第190話 12枚目:奇妙な漂流物

『あと少しで自称海を愛し海に生きるクラン『海は母なり』が地引網による漁を導入するところだったそうです。貴重な情報をありがとうございました』

『それは危ない。間に合って良かったです』

『改めて渡鯨族の方に確認してみたのですが、あまりに常識過ぎて言い忘れていたとの事でした。もう少し話を聞くときは、こちらから掘り下げなければならないと痛感しましたよ』


 エイ族(でいいのだろうか)との間に問題が発生まで、実は秒読みだったようだ。危険が危ない。言葉の用法としては間違っているが危険エイ族との関係危ない悪化するところだった。本当に間に合ってよかった。

 私がウィスパーを飛ばしているときの気配が分かるようになったのか、何を焦ってるんだという顔をしていたエルル。次のポイントに着いたのか船が止まったので、かくかくしかじかと説明する。


「…………そうか。召喚者って身体こそこの世界の種族だけど、中身が異世界の人間だったな……!」

『ちなみに私もそうだからね。出来るだけ前提知識とか状況説明とかは細かめにお願いしたいところかな!』


 そのヤバさに気付いたのか、あー、と頭を抱えてしまうエルル。うん。誰もが分かり切っててやる訳ないっていうタブーとか、召喚者は普通に知らないから踏み抜いたりする危険があるんだよなこれが!

 ……まぁ、一部「ゲームだから」ってわざとタブーを踏み抜いていく奴がいるのも確かだけど。そして真面目な人間が大慌てしてるのを見て嗤う性質の悪い輩が居るのも確かだけど。

 まだ今のところ表立って騒ぎにはなってないけど、あの「吸血」や「吸魔」の特性を持つ武器だって完全に駆逐は出来ていないし、噂レベルならちらほらとPKの話も聞こえている。まぁ、そりゃそういうのも混ざりこんでくるだろうさ。


『こっちで先に警戒しておきたいっていうのもあるしね……。何処にでも自分の欲を基準に考えたり、理解不能な理屈で行動する奴って言うのは居るもんだし』

「世界が違えどその辺は変わらずかぁ……」

『根本的な社会構造が変わらないんだから一緒だと思うよ』

「……まぁ、確かに、それもそうだな」


 とりあえず、今は釣りに集中するしかないんだけどね。エイ族に関する網の一件については阻止できたから良しとするんだ。




 はい。


『先日から、ワレワレの住処に針を引っかけるものが多いと思ったら、何事か』


 網はともかく、エイ族の方は解決したとは言えなかったようだ。何度目かの根掛かりもといエイ族の家へ針を引っかけてしまった後で、ざば、と海面に浮かんで来たのは、紺と白のまだら模様をしたでっかい座布団みたいな姿だった。

 うん。【魔物言語】が通じてるから、話の出来る友好交流可能種族で間違いないんだな。ただこれ、何処を見ればいいんだ? エイの顔とか分からないぞ。なっがい尻尾が身体の向こう側にあるから、一応こっちを向いているらしいっていうのは分かるんだけど。

 針を外して一足先に海から上がって来たエルルは服(鎧)を無詠唱【○○古代魔法】で手早く乾かし終わり、ごほん、と咳払いをした。


『大神からの託宣により、此処の沖合に居座っている嵐の調査を行う事になった為だ。その為の方法が船と竿による周辺生物の漁獲、及び漂流物の回収となる。実行者は、神々によりこの世界に招かれた召喚者達だ。話に聞き覚えは?』

『……大神より下された、託宣か。そして、異界からの来訪者である、召喚者が実行者と。ワレワレにも、海司る主上からの前触れは届いている。承知した。ならば、致し方なし』

『理解していただき感謝する』


 どうやらあの咳払いは【共通言語】と【魔物言語】を切り替える為のものだったらしい。なるほど、エイ族は【共通言語】だと聞き取れないのか。もしかしてその辺【人化】が苦手って言う事に関係あったりするのかな?

 てことは他にも似たような種族が居そうだな。私も気を付けよう。当分は【魔物言語】でしか喋れないだろうから心配いらないと思うけど。

 しかしこれはこれでまた人間種族と揉めそうになるフラグだなぁ……と思っている間に、でっかい座布団、じゃない、エイ族の誰かさんがゆらぁっと揺らめかせていた尾びれが、霞んだように見えた。


『では、これも、召喚者がもたらしたものか』


 ……しばらく何やったのか分からなかったよ。たぶん、海って言う水の抵抗がえげつない筈の環境で、鞭のような速度で尾びれを振るったんだと思うんだけど。水中特化種族こっわ。

 敵対したらダメな奴だなこれ。一瞬も持たんわ……。と戦慄しながらも、なんと尾びれに複数本生えているらしい棘のうちの1つに、奇妙な物が引っ掛かっていた。

 …………引っ掛かっていた、だ。いいな。ちょっと立派なボールペンぐらいの棘で明らかに貫かれていても、その棘にエグい返しがついててほぼ固定されていても、表現としては、引っ掛かっていた、だ。べ、別に刺された時のこと想像しちゃったりなんかしてないし!


『……少なくとも、召喚者の1人であり、また召喚者の中でも特に情報を広く集めている組織と親しい関係にある私は、見た事がありませんね』

『それなりに召喚者の知人も多いが、召喚者が使っていたり持っているのを見たことは無い』

『ふむ。では、違うのか』


 まぁ問題は棘ではなく、今仕留め、ではなく、引っ掛けて見せた、波にでも乗って流されて来たらしいそれだ。

 それは一見、ポイ捨てされてボロボロになったビニール袋に見えた。が、このフリアド世界にビニール袋なんてある訳が無い。ゆらゆらと揺れるそれは、薄く平たく白っぽい、ボロボロになっても形を留めている程丈夫な、何か別の物だ。

 ……自分で言っておいてなんだが、なんだこれ。本当に自然物か? いや、魔法とかスキルがある以上現実より丈夫な素材なんていくらでもあるだろうけどさ。私なんかその代表例みたいなものだし。


『最近見るようになったのですか?』

『最近、では、ないな。それなりに以前より……だが、量はこの騒ぎが始まった頃から、増えつつある』


 うーん、召喚者と関連付けるにはちょっと弱いけど、他に心当たりも無い感じなのかな。もしくはとりあえず聞いてみただけとか。


『邪魔になる程あるのですか?』

『そうだ。食えぬし、流れに乗って簡単に動き、体に張り付けば取るのに困る。藻と間違え、食らった貝が死んで見つかる事も、増えた』


 あ、それは邪魔だわ。というか思いっきり実害出てるな。現実のビニール袋並には厄介って事か。喉詰まらせて死なないだけまだマシか? いや、エイ族が知らないだけで渡鯨族の人達は何か知ってるかもしれないな。


『なるほど。見覚えはありませんが、可能な限り回収するよう私達から働き掛けましょう』

『見慣れない物だというなら、何かしら異変の手掛かりになる可能性も高そうだ』

『あぁ、それは、実に助かる。……下がる針に、引っ掛ければ良いか?』

『そうですね。お願いできますか?』

『承知した』


 思わぬところでエイ族の協力が取り付けられたな。たぶんこれは良かったって事になるんだろう。少なくとも敵対からは遠ざかったんだし。……引っ掛けに来たエイ族を釣り上げないようにも周知してもらわないと。釣り上げたらすぐに治療して即リリースで。

 ゆらぁ、と海中に優雅ですらある様子で潜行していったエイ族の誰かさんを見送って、とりあえず受け取ったその謎の物体をエルルと2人で眺める。


「……しかし、何だろうなこれ」

『何だろうね? 鑑定しても「謎の物体」としか出ないんだけど』

「お嬢でそれか……」


 ただまぁ、情報のない詳細の最後に「イベントアイテム」って書いてあるから、きっとこれは回収した方が良い奴だ。

 私でだめでも、『本の虫』の人達や渡鯨族の人達なら何か分かるかもしれないしね。

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