第153話 10枚目:毛玉と軟体
『えぇまぁ、そうですね。前のスレッドで自分がもっとも素晴らしいと思ったスクリーンショットを選ぶというのが暗黙の了解になってまして。忙しいのであまり書き込みはしていないのですが、偶然書き込んだら次のスレッドを立てる番号に当たってしまったんですよね』
……というその言葉が実に白々しく聞こえたのは私だけだろうか。いや、この言葉を聞いているのは私だけなんだけども。偶然書き込んだらスレ立て番号に当たった? いや、絶対狙っただろ。
とはいえ、今ここでカバーさんに真意を聞いたところではぐらかされるに決まってる。というかそれ以前に、そんなのんびりしている場合じゃない。繰り返すが、現在はフリアド史上初のレイドボス戦の真っ最中だ。
『で、一応聞きますが、何故私は最後方のこちらに移動してるんですかね?』
だからさー。すり寄ってくる毛玉になごんで癒されてる場合じゃないんだよなー。ぷるぷるしてる毛玉をよしよししてる場合じゃない筈なんだけどなー。バリバリ戦闘しなきゃいけない筈なんだよなー。
ソフィーさん達も、まぁ可愛いと可愛いの合わせ技だから可愛いに決まってるけど、せめて説明してくれない?
『理由はいくつかありますが、一番大きいのはその猫型魔物種族、文献調査の結果、蔵猫族ですね。彼らが落ち着いて自ら身を寄せる相手が、現状魔物種族の方々だけだからですね』
なんと?
『もっと厳密に言えば、蔵猫族を捕食対象と見ない人外の生物、となるのでしょうが……その中でも「第三候補」さんのもたらす安心感は群を抜いているようでして』
『……あぁ、まぁ、種族的なアレですかね?』
『恐らくは。戦力的な事を正直に言わせてもらえば、最前線で参戦してもらった方がありがたかったのですが……』
『押し切られた、と』
『はい』
誰にって? そんなもん可愛いに飢えているプレイヤー達に決まってるじゃないか。他人事なら私だって猛プッシュしてた。何度も言うが私は全身銀色な猫サイズの仔竜だ。
大きさは猫サイズでも全体が丸くて手足が太い、ぬいぐるみみたいな等身の仔竜なのだ。それが、ほぼ同じかそれよりちょっと小さい長毛黒猫(主に子猫)に埋もれる図だと?
そりゃー当然「何としても見る!! 戦力? 戦線? 死力を尽くして支えるから!!」ってなるよ。スクリーンショットは私がフレンド登録した人だけみたいだけど、それなら直接見ればいい話だし。
『…………現場の士気高揚に貢献していると考える事にします』
『その面で多大な貢献をしているのも間違いではありませんね。……現に、一部
可愛いってすごいな。自分でやっといてなんだけど。
とはいえ、気合とやる気で戦闘力が覆せるなら誰も苦労はしないのだ。意味が無いとまでは言わないけど、それで覆せない差というものがあるから才能とか努力とかいう言葉が必要になる訳で。
今回の場合でいうと、それは……まぁ、ステータス、というものになるだろうか。
『緊急報告! レイドボスの行動パターンが変わりました! 連続で咆哮を開始、止まりません!』
『こちら北部、モンスターの数が加速度的に増えて来たぞ!』
『こちら南部! さっき討伐報告があった中ボスが出て来た!』
『キキ、こちら西部! モンスターの群れじゃなくてボスモンスターの群れですねこれは!』
『こちら東部補助部隊! 「第二候補」さんでもレイドボスに手を出しつつの迎撃だと打ち漏らしが出始めた!』
ログイン時間を節約する為にログアウト制限時間込みで1時間の休憩を入れて、戻ってきたらこれだ。タイミングが良いというか何と言うか。
で。周囲で固まってぷるぷるしている黒い毛玉たちは増えている。リアル1時間は内部で4時間だ。その間も救助が続いていたのだとすると、増えている事自体は問題ないというか、妥当だろう。
『なんともタイミングが良いというか何と言うか。動く必要がありますね?』
『お願いして宜しいですか、「第三候補」さん。「第二候補」さんは集まってくるモンスターの対処にむ、集中しておられるようで』
む。……夢中、かな。高笑いしながら調子よくモンスターの群れを切り払い吹き飛ばしている「第二候補」の姿が浮かんだ。想像余裕過ぎる。
とはいえ、レイドボスの咆哮を止めないとどうにもならないだろう。よいせ、と体を起こすと、にーにーと毛玉たちから縋るような声が聞こえて来た。おう、めっちゃ後ろ髪引かれる。何だこの罪悪感。
けどまぁ、ここで頑張らないとこの子らも助からない可能性が高い訳でさぁ……!
『これもあなた達を守る為ですよ。大丈夫、すぐ戻りますから』
縋ってくる肉球を、精神力を総動員して外してソファーだかクッションの山だかから飛び降りる。幸い、毛玉たちは付いては来ないようだ。いや、来られても困るけど。
そしてもちろん広域チャットは、ログイン時間を調節したのか相変わらず同じ部屋に居たソフィーさん達にも聞こえている。あわただしい状況を示す声も、私の投げた確認も、カバーさんの応答も聞こえているという事だ。
「留守の間はお任せください! 近寄ったら怯えられますけど!」
「竜の皇女って聞いた時は驚いたけど、今は納得だわー……」
『お任せします』
何故そこで納得となったのかは別として、何なら不届きなプレイヤーすらもその気迫で追い払いそうなソフィーさん達に後を任せて窓から外に出る。幸いレイドボスの行動パターンが変わった事で、人手は全て出払っているらしい。
【風古代魔法】で空気の足場を作って高高度へと駆け上がる。そこで見えたのは、
「キュッ(うっわ)」
今まで以上に激しさが増している西側と、レイドボスへのちょっかいが見えない東側。そして、恐らく辛うじて戦線崩壊だけは免れている、という状態の北側と南側。そこに押し寄せるのは、いつかエルルが撃退していたあのスタンピートもかくやという数のモンスターだ。
で。中央のレイドボスはというと。すっかりただの、シーツおばけにヘドロをぶっかけたような……つまりは分体として寄越してきていたものと、同じ姿になっていた。
多分だが、長毛黒猫な魔物種族の救助は完了したんじゃないだろうか。だから僅かにあった猫要素がきれいさっぱり無くなり、スライムとしての姿に……なったというか、戻った? と。
「キュキュッ、キューゥ(まー遠慮がいよいよいらない分だけ加減しなくて済むから、気は楽かな)」
ざっと現在の全体状況を確認し、赤い光だけの目のような物、その下に当たる部分をガパリと開き、そこから迷惑な大音声を響かせているレイドボスへと、空を蹴って向かうのだった。
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