第352話 16枚目:皇女の全力

「お嬢!!!」

「げっ」


 気持ち1歩ごとにペースを上げるつもりで、半海上拠点を掠めるように、要請された目的地からは軸をずらすようにヒラニヤークシャ(魚)を殴り飛ばしてきた訳だが、ここでとうとうエルルが追い付いてきた。

 うっわぁ声で分かる程怒ってる。ドラゴン姿だとヒラニヤークシャ(魚)が吹き飛ぶ余波で近寄れないと判断して【人化】して追いかけて来たんだな。スライムが濁流みたいに移動する橋をよくまぁ渡ってこれたもんだ。

 じゃ、なくて。


「何か企んでる気がしたけどやっぱりか!! 流石に化身相手では前に出るなっつっただろうが!?」

「いやこれには事情がありまして、すみませんエルル、あと数十メートルだけ勘弁してください! 「第四候補」!」

「悪いなお世話係君、お仕事熱心なのは結構だが今は「第三候補」の邪魔をしてくれるな!」

「は!? あっこの、こいつら……っ!?」


 エルルに追いつかれる=単独行動の強制終了タイムアップって事だ。捕まったらたぶん戦闘終了まで放して貰えない。それは大変困る。なので「第四候補」に声をかけて、スライム達で妨害してもらった。

 もちろん妨害なので倒す気はない。そして、妨害と言っても大した時間は稼げないだろう。そしてその時間ではポイントに追い込むのにちょっと足りない。さてどうするか。

 そう考えている間にももう一度殴り飛ばし、移動する。【格闘】にも結構な経験値が入ってる筈だ。これは、ちょっと飛ばし過ぎる危険があってもノックバックの強いアビリティを使うしかないか?


『「第一候補」! 若干飛ばし過ぎても問題ありませんか!?』

『相変わらず有能な護衛であるな。若干の程度が今更不安であるが、まぁ多少のずれは想定済みだ。そのずれが外海側であれば、あれは陸に近づこうと動こうとするであろうから、こちらでタイミングを合わせよう』

『分かりました、時間が無いので最初の大陸には届かないと思いますがちょっと威力をあげます!』

『……。いや、流石にそれは無いと……思いたいが、有り得るのか……?』


 知らん。つまり、保証は出来ない。下手を打っても文句を言ってくれるなよ、私だってどうなるか分からないんだからな!

 ウィスパーで確認という名の言質を取ったので、自分の状態を確認する。【結晶生成】による全身の飾りと言う名の強化良し、【竜魔法】による強化良し、二重に掛けたバフはまだ切れてない、装備は、あれ間違えたこれ脚に着ける方だ。

 いや威力を上げるなら別にこれでいいのか。いやぁアイテム一覧からのコマンド選択で装着だけなら一瞬で済むんだから便利だよね!


「だから、お嬢!!」

「すみませんエルルこれで最後ですから!」

「何がだ!?」


 足元が一瞬冷えて空気の足場から伝わる感触が変わる。とんとんと数歩分の足踏みでその変化を確認して、足場となるべく待機してくれているスライムの上へ飛び移る。

 もう既に再度声が届くほどの距離にエルルが来ている。やっぱり次の一発がラストになるだろう。やり過ぎてもフォローする(都合の良い意訳)と「第一候補」から言質は取ったし、それじゃあいってみるか!

 ヒラニヤークシャ(魚)から足数個分離れたところに軸となる右足を置いて腰を落とす。そのまま右足で全身を引っ張り、同時に腰でひねりを入れて体を回転させて、その勢いを乗せつつ左足を身体へ引きつけ、ダメ押しで打点となる左足のかかとへ【竜魔法】での強化を集中。


「吹っ飛べ、景気よく! ――[後ろ蹴り]!」


 身体を半分回転させたところで、引きつけていた左足を伸ばすと同時に右足で身体を押し出す。同時にアビリティ発動の発声。自分でも会心のタイミングで、発声と同時に伸ばした左足がヒラニヤークシャ(魚)に叩き込まれ、



 今度こそ明確に、ヒラニヤークシャ(魚)が、吹き飛んだ。



――クォオォオアァアァアアアアァァァン――……!!


 残っていた数十メートルの距離を、ヒラニヤークシャ(魚)は風を切って移動していった。その上がった叫びが驚きと困惑による悲鳴に聞こえたのは気のせいだろうか。いやぁ、自分でやっておいてなんだけどマジでステータスが怪獣だな私。

 気のせいか船団の方からも絶句している空気が感じられるが、私も自分の本気のパワーにびっくりしてるよ。何というか、制御力中心に鍛えておいて良かったなほんと。

 ざっっぱぁーん!!! と、追い込み予定のポイントに派手な水柱を立てて着水したヒラニヤークシャ(魚)を、若干の達成感と共に見守る。……そしてその私の頭は、背後からがっしりと掴まれた。


「……で? 事情が何だって……?」

「いだだだだだだだ!!? エルル、エルルいつもより痛いですが!!??」

「痛く、してるん、だよ……! この降って湧いた系お嬢!! やっぱり目を離すと最前線に突撃してんじゃねーかっ!!!」


 ……直後に、あー! という私の情けない叫びが海の上に響いたのは、言うまでもない。

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