第212話 12枚目:イベントのお知らせ?

「問題は、思った以上に取り巻きの数が多い事でしょうか」


 吸盤で相手を捕まえるでもなくお互いの腕を引っ張る事もなく、先を丸めて握りこむようにした腕でお互いの胴体を殴り合う巨大なタコとイカ。フリアド的に言えば、デビルフィッシュとクラーケン。

 巨大化したからって武闘派過ぎない? と思った訳だが、確認した他の映像に映っていた取り巻きは、絡みついてからの食らいつきとか、吸盤で掴んで引きちぎりとかをしていたので、あの一際巨大な奴らが例外なのだろう。

 そしてその50m級という大きさを既に推測していたカバーさん達『本の虫』は動じない。さくさくと映像の分析に取り掛かっている。


「数百体は下りませんでしたね」

「見える範囲なので、海中にはもっといると想定した方が良いでしょう」

「中心部に居るのは最低でも通常個体の3倍以上でしょうか」

「逆に、嵐が激しい部分には居ないかも知れませんね」

「つまりあの嵐を盾として使う事も可能かもしれないと……」


 モンスターではないけどレイド戦闘だよなー。とか思いつつ、部外者組で固まって大人しく話を聞いていた訳だが、ふとその肩がつつかれた。

 何だ? と思いながら振り返ると、そこには大きな黒い蜘蛛。もといアラーネアさん。きゅっ、と髪の毛が引っ張られる感覚があったので、たぶんフライリーさんがびっくりしたのだろう。痛くは無いから問題ない。


「どうされました?」

『いえあのちょっと疑問が浮かんだのですが、あの怪獣達ってずっとああやって殴り合っているんでしょうか』

「怪獣。まぁ間違ってませんが。……どうでしょうね? しかし、嵐に変化が無いという事は、たぶんずっとそうしているのだと思いますよ」

『という事はこの最低100年もの間ずっと殴り殴られな拳の応酬を続けていたって事ですよね……』


 アラーネアさんの言葉を聞いて、ちょっと考える。……そうだな? モンスターなら訳の分からない理屈があっても「まぁモンスターだし」で流してしまわないとどうにもならない部分があるが、あの怪獣たちは一応「分類:魚」だ。

 という事はその行動には全て「理が通る」筈であり、その理屈は生物としてのそれに則っている筈だ。と、言う事は。


「……食べながら戦っている、という事でしょうか。あの腕も常に全てを殴る事に使っている訳ではないようですし。補給係みたいな取り巻きがいるかも知れませんね」

『もしくは相手の下っ端を捕まえて食べているとかもありそうですけど、それだと数が減っていてもおかしくないような……』

「総大将はともかく、周囲の取り巻きはある程度普通の暮らしをしているのでは? まぁ、デビルフィッシュがクラーケンの生活圏を侵害しているので、普通と言っては語弊があるかもしれませんが」

『あぁなるほどそうでした。クラーケンはともかくデビルフィッシュの本来の「普通」は南の海にある筈ですものね。何故かはるばる大陸を回り込んでまで北側に来てますけど』


 そもそもの発端はそこだ。デビルフィッシュ(異世界タコ)が理由不明の北上をして、クラーケン(異世界イカ)にケンカを売ったのが全ての始まりとなる。

 普通に考えれば何か別の生物に追い出されてからの新たな縄張り確保、といったところなのだろうが、そんな異変があれば人魚族の人達が気づいている筈だ。例えば凶悪なモンスターが出現したとか。

 今のところそんな話は聞いていない。もしかしたら気づいていないだけかも知れないが、とりあえずそんな変化は「無い」として考えるべきだろう。


「……俺はあんまり魚に詳しくないけど、そこが引っ掛かるんだよな。それにあのサイズだと、海神のお気に入りで実質代理人って言われても納得しかないんだが」

「両方ですか?」

「両方だな」


 おっとー、カバーさん達の視線がこっちに来たぞー?

 ……本当目力というか、検証班の視線の圧って、すごいよね。




 私から「第一候補」経由で海神様へのお伺いを立ててみたが、あの大怪獣たちについての目新しい情報は無かった。まぁ海神様が関係しているなら、直近で迷惑している渡鯨族の人達が託宣か啓示を受け取っているか。

 となるといよいよ喧嘩両成敗して直接話を聞くしかない(なお喋れるかどうかはまた別の問題)訳で、つまり両成敗にするだけの戦闘力あるいは火力が必要になるという事だ。

 なので資源集めは継続して準備は進めつつ、あのフリアド式全方位録画カメラで様子見を継続、という事になった。


「おや?」


 そうこうしている間に7月も終わりが見えて来た。夏休みの宿題を最速で片付けつつログインして超重量物を釣り上げていたところに、いつもより遅くイベントのお知らせがやって来た。

 イベント名やバックストーリーは知らないが、どうせあの大嵐へのアレコレだろう……と思って竿から片手を離してメニューを操作する。そしてお知らせを開いて見たのだが。


「……んん?」


 予想に反して、そこには何の情報も無かった。

 というより、そもそもイベントのお知らせでは無かった。


「どした、お嬢」

「いえ、そろそろ次のイベントのお知らせ大神の啓示が来る頃なのですが、思ったのと違うんですよね」

「?」


 そこにあったのは、7月末から8月頭まで、実に5日に及ぶ大規模メンテナンスが行われる、というシステム的な文章だった。理由としては1周年記念イベント及びそれに連動した超大型アップデートの為、と書いてあるが、それにしても随分と長いな。

 そして肝心の、イベントとアップデートの中身については一切触れられていない。あるのはタイムスケジュールと、その間はログインできなくなるという注意書きだけだ。そっけないにも程がある。


「……まさか、まだこの上更にギミックを積み込むつもりではないでしょうし……」


 一旦イベントページを閉じてインベントリを開き、釣り上げた超重量物を投入しながら考える。が、全く意図が読めないし意味が分からない。今までのイベントはほぼ全て、事前の情報開示ありきで動いてきた。それが今回は全くないというのは、どういう事だ?

 プレイヤーの多くがイベントの内容を予測しているからの手抜き、なんてことは流石にしないだろうし。そもそも今までのアップデートに係るメンテナンス時間は1時間かそこらだ。それが、こんなに長時間にわたってゲームが出来ない、というのも異例だろう。

 ……恐らく、それだけイベント及びアップデートが大規模、という事なのだろうが……それならますます、情報が全くない事に説明がつかない。


「うーん……」


 情報過多で書ききれないにしてもざっくり箇条書きぐらいはするだろうし、情報が不要なイベントなんて訳も無いだろう。まさか今まさにどうするべきか考えているなんて訳もないだろうし、それこそ神々が喧嘩しててお知らせどころじゃないとか?

 いや流石にイベント告知は来るだろう。そもそも告知自体は大神(運営)からの啓示という扱いになっている。神々が話し合いとかしてる場合じゃなくても、バックストーリーを抜きにすればいける筈だ。


「……分かりません、か。とりあえずメンテナンス明けを待つしかないですね」


 頭を振って、釣り上げた魚モンスターを雑に殴ってインベントリにぽいっと投入。暇な時間が塊で出来るが、この間に集中して夏休みの宿題を片付け切ってしまえばゲーム三昧してても怒られない。

 そしてその方がイベントに集中できるってもんだ。それでなくても予想外に長時間戦闘する事が増えてきてるんだし、怪獣相手には私も前に出るのはほぼ確定してるからな。……運営から学生への、対夏休みの宿題決戦の時間プレゼントだと思おう。

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