第405話 17枚目:頭脳戦
決死の覚悟で逃げ出したと思ったら秒で正体不明の相手に攫われて、連れていかれた先で枷が壊された。この長い金髪の子にとっては何が起こっているのかさっぱり分からないだろう。
よく見れば髪も肌も手も爪まで綺麗なんだよな。だから大事に育てられていたのはほぼ間違いない。このまま成長したら「聖女」とか呼ばれても不思議じゃないんじゃないか?
まぁとりあえずこの子は安全確保を兼ねて「転移門」でクランホームに送り届けるとして、問題は今もその半径を広げながら周囲を捜索している黒づくめ達だよ。
「洗脳済みの狂信者なら殺す訳にはいかず、かといって
「やる?」
「まだステイで。それに、馬車の中に「もういない」とは限りませんし」
まぁあの枷やここまで運ぶ事を考えれば、1人に狙いを定めて実行した可能性が高いけどさ。それでも中を確認した訳じゃ無いから、可能性をゼロに出来ないんだよな。
「……い、いないわ」
「ん?」
と、木には登らず森の中に隠れた状態で捜索している集団を確認していると、その後ろからそんな声がかけられた。おや美声。鈴を転がす様なという表現がぴったりな、声だけで可愛いって分かる声。ルチルと一緒に喋ったらそれだけで広域魅了効果が付くんじゃないか?
でまぁ、そんな声を聞いた覚えがあればすぐ誰か分かる訳で、それが分からないって事は、一度も声を聞いた事が無い相手だって事だ。そしてこの場で、そんな相手は1人しかいない。
「あ、あの馬車にいたのは、わ、わたしだけよ。あとは、全部、異教の徒だったわ……」
割と寒い気候にか、それとも追いついてきた恐怖にか、震えながら声をかけて来たのは、例によって神と宗教にとって重要な金髪の女の子だった。確かカバーさんから、現状とか私達の事とかそういう説明をされてた筈だ。
言葉もしっかりしてるし基本的に頭のいい子なんだな。で、説明を聞いて理解した所で私達の話が聞こえた、という感じだろうか。
「なるほど、ありがとうございます。捕縛にしろ殲滅にしろ、あれは全部「敵」で良い訳ですね」
「て、てき……そ、そうよね。そうなるわよね……」
「殺しませんよ? 原則生け捕りです」
「えっ?」
えっ、と言われてもな。私が積極的にトドメを刺しにいくのは、世界的外来種であるモンスターだけだぞ? 住民は原則保護対象だ。こっちの法律で裁かれるのが正しい姿だろうっていうのもあるけど。
敵対者だからって問答無用で命を奪いに行くとか、そんな野蛮な事をする訳無いじゃないか。自分達さえよければ後はどうでもいいなんて、そんな大雑把で独裁的な判断は悪手と決まっている。
だって助けられなかったら後悔案件だし、何より後で自分の首が絞まるのが目に見えてるじゃないか。なぁ?
「しかし他の町にも向かってそうな感じですね。全く大掛かりな」
「えっ」
「そうですね。それらしい動きが無いかどうかの確認をお願いしておきます」
「えっ」
まだしつこく捜索を続けている黒づくめ達をどうしたものかと考えながら推測を口に出し、それにカバーさんが応じてくれる。金髪の女の子? ちょっとスルーで。とりあえず今ここで聞かなきゃいけないことは聞けたし。
となるとこの子は安全確保って意味で「転移門」の向こうに行ってもらうべきか、と思ったところで、ウィスパーの着信。送り主は、うん?
『どうしました、「第五候補」?』
『ちょっと気になる事があってね~』
基本的に今回は私と同じく補助であり、クレナイイトサンゴの影響から脱した人の治療や、その後のメンタルケアを担当していた筈の「第五候補」だった。ちょっと気になる事とは。そしてなぜ私の方に連絡をしてきたのか。
『リーガンさんの事なのだけど~、町の人が運び込まれてくると段々落ち着いて来てたのに~、さっきまた落ち着かなくなっちゃったのよね~』
『さっき、ですか』
『そうなのよ~。今は私が宥めてるんだけど~、これってやっぱり普通じゃないわよね~?』
その問いかけに、少しだけシンキングタイムだ。
引っ掛かるか? と自問すれば、引っ掛かる。町の人が運び込まれてくると落ち着く、これは、ひとまず安全な場所に避難できたと思っているなら問題ない。だが、さっきまた落ち着かなくなったと言った。恐らく、「第五候補」からすれば何の脈絡もなく、という意味なのだろう。
で。リーガンさんことストーサーの“権威の神々”神殿長は、ストーサーについて話す前にも唐突に取り乱した場面があった。そう。話を聞く為に『アウセラー・クローネ』の代表者が合流する時、私が最後に集まった時だ。
『……一応、「第一候補」にリーガンさんの信仰を確認しておいていただけますか』
『……あら、あら……それは~、やっぱり~、そういう可能性があるって事かしら~?』
『確信も無く根拠も薄いですが、あり得るとする中で、最悪の最悪であれば、の話です。もちろん、調べる事で何かのトリガーを引いてしまう可能性も無くは無いのですが』
『なるほどね~。十分に気を付けた上で確認してもらってくるわ~』
とりあえず「第五候補」にはそう伝えて、一旦ウィスパーを終了する。ちら、と視線を向けるのは、木の陰にうずくまり、毛布を強く自分に巻き付けるようにして震えている女の子だ。
カバーさんが宥めに回っているが、どうやら梃子でもこの場を動かないつもりらしい。その行動の理由は分からないが、もしそこに何らかの「警告」があるとするなら……。
「……用意は周到に。罠は見破られる前提で。策を巡らせるなら十重二十重に、どんな動きでも絡めとってしまえるように」
私はそうする。私が仕掛けるならそうする。
正面からの直接対決になったらどう頑張っても勝ち目のない相手に勝とうと思い、そしてその途中で出る被害を最大化しようと思えば。手を一切抜かずに、それぐらいは用意する。
「積み上げたものを崩すのであれば相応の実利を。崩したものに最低限見合う程度の成果を。次の布石を。いくらあっても困らないものの貯えを……邪神にとっての、それらは?」
想像しろ。想定しろ。
どこまでも抵抗を諦める事なく、少しでも隙があればそこから全てを突き崩してこようとする、正面からでは勝てない相手。
それに勝とうと思えば、何を用意して、どういう罠を仕掛けて、どんな策略を編めばいい?
「……ほんっと、これだから戦争は面倒なんですよねぇ。私はうちの子を可愛い出来れば満足だっていうのに」
頭を使うのは苦手で疲れる。だから勉強も苦手なのに、下手したら学校より頭使ってないか、最近。
ここで頑張らなきゃ後悔するのが分かってるから頑張るけどさ。何せ被害者の桁が違う上に、野放しにすれば最悪の結末に向かうのが分かり切ってるんだし。
それに、どうやら私は、こういう……理詰めで行動を予測したり、見えている動きから全体の流れを推測したりっていう頭の使い方が、苦手であっても下手ではないようだから。
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