第238話 13枚目:間の空白

 ひとまず渡鯨族の人達には虫下しを飲んでもらい、寄生させられていたクレナイイトサンゴは排除した。その後『本の虫』の人達が食料などの備品を総点検したところ、そちらにもクレナイイトサンゴが混入されていたことが発覚したらしい。

 召喚者プレイヤーが全て1人の例外もなく一丸になる必要は無い。というか、そんな事は不可能だ。だからせめて、目立つ範囲の大多数ぐらいはそれなりに固まっておかないと戦力が足りない……訳なのだが。


「きっちり内側からの切り崩しもしてくるという……」


 リアルお昼ご飯を食べつつ独り言。お盆だからと言って何がある訳じゃ無いからね。しかし暑い。氷入りのつゆにつける素麺が美味しい。

 午後に当たる分のログイン時間は自由時間だ。打合せしている捕獲戦第二部は夜だからね。そちらに合わせる必要はあるが、それまでは好きなタイミングで出入りしていい事になっている。

 ……と言ってもあの状態だからなぁ。今回はちゃんと『本の虫』の人達が借りている空き家の一室でログアウトしたので、寝ている方が安全度的には高かったりするんだ、これが。


「特にやる事がある訳でも無し。後に差し支えるから大掛かりな事も出来ないし。……正気に戻ったデビルフィッシュや落ち着いたクラーケンとだべるぐらい?」


 まぁあんまりぐだぐだしているとこの暑い中買物とか連れ出されそうだし、とりあえずログインするだけしておこう。やることが本当に無ければお札の生産でもすればいい。

 ということで、ログイン。とりあえず部屋から聞こえる音の範囲では何も異常は起こって無いな。いつも通り賑やかな港町だ。まぁそこまで立て続けに何か非常事態が起こられても持たないのだが。

 流れ作業で視界はそのまま、視線だけを端っこに向ける。そこにはエルルとルチルにルウ達マーレイ(異世界ウツボ)のパーティ表示があった。基本テイムした相手とはずっとパーティを組んでいる状態だ。もちろんきちんと意識してパーティを移動したり、入場制限が掛かっている場所に行ったりするとパーティから外れるけど、何もなければそうなる。


「ん?」


 ……おや? エルルとルウ達が「戦闘中」だ。外洋に出てクレナイイトサンゴに寄生されたデビルフィッシュ(異世界タコ)の捕獲でもやってるのかな?


「フライリーさんは……ログイン中か」


 という事は、ルチルはそっちにいるという事だろう。珍しく私がフリーになっているが、1人で出歩くとエルルに後で怒られるからなぁ。

 仕方ない。部屋の中で大人しくお札を作って待っていよう。その内カバーさん辺りが私のログインに気付くだろうし。

 と思って生産道具を机に広げようとしたところで、タイミングよくというべきか、こんこんというノックの音が聞こえた。


「はい、何でしょう?」

「あ、起きておられましたか。『本の虫』のラベルです。少々お時間宜しいですか?」

「いいですよ」


 はて。ラベルさん。なんか聞き覚えがあるような。

 まぁ『本の虫』の人なら拒む理由は無い。メニューを閉じて椅子から降り、扉へと向かって引き開けた。


ガッチャン


「ん?」

「……保護者が居なければこんなにあっけないとは」


 現在の私は【才幼体】のせいで【人化】した姿がロリとなっている。なので、家具や扉はどれもこれも大きい。扉を開けるのも、両手を使わないと上手くドアノブが回せないのだ。

 で、その扉を開けるのに使った両手に、なんかごっつい手枷がはめられた。早業だ。この重っ苦しい鉄の輪に鎖を着けましたって感じ、手錠じゃなくて手枷だな。

 ん? と扉の向こうに居た人を見上げると、何故かため息をついている。あ、思い出した。『スターティア』観光ツアーの時エルルをロックオンしてた人だ。


「ところで、その後ろの方々は?」

「前から思っていたのですが、危機意識が足りないのでは?」

「えー」


 だってたぶんこれ(手枷)、感触的にちょっと力を入れて引っ張れば壊れるだろうし。リアル換算、ダンボールと紙テープで作ったぐらいかな? いやまぁ私のステータスが高すぎるせいなんだろうけどさ。

 で、そのラベルさんの後ろには、まぁ見るからにガラの悪そうな男が3人程控えていた。にやにやしているところと言い装備といい顔と言い、いかにも悪役のチンピラって感じだ。ロールならその完成度の高さに拍手を送りたい。

 まぁあからさまに『本の虫』の人じゃないし、エルルもルチルも居ない隙を狙ってきた上でこんなの(手枷)を不意打ちで着けるぐらいだから、大体分かるんだけどさ。


「怖いなんて思いませんよ。悲しいとは思いますけど。だってラベルさんは第一陣でしょう?」

「えぇ、そうですよ。そしてうだつが上がらず、上には上が居ると思い知って、想い人には袖にされ、備品管理という雑用しかさせてもらえずと、散々な目に遭いました」

「備品管理は重職だと思うのですが?」

「ははっ。……記憶にも残らないのは流石に悲しいですからね。ゲームに本気になった馬鹿な女の、明後日の方向の復讐です」


 そう言って、ラベルさんは横に避けた。代わりに前に出て来たチンピラたちに、ひょい、と抱えられて雑に袋に突っ込まれ、そのまま運ばれていく。

 まぁ、つまり。私、誘拐されました。

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