエエエエエエ!!』

「皿屋敷かよ!!」

「それは違うと思います!」


 引き攣り甲高いその叫びと共に、胴体から大きさに似合いの鱗が落ちた。そしてそれらは、百頭(仮)にある頭の動物の、頭の無い姿に変わる。

 あーなるほどそういう解釈な? と納得しつつ「第四候補」にツッコミを入れ、一斉に突っ込んで来た首なし動物たちの迎撃に入るのだった。

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