第198話 12枚目:集団捕獲作戦

 何かヤバめのフラグを建ててしまった予感をうっすらと感じつつも、ここには『本の虫』の人達だけではなく一般召喚者プレイヤーも数多くいる。万一彼らがパニックに陥ったら大混乱になるだろう。

 という訳で、エルル曰くの「嫌な予感」については黙っていることにした。た、たとえフラグだったとして心構えが出来るかどうかぐらいの差で結局何かが起こるのは回避できないんだから一緒だよ。

 エルルはまだフラグという概念をよく理解していないので、若干警戒度を上げているがそれだけだ。……これ、フラグについて知る機会があったらまた怒られる気がするぞ?


「17番!」

「はい! [アイスアロー]! [テイム]! ……っだぁあああ!」

「テイム失敗確認!」

「18番!」

「よっしゃ! [ウィンドランス]! [テイム]! うわっ、ぎゃー!?」

「テイム失敗確認!」

「フォロー入ります!」

「19番!」


 現在、半円を描くように展開した船の中央で暴れているのは、氷漬けになっていた頭より一回り小さい、推定6mぐらいのマーレイ(異世界ウツボ)だ。成功率はサイズにより、3m以下は大体問題なく成功、5mを越えた辺りから難易度が加速度的に上がるようだ。私の出番はまだない。

 テイムチャレンジの前に一撃入れているのは、テイムを行う本人の貢献度がテイム判定の発生に必要だから。つまり、1でもダメージが入れば【絆】のレベルや種族レベルがメインになるが、ノーダメージだとそもそもテイム判定自体が発生しない。たぶん横取り防止の為だろう。

 なお【絆】持ちは召喚者プレイヤーだけではなく、一部の渡鯨族や、連絡を受けて大急ぎで移動してきた人魚族、仕事で出張に来ていたらしい真珠業を営んでいるという鬼族、変わり種では世界を放浪するのが趣味だと言う旅エルフもとい森人族と、実にバラエティに富んだ住民も込みだ。


「マーレイを使ったデビルフィッシュ狩りか。召喚者は面白い事を考えるな」

「しかし、デビルフィッシュも食べるつもりらしいな。クラーケンが美味いというのも初耳だが」

「そりゃぁ鮮度の落ちたクラーケンは毒だからな。内地では食えんよ」


 23番の番号を割り振られた召喚者プレイヤーがテイムに成功し、それで枠がいっぱいになったのか、別の船に乗り移っていく様子が見えた。その後を、ざばざばと水しぶきを立てながら数体のマーレイ(異世界ウツボ)が追いかけていく。

 マーレイ(異世界ウツボ)のテイムに安定して成功するのは、大体20番台以降の召喚者プレイヤーだ。恐らくマーレイ(異世界ウツボ)のテイムに最低限必要なラインがその辺りなのではないだろうか。

 ……まぁ、テイムを試みる事でも【絆】に経験値が入るので、この調子で乱発していればもしかしたらテイム出来る事もあるかもしれない。


「寿司1つでも召喚者の工夫は目を見張るものがあるからのう、今回はマーレイがただで手に入ると聞いてきたが、真珠を取った後の貝で料理を作るという発想には驚かされたわ」

「ははっ、いいね。召喚者の料理は風変わりで楽しく美味い。その召喚者が、クラーケンにしろデビルフィッシュにしろ、ちゃんと料理すれば美味しいと言うんだ、期待できるじゃないか」


 時々身を乗り出し過ぎた召喚者プレイヤーが、反撃で起こった波で船から落ちたりしているが、そこは素早い『本の虫』の人達のフォローで何とか無事に済んでいる。

 まぁマーレイ(異世界ウツボ)が次々来るし、まだ枠に余裕のある人のテイム済みマーレイ(異世界ウツボ)が周囲に待機しているから、普通の魚や魚型モンスターは寄り付かないというのも安全の一因だろうけど。

 と思っている間にお代わりが来たよう、だ、ってうわ。


「ありゃやっべぇな。えーと、人魚族の?」

「我らでもあれほどのサイズは滅多に見ないな。大きくなっても大味にならないどころか、たくさん食う分だけ味は良くなるのがマーレイの特徴だ」

「ほっほーう?」


 立てる水しぶきが、ざばばば、ではなく、ドドドド、に聞こえる。渡鯨族の人と人魚族の人がそばで会話しているのを聞く限り、マーレイ(異世界ウツボ)の中でも特大サイズのようだ。

 これは流石に私まで手番が回って来るかな……と思っていると、一旦止む水しぶき。「全員、船に掴まって下さい!!」という注意喚起に、住民も含めて皆慌てて従った。

 私はエルルに籠ごと抱えられる形なので余裕がある。が、うん、ちょっと、あの、見える範囲だけで、最初に『本の虫』の人達が仕留めた奴の、最低でも倍はあるように見えるんだけど……?


「キュッ(あっまずい)。[壁となり、護りとなり、聳え立て――マジックウォール]!」

「無、水、風属性の盾アビリティ持ちは続いて下さい、[プロテクション]!」

「[プロテクション]!」

「[ウィンドガード]!」

「[アイスガード]!」


 その文字通りの巨体が、海中に透けて見えるその姿が、ぐわ、とうねったのを見て、私は咄嗟に詠唱付きで防御を張った。それを見たらしいカバーさんが素早く指示を出して、次々の船の前面に魔法による盾が張り巡らされていく。

 【○○属性魔法】には壁の形を取る魔法アビリティが無いらしい。盾の形をした防御にしたって、その対象が召喚者プレイヤー住民NPCに限られるようだ。

 まぁそれでも強度的には問題ないし、今回は船を対象にすることが出来るようなので、反応としては悪くない。人間種族召喚者プレイヤーが咄嗟にとれる防御としては花丸満点だろう。


「――――ァアァァォオォオオオオアアアアア!!」


 遠くから響く、大型トラックのエンジン音。あるいは、大きな船の汽笛。そんな感じの低く太く腹の底に響くような音が、マーレイ(異世界ウツボ)の声だったらしい。

 咆哮にすら当たり判定がありそうな圧を感じる、小舟くらいなら一噛みで真っ二つに出来る程の口を大きく開いた巨大マーレイ(異世界ウツボ)は、こちらの予想通り、その巨体を、周囲の船へと回転するようにしてぶつけてきた。

 ガシャパリガシャン!! とガラスが割れるような音が立て続けに鳴り響く。バギィッ! と盛大な音がして私が張った壁にも大きな皹が入ったが、なんとかギリギリ耐えたようだ。


『エルル、私を上へ!』


 籠から出てエルルの手に移動しつつそう声をかけると、即座に理解したエルルは腕を思いっきり振り上げた。その勢いで、私は上空へと放り出されるようにして高度を稼ぐ。

 即座に【飛行】と【火古代魔法】をメインに入れて、同時並行で詠唱。


「キュゥッ!(流石にこれは私の出番の筈!) [ファイアニードル]!」


 高さがある為ほぼ真下へ向けて、回転体当たりを終えて威嚇の態勢に入っていた巨大マーレイ(異世界ウツボ)の胴体を掠めるように炎の針を飛ばす。私はステータスがお化けだからね。当たり所によってはこれでも死ぬんだよ。

 初級も初級、魔法初心者しか使わないような魔法アビリティだが、ステータスの暴力である私が使えば熱線系レーザーぐらいの威力が出る。ジュッ、という音こそ大人しいが、緑がかった紺色に朱色の水玉というマーレイ(異世界ウツボ)の表面に一線、肉が焼けた事を示す白い線が走った。

 回転体当たりの名残あるいは準備で、海中でとぐろを巻くように丸くなっていた巨大マーレイ(異世界ウツボ)。なので斜めに長く入ったその線に、一拍遅れて痛みが走ったのだろう。


「ア゛ァアォオオオォオァ!?」

「[テイム]!」


 魚であるなら熱で痛みを感じる事なんてほぼ無かった筈だ。ましてや火傷なんて、生きている間に経験する事なんてまず無いだろう。

 それは間違っていなかったらしく、パニックに陥ったのかその場でジタバタ暴れ始める巨大マーレイ(異世界ウツボ)。それだけでも今の回転体当たりでダメージの入った船が危ないので、即座に【絆】の魔法アビリティを行使した。

 …………、ピタ、と動きが止まった。私の方にも「テイムに成功しました」って通知が来たから、成功したかな?

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