第155話 10枚目:「負けイベント」

 地味に継続ダメージが発生する仕様の魔法アビリティだったので、炎の海と化した街(廃墟)の様子を上空から眺める。追撃を入れようにも、状況がよく分からないので手が出せないのだ。

 とりあえず見た感じレイドボスっぽい大きな形や影は無い。少なくとも一度は吹っ飛ばせたと見ていいだろう。今は悲鳴染みた太く低い濁った声のような音も止まっている。

 それでもレイドボスの分体らしい黒い姿は炎の海から出てきて、四方の防壁へと向かっていく。レイドボスに対しての大技だから、そこから発生した分体には効果が及ばないようだ。なのでそちらは、防壁の上にいる召喚者プレイヤー達が洗浄剤で対処している。


『「第三候補」さん、街の中の様子はどんな感じでしょうか?』


 とか考えていると、カバーさんからのウィスパーが来た。そうだね。広域チャットは洗浄剤の運搬や各方向の状況確認に応援の要請なんかで大忙しだからね。

 とりあえず素直に見たままを……防壁の内部が炎の海となり、レイドボス分体はその影響を受けず、レイドボス本体らしい姿は無い……事を伝える。ふむ、としばらく考えるような間が開いた。

 うーん、しかしそろそろ再生してもおかしくない筈なんだけどな。継続ダメージ入ってる間は「一撃」扱いで再生しないのか?


『あの急速再生は、現時点で4回を確認しています。なので、最低あと1度は発生すると思うのですが……』

『継続ダメージが発生している間は再生しないんでしょうかね。オーバーキルのダメージ持ち越しは許されていないとか』

『それもあり得なくはありませんが……「第三候補」さん。では、街の外の様子はどんな感じでしょうか?』


 外? それこそ、司令部扱いが継続している『本の虫』の人達の方が正確な情報を持っていると思うのだが。

 それはともかく、改めて街(廃墟)の周囲を見る。防壁の上では今もレイドボス分体を食い止める為にあわただしくプレイヤー達が動き回っているのが見える。

 で、あの悲鳴染みた太く低い濁った声のような音が止んだら混乱付与も止まったようで、今はスタンピートの残党をプレイヤー達が協力して片付けている、というところだろう。


『特段これと言って、変わったものは見えませんが――』


 それらを見て取り、ウィスパーに返事をしつつ、ずっと下を向いてた頭をふと上に向けた。同じ姿勢でいると体が凝るよね。ゲームだから大丈夫だと思うけど、気分的に。


『……うわ』

『どうされました?』


 そしたら、まぁ、視界に入るよね。空が。

 ……正確には、空「だった」場所が。


『カバーさん』

『はい』

『このイベントのバックストーリーは把握していますか。当初の方です』

『それはもちろん。神々が急速に増えた空間の歪みを一気に消費する為に空間を作り、召喚者プレイヤーに攻略させる、というものですよね』

『えぇ。その上で……レイドボス討伐を、急いだ方が良いかも知れません』

『……と、言いますと?』


 まぁ、そりゃそうだ。レイドボスの行動とは、攻撃だ。それが、単なる通常モンスターの大量召喚。あるいは招集。

 たったそれだけ・・・・・・・で収まる訳が無い・・・・・・・・


『空が、割れています。……恐らく、大量のモンスターの召喚で急速に空間の歪みが消費され、結果としてこのイベント空間の残り時間が一気に減った、という事ではないでしょうか』


 白い雲が流れる空色に、不自然に入った無数の罅割れ。幅や距離はいまいちつかめないが、そこから覗くのは満天の星空……に、見える「何か」だ。

 イベント空間を維持する要は世界の四方にある権能神。だから中央の此処が一番不安定になりやすく脆い。それぐらいはフリアドにおける隠し要素の探し方、「理が通る」事を知っていれば誰だって想像できるだろう。

 最終的にはそれが目標とは言え――


『召喚者ではなく、世界にとっての傷と認識された元凶による空間の歪みの消費、ですか。確かに理が通っていますし、何より、そのままだと「非常にまずい」。……何としても運営は、アレを通常空間に解き放ちたいようですね』


 まぁ、そういう事だ。

 何が最悪って、恐らくレイドボスによって空間の歪みが完全に消費された場合、この「イベント空間だった場所」が「何処に現れるか分からない」事だ。だってバックストーリー的に、当初の予定にはなかった存在だろ?

 流石に運営が望む以上、『スターティア』近郊や、取り込まれると詰む竜都付近には出ないだろうが……それでも、感知できない所で種族の1つや2つ、滅んでしまってもおかしくない。


『体力と再生力が高いはともかく、数で圧し潰しにかかってきて更に時間制限があるとか聞いてないんですけどねぇ』

『全くです。前者だけなら参加人数を増やす為かとも思いましたが、後者が加わるとクリアさせる気が無いとしか思えません』


 イベント期間的には今日を除いてあと3日ある。あるが、レイドボスを放置した場合それより早く空間の歪みは消費され切るだろう。連休の事を考えれば、人の集まり方はここから悪くなる一方だ。

 そういう事も考えた場合、やっぱり運営はこのレイドボス「膿み殖える模造の生命」を通常空間に解き放ちたいらしい、という予想になる。陰で調節入れてないだろうな? 主にモンスターの召喚速度とか。


『しかし、そういう意図が分かってしまうと阻止したくなるというもの。クリア出来ないとされた難題をクリアする事こそがゲームの醍醐味の1つ。「第三候補」さん、お時間の方は大丈夫ですか?』

『ははは、住民の被害はプレイヤー以上に見逃せない程度に私もこの世界が好きでして。日付変更線直後に再ログインする覚悟は決めてきましたよ』

『ありがとうございます。それでは、その場で全体放送をお待ちください』


 どうやらカバーさんが全力から本気に切り替えるようだ。

 それの何が違うんだって? 一言で言うと、過程の常識度合い。洗浄剤の物量戦も大概常識破りだったけど、あれはまだ多くのプレイヤーが参加できるようにって配慮があって、かつポーション系の生産訓練を兼ねてたからなぁ。

 ここからは多分、多少の不満は黙殺して目標達成に向かって動くことになるだろう。そしてその不満すらうまい事誘導してレイドボスにぶつけるんだろうな。情報を制する者は世界を制するとはいうが、納得しかない。


『全体放送です。レイドボス「膿み殖える模造の生命」ですが、放置しておくとイベント空間そのものの制限時間――イベント期間そのものが短くなってしまう可能性がある事が判明しました』


 と思っている間に、広域チャットにカバーさんの声が流れ始めた。ざわ、と地上がざわついたのが分かる。北側の前線の動きが一瞬止まったように見えたのは……まぁ、うん。気のせいじゃないんだろうなぁ。

 そのままカバーさんは、ここでレイドボスを倒さないと通常空間へ移行する可能性がある事、レイドボスを倒すことは非常に難しく設定されている事を伝え、何となく全員が察した所でその言葉を口にした。


『――恐らくいうなれば、今回のレイドボス戦は、「負けイベント」と言われるものだと思われます。どう頑張っても勝ち目のない、負けることを前提とした戦いである可能性が、非常に高い』


 ……公式アナウンスは無かったが、渡鯨族の所のアレも恐らくレイドボス扱いだったんだろうなぁ、と思う。そもそも参加人数からして、今現在といい勝負だ。

 住民である渡鯨族も足場としてとは言え参戦していた事を考えると、もしかしたらレイドボスとしてはもっと格上の相手だった可能性まであるな。


『ですが……このゲームのタイトルは、『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』。その名の通り、「自由」をテーマとしたゲームです。その自由度は、皆様既に存分に体感されている事と思います』


 ははは。まぁね。

 でなきゃ、エルルは良くてあの谷底に封じられた竜都に囚われたままで、最悪とっくに消えてしまっている。

 そんな私程でなくても、【鍛冶】を使えば材料は目分量で投入できるし、柄の長さも刀身の厚みもミリ単位で調節できる。ポーション作りだって、解読を間違えたレシピを使っても「何か」は出来た。知ってる筈だ。


『ですから。「負けイベント」の可能性が高いとはいえ、負ける必要は、ありません。これは過去の、絶対にシナリオに抗えないゲームではない。負け戦を、絶望的な状況を、ひっくり返すという「自由」が、私達の手にはあるのです』


 言葉の向こうに、にこ! と、カバーさんがやけにいい笑顔をしているのが見えた気がした。

 それはつまり


『シナリオを覆すという、とびっきりのジャイアントキリング――――運営からの「クリア出来ない」という挑戦状を、真正面から受けて立つ方は、おられますか?』


 覚悟完了、という事だ。



 その言葉の締めに一拍遅れ。

 文字通り空間を揺らすほどの雄叫びが、戦闘地帯全域から、沸き起こった。

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