第183話 11枚目:解放終幕

 ……後でエルルに聞いたところによると、「第一候補」が聞いてきたあの薬草の類は全て、酒に混ぜてスキルを使うと、アルコール度数を跳ね上げる効果があったらしい。副次効果として味も良くなるが、酒に弱い種族なら本気で命の危険があるレベルになるんだとか。

 なお、竜族も結構お酒は好きな部類らしい。実際の強さは個人差、との事だ。が。


「酒は百薬の長。薬と毒は紙一重。で、俺らの状態異常耐性は?」

『なるほど。つまり鬼族に負けないぐらい基本的に強いと』

「まぁな。だからあの薬草(霊草)の使い方も発見されたんだけど」

『そこまでして酔いたいっていうのも相当ですね』


 ということらしい。……そうなると鬼族がお酒に強いのはあれか、耐性じゃなくて分解能力が高いって事か。なるほど、飲む端から無毒化すれば確かに酔わないな? 滅茶苦茶体力は使いそうだけど。……そう言えば体力と回復力は高いんだった。

 まぁこれは後で分かった事だし、現在の状況には関係ない。さて、時間を戻そう。


「キューゥ……(うーわ思いっきりいったなぁ……)」


 頭から水、ではなく酒を被った鬼神様こと“角掲げる鉄火にして卜占”の神は、確かに正気を取り戻したようだ。はっ、としたようにぐるりと周囲を睥睨、もとい見回している。

 そうすると、まぁまず私が援護して空中を駆け、槍の雨から守っているエルルも視界に入る訳で、推定だが「第一候補」からの祈り的なアレによる状況説明もあったのだろう。

 ふぅっ、と大きく息を吐いた鬼神様は、ずしん、と金棒を自らの横に置いて、そのままその場に腰を下ろしたのだ。


「(その息ですら足場にダメージが入るって辺りが神様だけれども)」


 これで手順である「正気を取り戻させる」はクリアした筈だ。となれば、そろそろ角に刺さった矢というのが出てきてもおかしくない筈なのだが。


「――[マジックキューブ]!」


 とか思っていると、槍の雨に何か違和感。ほぼ勘に近い条件反射で、エルルに対貫通攻撃用の、文字通り箱のような盾を張った。

 エルルもその変化は分かったのだろう。それでも槍の雨を叩き落とす動きに変化は無い。というか、鬼神様の方へ通さないようにするには変えている余裕が無いというべきか。

 盾自体がそれなりに大きいので、槍の穂先がいくつか刺さった所で、恐らく鬼神様の正面辺り。


「うおっ!?」

〈ぬぅ……っ!〉


 エルルはギリギリ身をひねって避け、私が張った盾を「すり抜けて」、一本の矢が鬼神様の折れている角へと突き刺さった。再現であっても痛いらしく、腰を下ろしてじっとしていた鬼神様から唸り声が零れる。

 ……今、「すり抜けた」よな? あれか。進行に必要な手順だから防御不可能なのか。もしかして、エルルも避けなくても当たらなかった……?


「キュ、キューゥ(まぁとにかく、後はあの矢を引き抜いて治療すれば終わりの筈)」


 そう、これ以上のイレギュラーが起こらなければね。




 うっかり最後にフラグを建ててしまった気がしたが、どうやら不成立で済んだようだ。風毬さんにより両方の角が元に戻った“角掲げる鉄火にして卜占”の神は、そこまでの3倍はありそうな槍の雨に対してエルルを下がらせ、金棒の一振りでその全てを吹き飛ばしてしまった。

 ついでに私の足場も綺麗さっぱり吹き飛んだ訳だが、その辺エルルは察して、その前に地面に下りていたので怪我らしい怪我は無い。良かった良かった。


「あぁ、うん。やっぱり持たなかったかい」


 で。まぁ、エルルがそれだけ割と本気の戦いをすれば「淡月・朔」にも負荷がかかる。一言でいうと、バッキリ折れた。まぁ分かってたことだ、と、神の復活という事でお祭り騒ぎの中、ナギカマさんは他の折れた大太刀と合わせて早速打ち直しに取り掛かってくれている。

 ありがたいねぇ。としみじみ思う私が何処にいるか、というと……“角掲げる鉄火にして卜占”の神、その神殿こと神社で、「第一候補」の少し後ろで一緒に謁見していた。

 落ち着けー。笑うとこじゃないぞー? 相変わらず「第一候補」はあのゴマフアザラシの赤ちゃんの人形に「乗って」いるけど今ここ真面目な場面だからなー?


〈ぬぅ……。そう、か。封じられている間、そのような事に、なっておったか……〉


 「第一候補」がこの謁見で伝えたのは、召喚者という存在とその理由、これまでとこれからの自分の方針、魔物種族の神の大半が封じられている事、それによる影響の推測等だ。

 あぁ、そうそう。流石に“角掲げる鉄火にして卜占”の神も8m近い姿のままじゃない。鬼族としては小さい部類に入る、身長約2mのどちらかという細身に作務衣を着た姿だ。どうやら普段から普通に鬼族に交じって鍛冶仕事をやるフランクな神らしく、省エネも兼ねてこの姿で過ごす時間の方が長いらしい。

 まぁその存在感的なあれは、流石に謁見中という事で神らしくしっかりと出ているけど。ざっくりと大体の話を聞いて、むぅ、と唸り声を零す姿は、あの暴走状態が荒魂とするなら、和魂だろう。


〈また、随分と……大きく世が、変わった物だ。あの時は、人間による統治も、世の流れかと……封を受けたが〉


 ぬぅぅ、と考え込む“角掲げる鉄火にして卜占”の神。通称、オンラ様。うん、私の心当たりは大正解だったらしい。

 なお「第一候補」の話には、此処までに解放した神の名も挙がっていた。結構有名どころが含まれていたあたり、「第一候補」も相当に頑張っていたようだ。もちろんティフォン様も含む。


〈……世が乱れ、混沌が強まるというなれば……秩序もまた、強めねばならぬ。――よかろう。今一度、付近の神には声を掛けよう〉

『有難うございます』


 そして。ことここに至ってようやく分かったのだが……「第一候補」は現在の、人間種族贔屓の神々に対して、バランスを整えるという名の実質宣戦布告を準備しているようだ。

 通りでさっき上がった名前の中に戦闘の逸話があったり反逆の伝説があったりする、ルーツの古い神が多かった筈だよ。封印を解くのは根回し兼戦力の補充だったらしい。

 いや、まぁ、その、うん。そりゃあ魔物種族の扱いがアレなのは私もどうかと思ってたし、それが平等になるなら諸手を挙げて歓迎するけどね?


「(っていうか、あれ、まさか、あの時のあれが今ここに繋がる訳か)」


 …………そう言えば5月イベントに際し、イベント空間へのエルルの侵入制限がかかった時に、かなりガチ目に「第一候補」がキレていたな、というのを私が思い出したのは、もうちょっと後になってからの話だ。

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