第464話 18枚目:安全地帯

 幸い、というべきか。そこから更に2時間ほど探索を続けた先で、視界が晴れている場所を見つける事が出来た。どうやらとある場所を中心に黒い霧が薄くなっているらしく、その場所というのが安全地帯だったようだ。

 中心は小高い丘だったのだが、周囲が山火事に遭った森のようになっている。まぁ【暗視☆】で見えるようになった他の場所でも、木は全部こんな感じだったけどさ。

 そこにいた人たちはどうやら第一陣がメインだったようで、驚かれはしてもすぐに落ち着いてくれた。といっても交渉事は「第四候補」にお任せなんだけど。


「…………」


 安全地帯と呼ばれるだけはあり、黒い霧が無くモンスターが現れない。なるほど確かに、と思った訳だが、エルルとサーニャが緊張を解かないんだよね。どころかよりいっそう警戒を強めているまである。つまりそれは危険地帯って事なんだけど、も、だ。

 聞こえる話を聞く限り、そして周囲を見回す限り、安全地帯は安全地帯なんだよなぁ。そう呼ぶことに違和感が無いというか。じゃあそれが危険というのはどういうことだ、って事になるんだけど。

 ……まぁ、足元を見て【鑑定☆☆】が通らないって時点で厄介事だとは思ってたけどさ。それこそ邪神の領域で安全地帯なんて、そんな親切な物がある訳ないって話なんだろうけども。


(まぁモンスターが近寄らないのも、黒い霧が薄まるのも、別の理由で説明しようと思えばできるからなぁ。厄介事とするなら、いくらでも)

「「第三候補」! とりあえずここの人達脱出させようぜってことで、宝珠よろしく!」

「分かりました」


 そう考えていると、声を掛けられる。了解の返事を返してざっくりその場にいる人数を数え、メニューからインベントリを開いた。

 拾った「退避の宝珠」はもちろん全部インベントリに入れてある。見た目はつるりとした陶器製のゴルフボールって感じなのだが、なんか妙な気配がした気がして、私が一括で預かっていたのだ。

 人数分以上はある事を確認して、まず1つ、と白くてつるつるした球体を取り出し、


「!?」


 ……真っ白かった筈のその球体の中に、何か、黒い点の様な物が動いた気がして、即座にインベントリに突っ込み直した。

 え? 何だ今の? エルルとサーニャは周囲を警戒しているし、「第四候補」と救助待ちだった人達は私の動きが見えなかったようだ。つまり、今のが見間違いかどうかは分からない。

 んん? と首を傾げ、とりあえずもう一度取り出してみる。いやほら、見間違いって事も、あるかも知れないし?


「……」


 …………今度は取り出した瞬間、明確に何かが動いたのを確認して、再度インベントリに突っ込み直した。

 えー。何。そういう感じの厄ネタなの。安全地帯で落ち着いて脱出しようとしたら発動するとか。なんて質の悪い神だ。邪神だった。


「えーと「第三候補」、なんか頭抱えてるとこ悪いけど宝珠は?」

「厄ネタ付きです。少なくとも此処で出す分には」

「うわぉ、まーじで。でもどうすっかな、全員確か、もう魔力もポーションも厳しいんだろ? 休憩しても回復しないとかで」


 私の動きがやはり追えなかったらしく、首を傾げて聞いてきた「第四候補」に端的に答える。まじで、と言いながら疑った様子の無い調子のまま、くるりと後ろを振り返って見せる「第四候補」。そこへ、こくこく、と同意の頷きが返って来る。

 休憩しても魔力が回復しないって時点で厄ネタなんだよなぁ……とちょっと遠い目をしたくなったが、とりあえずは現状をどうにかしよう。それが最優先だ。


「では、ひとまず霧の中に戻る、というのは厳しいという事で良いんですね?」

「そうなるなー。1人ずつだとちょっと時間がかかり過ぎるだろうし? 回復はこっちでするとしても、流石にこの人数の状態異常を解除し続けるのはキツいだろ?」

「手数と注意力的な意味で厳しいですね。その辺「第四候補」が手数を増やせればいいんですが」

「出来ないから無理なんだよなー! スリップダメージ許すまじ!」


 ちなみに私は「月燐石のネックレス・祝」によって、私に与えられている神の祝福ギフトが強化されている。その内1つが【格納】であり、インベントリにもそのスキルの効果が及んでいるのだ。

 この【格納】というスキルは読んで字のごとく、物を何処かにしまった時に補正が付く。カバーさん達に協力してもらった結果、この補正とやらはどうやら、その物の「良性の経時変化を促進」し、「悪性の経時変化を抑制」する効果があったらしい。

 食べ物なら、熟成は進んで腐りにくく。木材なら乾燥は進んで虫が湧きにくく。石材はよく分からなかったが、ルージュ曰く装備の類も、ルフィル達曰く素材の類も、ベストな状態に早くなってそのままが長く維持されている、との事だ。


「でも「第三候補」がインベントリに入れててこの場に出したら変化があったって、それ他の誰かだとインベントリが大惨事にならね?」

「もしくは、この場に辿り着いたとたんに強制的にインベントリ展開から飛び出して出現、とかかもしれません」

「うーん! それもあり得るな! どっちにしろ性質が悪い!」

「邪神ですからね」


 うん。つまり、そういう事だ。

 その会話を聞いていた脱出希望の召喚者プレイヤー達も「げっ」って顔をしてたから、無事「ヤバい」事の共有は出来たらしい。まぁ邪神の領域なんだ。まともな安全地帯がある訳ないか。

 しかしそうなると、今取れる手段は2択になるだろう。つまり、時間はかかっても確実に1人ずつ黒い霧の中に連れ出して脱出してもらうか……そのギミックを引いてみるか、だ。


「脱出アイテムも安全地帯も見た目だけだった件。いやそれぞれ単独なら役には立つんだけど、それが混ぜるな危険ってどういう事だよって話でな!? 普通は安全な場所に辿り着いてから脱出するだろ!」

「普通はそうだから逆手に取られてるんだと思いますよ。で、どうします? 正直ここまで条件が揃っている以上、出てくる何かも相当に厄介だと思いますが」


 と、振り返るのは安全地帯(仮)にいた召喚者プレイヤー達だ。私達だけなら、最悪逃げられないボス戦になっても何とかなるだろう。が、彼らは違う。命からがら(まぁ死に戻りするだけなんだけど)生き延びたのだ。せっかくなら生きて帰りたい筈だ。

 流石に第一陣だけあって、恐らくは所属クランもスタイルもばらばらな彼らは、口を揃えて「ちょっと相談させてほしい」と言ってきた。はいどうぞ、ごゆっくり。


「とりあえず、変化が起こってしまった宝珠を黒い霧の中で取り出すとどうなるか、から確認して来ましょうか」

「そうだなー、一度でも足を踏み入れたら使えなくなるとかだとキッツいどころじゃないけど、普通にありえるだろうし。ヨロ!」


 という訳で、私は話し合いの邪魔にならないようにするのも兼ねて一旦安全地帯(仮)の外へ出る事に。

 まぁ別に、1人ずつ時間をかけて脱出してもらうのでもいいんだけどね。その分情報を持ち出してくれるんなら。

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