第358話 16枚目:歌う金糸雀

 一般召喚者プレイヤーに時々住民まで加わっているらしいクランへの参加申請だが、今の所エルルもしくはサーニャの基準を突破した挑戦者はいないようだ。……まぁ必ずしも勝つ必要はないとはいえ、2人共古代竜族の職業軍人だからなぁ。その壁の高さはお察しである。

 中には単に強い奴と手合わせしたいって挑戦者もいるようだが、そういう場合は手加減が目減りしているらしい。まぁここはクランへ参加する人達がメインだからね。単なる手合わせなら別の機会にしてほしい。

 という現在は翌日、火曜日夜のログインである。ログアウトは、うん。私の分として貰ったスペースの奥にテントを立てた。エルルとサーニャの分もあるので、交代で休んでいる、筈だ。


「……2人共、挑戦を一旦止めて休んでも良いんですからね?」

「うん? その辺はちゃんとしてるよ? 姫さんは心配性だなぁ」


 現在はエルルのターンなので、私の側に居るのはサーニャである。んー、まぁそれなら、大丈夫、かなぁ。その辺の体調管理とかもお仕事の内に入ってる、筈だし。

 その辺いくら私が心配しても実際どうこうは出来ないので、模擬戦(?)の様子を眺めながらひたすらお茶しておやつやご飯を食べ続けるしかないんだけど。【大食】が育ってて良かったよね。正直かなり暇だ。

 『本の虫』の人達による全体受付から綺麗に整列している挑戦者達は、私の所だと1対1で挑むことになる。パーティでの動きも加味するべきか、と思ったんだけど、エルルとサーニャがいるからね。参加時点では個人の力を合否の基準とした。連携は後でも訓練できるし。


「おっ、来たな」


 と思っていると、模擬戦を担当しているエルルが声を出した。うん? と顔を上げると、そこに居たのは。


「おや、ルチル」

「はいー! ごしゅじんがクランを結成したと聞きましてー!」

「縁故採用でもいいですよ? ルチルの実力を疑う馬鹿は私直々に殴り倒しますし」

「ありがとうございますー! でもー、こういうのは実力で勝ち取らないといけませんからー!」


 【人化】して、恐らくアラーネアさんに作って貰ったっぽい薄い水色のナース風装備を纏ったルチルだった。今日もうちの子が可愛い上に格好いい。覚悟完了済みの美少年とか最高か?

 ぱちん、と【人化】を解いてカナリア姿に戻ったルチル。それに、口の端に笑みを浮かべつつも大太刀を構えるエルル。流石にこれは私も真剣に見守るとも。


『ですのでー、エルルさん、よろしくお願いしますねー!』

「加減はするが手抜きはしないからな?」

『当然ですー!』


 ちりん、という音を伴って、ルチルの羽にあった緑の模様が、カナリア姿にふさわしいサイズの、緑色の葉っぱ型宝石を頭にした杖へと変わった。【人化】した状態の視線の高さでホバリングするルチルはそれを器用に両足で掴み、そのままエルルの視点の少し上へ移動する。


「そっちのタイミングで始めていいぞ」

『それじゃあー……全力で、いきますよー!』


 和やかでありながらも真剣なやり取りの後の模擬戦は……開幕初手から、空間そのものを埋め尽くす様な、初級魔法による文字通りの弾幕が展開される事で始まった。

 うーん流石ルチル。耳で聞く限りは綺麗な声でカナリアさんが歌ってるだけなんだけど、あれ全部詠唱だよな。それも1つずつじゃなくて、圧縮するみたいにして複数を同時に詠唱してる。

 流石にエルルも、弧を描いたり角度を変えたりしてほとんど全方位から飛んでくる魔法を斬り払うのに忙しそうだ。身体のスペックが高いっていいね。こんなの現実じゃ何が起こってるのかサッパリだよ。


「おおぅ、エルルリージェがかなり本気で防御に回ってるとか、やるなあの歌鳥族」

「まぁルチルですから。サーニャは使徒生まれというのを知っていますか?」

「うん、知ってるよ。……え、もしかして?」

「そうですよ。以前召喚者へ、神に協力して頂いて使徒を作成する権利が与えられた事がありまして」

「うっわ、そりゃ強い筈だ」


 ッガガガガドドドドドドド!! と嵐のように間断なく魔法が叩きつけられる光景を見つつ、普通はこれで十分な飽和火力なんだよなぁと思いながらサーニャに説明する。ふふふ。うちの子はすごいだろう? あと4人いるんだよ。

 ……なお、ルチルはスキルを構成した時点では、どちらかと非戦闘要員だったというのは内緒だ。文字通り攻撃魔法の雨を降らせるようになるとは、すっかり立派な戦闘要員になったなぁ。

 しみじみしながらいつ終わるとも知れない、色とりどりの光が舞うという意味では美しくすらある光景を見ていると、ふとサーニャが顔を真剣な物に変えた。そのまま数秒模擬戦(……?)の方を見ていたかと思うと、一拍、大きく息を吸って。


「――そこまで!」


 びり、と空気を圧する程の大声を出した。ぴた、と響いていた歌声が止み、数秒遅れて魔法の乱打とエルルの動きが止まる。

 防戦一方だったけど、何か致命的な攻撃は無かったような……と思いながら改めてすごい事になっている模擬戦の場所を見て、あっ、と気づいた。

 エルルもさほどなく気付いたようで、感心と納得が半分ずつ、という顔で何度か頷き、大太刀を鞘に納める。


「……なるほど、これは気づかなかった俺が悪いな。合格だ」

『やったー! ありがとうございますー!』


 多分、魔法を乱打する詠唱に混ぜて、ひっそり仕掛けていたのだろう。エルルの足元に、たぶん罠系のかなり強力っぽい魔法が待機させられていたのだ。もしあれが発動していれば、少なくとも直撃にはなっていた筈だ。

 エルルが移動してから起動してもらうと、それはまずかなり大きな落とし穴が口を開き、間髪入れず内部へ向けて土の棘がこれでもかと形成される、アイアンメイデン的な魔法だった。これを魔法の乱打で上に注意を向けさせて仕掛けるとか、えげつないなぁ(誉め言葉)。

 という訳で、私直下における初のクラン加入者はルチルとなった。これからもよろしくね!

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