第301話 14枚目:攻性籠城

 私が考えている間、時間が止まる訳じゃない。数と言うのは大規模な戦いにおいて紛れもない力であり、相手の力量における想定を誤れば、それはそのまま敗北という結果に繋がる程に重大な判断ミスとなる。

 で、私が疑問を口に出して整理している間に、まぁいっそ見事なほどに「第四候補」は追い込まれていた。敵ながらあっぱれ、とは今こそ使う言葉じゃないかな?

 とはいえ、山に攻め込んできて何をするつもりなのかは知らないが、この山は“雪衣の冷山にして白雪”の神の御神体だ。正直に言ってしまえば、「何をされても」マズい。


「うーん、ある意味間一髪だったんですかね。――エルル。サーニャ。私はここで大人しくしていますので、加勢をお願いします。可能なら威圧で恐怖を叩き込みつつ「生還させて」下さい。それと、ついでで良いので数体を生け捕りに。出来れば情報を引き出します」

「了解、お嬢」

「待ってた姫さん! アザラシ狩りだーっ!!」


 で。そのピンチになってる所に特級戦力が居るんだから、当然投入するよね。私も姫っぷりがちょっとは板についてきただろうか? 素がただの学生だから、偉い人の立ち振る舞いはよく分からないんだよなぁ。カバーさんや「第一候補」を参考にしつつの手探りだ。

 2人は腐れ縁(幼馴染)と言っていただけあって、特に打ち合わせる事なく行動出来る様だ。エルルがほぼ直線で山を駆け下り、サーニャが東側に回る。【人化】しててもステータスはそのままだ。全力を出せば早い早い。

 距離的に一歩早くエルルの方がアザラシの群れの先端へ辿り着いたようで、こう……ぶわわっと、無双系のゲームで雑兵が吹き飛ばされるみたいに、アザラシが何十体も空を舞った。


「うわぁこりゃ壮観だ。自信も無くすけど。「第一候補」から実質抑止力って聞いてたけど納得しかないわー。ところで流石竜族って言うべきなのここ?」

「まぁそれでいいんじゃないですか?」

「その手札を躊躇いなく切れる「第三候補」も大概すげーけどな。なかなかどうして良いお姫様っぷりじゃん。何? もしかしてリアルでもいいお家の子だったりするの?」

「んな訳が無いでしょう。普通一般人ですよ」


 そんないいお家の子だったら、画面式のパソコンを後生大事に使ったりしないでさっさとVR対応の最新型を用意しているだろう。コトニワのキャンペーンによる実質プレゼントが無かったら今でも使ってた可能性があるって言うのに。

 そんな会話をしたタイミングで、ビリビリと空気が震えた。おう、結構距離がある筈なのに流石迫力が違う。何がって言えば、それはもちろんエルルとサーニャが【人化】を解き、タイミングを合わせて咆哮を放ったのだ。

 私の「お願い」通りに【威圧】系統のスキルを使ってくれたのだろう。ドシャドシャバサバサ、重量のある丸々としたアザラシが何百体も集まって雪をかき分け蹴散らすその音が、面白い程ピタリと止まった。


「ところで「第三候補」」

「何でしょう、「第四候補」」

「相手は動物かモンスターだよな? どうやって話聞くんだ?」

「あぁ。最初の大陸とこちらの大陸を遮っていた大嵐を解決する時に、【魔物言語】が通じない相手から事情を聞く必要がありまして。一時的にでもテイムすれば、割と意思疎通が出来るんですよ」

「なーるほど! その手があったか!」


 本来この場に満ちていた、しん、とした静寂が続いたのは、恐らく数秒も無かっただろう。ドン! という重い音は、エルルとサーニャが踏み込んだ音だろうか。

 一体どういう理由で集団行動をしていたのかは分からないが、流石に生き物としての根っこにある根源的な恐怖……圧倒的な捕食者に狙われる、という命の危機には抗えなかったようだ。

 まるで高く積み上げたトランプタワーを横から突いたように、恐らく悲鳴だろう叫びを伴い、アザラシの群れは一気に瓦解した。




「はいよ、お嬢」

「食べる時は脂の処理がポイントだぞ! そのままだと脂っこいからしっかり脂身を取った上で一回煮てアクと脂を取ってから料理する! ちゃんと下処理すれば焼いても煮ても美味しいからな!」

「2人共、お疲れ様でした」


 ガタブル、という形容詞がこれほどぴったりな様子は無いだろう、という状態で、生け捕りにされてきたアザラシ達を、氷のソリに乗せて引っ張って帰って来たエルルとサーニャ。うーん、流石。

 気絶する事も出来ない程怯え切っているアザラシ達(アザラシ7頭、セイウチ2頭)には若干同情しない事もないが、まぁ相手とタイミングが悪かったって事で。氷のゴーレムに叩き潰されるよりはマシだろう。……たぶん。

 ネレイちゃんとサーニャからの視線が完全に新鮮なお肉を見るアレなのに加え、サーニャの美味しそうなお料理ポイント解説だ。バイブレーションかな? と思うほどに震えが加速している。


「震えるとそれだけ痩せて美味しさが落ちるんだよな。気絶させるか」

「お嬢が話聞くって言ってただろうが」

「えっ、でもどうせ食うだろ?」

「肉なら途中で仕留めた熊とかのが余りまくってるだろ」

「あれはあれこれはこれ。美味しさが違うからいっそ食べ比べとかどうだ!」

「どうだじゃない」

「はーい話を進めましょうかー。サーニャ、ちょっと離れててください」

「ボクだけ!?」


 輪郭がぼやけて見える程の高速振動になるアザラシ達。実際はどうかというと、わざわざ生け捕って来たこのアザラシ達にトドメを刺すぐらいなら、「第四候補」の兵器を直撃で食らったアザラシのドロップを食べるのが先となる。

 うん。ドロップなんだ。だって「第四候補」は【解体】を持ってないからね。召喚者プレイヤーが【解体】を持たない状態でトドメを刺すとドロップ品になるのは、モンスターも動物も変わらないようだ。……たぶん、住民も。

 まぁ大分【解体】自体は広まっているようだからそこまで深刻ではない、と思いたいところだけど……と、思いながら、まずは目の前のアザラシを【鑑定☆】する。さー、動物かモンスターか、どっちだー?


[動物:シロゴマアザラシ

説明:たっぷりの皮下脂肪を蓄えて極寒地帯に適応した種

   その毛皮の断熱性能及び撥水性能は非常に高い

   北国での一般的な狩猟の対象であり、全身余す事なく利用する事が可能

   ただし繁殖期には非常に大規模な群れを形成し、危険度が跳ね上がる


   >特殊情報<

   本来は極北に浮かぶ氷の上に生息し、陸地には寄り付かない]


 ……。

 …………。

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