第294話 14枚目:迎撃するもの

 北の人魚族の街から地表、というか雪上に出て、【人化】を解いたエルルの背中にネレイちゃん共々乗り込めば移動開始だ。何故かサーニャが【人化】したまま乗ってこようとしてたけど、エルルに尻尾でべしりとはたき落とされていた。いや、何してんの。


「だってそっちの方が暖かそうだし、自分で飛ぶより楽だろうし……」

『護衛が護衛されてたら意味無いだろうが』

「守るだけならエルルリージェがいれば十分だろーぅ?」

『遊んでないで早く【人化】解け。おいていくぞ』

「すまんすま、あっちょっほんとに飛んだ!? 待って待って待ってー!!」


 うーん扱いが雑。まぁ気持ちはわかるけど。仕事して、サーニャ。

 さてそんな訳で空から北へ向かう訳だが、竜都跡を過ぎたあたりから冷え込みがここまでの比じゃなく厳しくなってきた。うーわ、【環境耐性】がガンガン上がっていってるな。対寒さの完全装備(現状プレイヤーメイド最高峰)しててこれか。

 そして、暑さが耐性を越えると体力(HP)が削れていったが、寒さが耐性を越えるとスタミナ(動く力。減ると疲労状態になるby『本の虫』調べ)が削れていくらしい。手を閉じたり開いたりした範囲での体感だけど。んー、流石にカバーさん達みたいに動けなくなるってことは無いだろうけど、いつも通りとはいかないかな。


『大丈夫であるか、「第三候補」』

「問題があるかないかで言うとありますが、まぁ行動不能になる程ではありません。周囲を見て状況を判断するぐらいは出来るでしょう」

「るみちゃ、だいじょうぶー?」

「自分で動くのは若干厳しいかも知れませんが、こうやって守られている分には大丈夫ですよ」


 問題はあるが、まぁ最悪モンスターに【吸引領域】を使えばなんとかなるだろう。あれ、体力(HP)や魔力(MP)だけじゃなく、スタミナも奪えるみたいだから。相変わらずぶっ壊れスキルだな。

 それにステータスと種族レベルが高いって事は、スタミナに関してもぶっちぎって高いって事だ。エルルの連続戦闘時間を考えればすぐ分かる話だし。それに、恐らくそちらの回復力も高いだろう。

 スキル上げの修行を兼ねていると割り切れば経験値が美味しいになるし。そもそも、エルルとサーニャが居て私が前線に出る機会は無いだろう。


『あってたまるか。頼むから大人しくしててくれお嬢』

『そうだな! ボクらが健在なのに姫さんに対処させたってなったら後が怖いどころじゃないから!』

『くはは、護衛も苦労するであるなー』


 今だけならともかくずっとこうだから、1プレイヤーとしてはつまらないんだけどな……!

 さてそんな話をしている間に上の丸も半分ほど北上できた。北側の海岸も見える高高度で、一度エルルはホバリングに移る。それに倣って、サーニャも前進を止めた。


『……で、神殿だよな? 山があるなら、山頂かその近くにある筈なんだが……』

『元の状態ならここからでも見える筈なんだけどなー。何この雪、山の形すら分からなくなるってどんだけ積もってるんだ!?』

『かといって、適当に降りるとそれはそれで機嫌を損ないそうだしな。神によっては山を下から登ってこないとダメとかがあるから』

『あー、確か中腹までは飛んでいっても良かったな? うん。けど上半分は【人化】して登らないとダメだった、筈。たぶん!』

『お前なぁ……』

『……いやだって、それをさぼったからあそこに入れられてた訳で……』

「参拝をさぼっちゃダメでしょう」

『実に妥当であるな』

『ぐはっ!』


 サーニャが懲罰房に入れられた(とりあえず直近の)理由が判明した。そりゃダメだな。「第一候補」共々罰則が妥当だと感想を零せば、器用に滞空したまま横に1回転して見せるサーニャ。何? ずっこける動きの空中版なの?

 そんな曲芸はともかく、問題は何処に降りて、どっちに向かって歩いていくか、だ。山を登るのはまぁいいとして、うっかり登り過ぎて神殿に乗ってしまったりしたらそれはそれで問題だろうし。


「るみちゃ」

「どうしました?」

「なんかね。なんか……なんだろう? なんか、いるよ」


 で、ここで何か、じっと地上に目を向けていたネレイちゃんからの指摘が来た。その、若干首を傾げながらの言葉に私も地上を見てみるのだが……うん、分からん。白一色だ。

 当然その声はエルルにも聞こえているし、ステータスの事を考えればサーニャにも聞こえている筈だ。しかし、どちらも何か見つけた感じの気配はない。うーん?

 でもネレイちゃんの気のせいって事も、多分無いんだよなぁ。綿雪鳥の時のことを考えると。つまり私の目が慣れていないか、この雪景色限定でネレイちゃんの視力がめちゃくちゃいいか、だ。


『ふむ。我には分からんが、なにか、という事は、見慣れぬものなのだな?』

「はい、あーさま。なんかこう……ゆきの、おにんぎょう? かな?」

「お人形?」


 ……だめだ、雪だるましか浮かんでこない。大陸の形がそれっぽいのもあってイメージが固定されちゃったぞ。雪だるまは見えないし明らかに人工物じゃないか。

 いやまて、人工物でいいのか? 確かに雪だるまならネレイちゃんは見慣れないだろうし。……問題は、そこまで指摘されても、まだ私には何も見えないってとこなんだけど。

 ん? ちょっと待った、今なんかこう、雪がこの高さからでも分かるぐらいに動かなかったか? こう、もぞもぞっと。


「いや、あれは確かに動いて――っ!?」

『っち!』

『うっわなにこれ、いやほんとに何だこれ!? 当たったら痛いで済むか!?』


 私がその変化に気付いたのとほぼ同時に、翼で空気を打って緊急回避するエルル。私はとっさにネレイちゃんと「第一候補」を抱え込み、籠の中に縮こまるようにして身を伏せた。聞こえる声からするに、サーニャも無事によけられたようだ。一応。

 何がって? そりゃさっき私が思った通りだ。雪だるまだよ。丸くて大きな雪玉を上下に積んで、木の実の目と木の枝の腕に、氷でできた三角錐の帽子をかぶった雪だるまだ。それが、結構な数地表で動いたんだ。

 で、エルルとサーニャは何を回避したかって? そりゃもちろん、雪だるまだ。何を言っているのか分からない? そうだな、私も何が起こったかは分かっても、何でそうなったかは皆目分からないよ。


「雪だるまをミサイル代わりにするとか、アクティブな女神様ですね!?」


 連射式のロケットかミサイルのように地表から雪だるまが弾幕を張るが如く飛んでくるとか、一体何がどうなったらそうなるんだろうなぁ!?


『そんな訳がなかろう! かの女神が振るう権能とは掠りもしておらぬ!』

「じゃあ他に誰もしくは何が居るってんですか、こんなことを出来る相手が!!」

『……それは、そうだが……!』


 実にシュールな攻撃方法に、流石に「第一候補」は否定したかったようだ。が、権能と掠りもしていないと言われた所で、他に原因らしい原因が思い浮かばないのだから、消去法でかの女神様と言う事になってしまう。

 というか、私だって信じたくないさ。推定元ネタからして心優しい麗しの女神様が、雪だるまミサイルなんてネタに走った攻撃をするなんて!!


『ちょ、待っ、この密度は流石に、なぁエルルリージェ反撃しちゃダメか!?』

『ダメに決まってるだろうが! 間違って神殿や山本体を吹っ飛ばしたら色々取り返しがつかない!!』

『ド正論はそりゃそうだがこの高度と位置を維持したまま逃げ回るのはちょっと無理がっふぁ――!?』

「サーニャ!?」

『あのバカ、何でよりによって顎に直撃とか食らうんだ!?』


 どう打開したものか、いっそ地上に退避するか、と考えていた矢先に、パッコーン、と景気のいい音を立ててサーニャの顎に雪だるまがクリーンヒットした。流石に生物の構造的な弱点はどうにもならないらしく、気絶したらしいサーニャは更なる追撃を喰らいつつ落ちていく。

 とはいえエルルも現状だと回避で精いっぱいだ。さてどうするか、って言っても迷ってる暇は無いか、無いな!


「エルル、サーニャの回収を! そのまま着地、その地点から【人化】して陸路で目的の山を目指します!」

『マジかお嬢、地上からあそこに突っ込むって!?』

「少なくとも見た目には「女神を守ろうとする動き」でしょう! 逆に「女神から遠ざける」為のものならいずれ殲滅或いは元凶の撃破は必須です! どちらにせよ、接触する必要があります!」

『…………まぁ確かに、ここであいつを見捨てるのも後味が悪いか。しっかり掴まってろよ!』


 改めて言われなくても、既に立体機動的な空中での回避運動による強いGがかかっている現状で、私はネレイちゃんと「第一候補」をしっかりと抱きかかえている。

 ガクン、と更なる力がかかり、胃の中身が浮かぶような感覚があった。エルルが急降下に移ったようだ。結構高度を取っていたが、下は分厚い雪が積もっている。落ちただけでは致命傷とはいかない、筈だ。

 しかし、本当に女神様の迎撃だったら嫌だな。どうしてネタに走った、って意味で……!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る