第62話 7枚目:神と神域

 という事で、半ば実験と自分の魔力の限界を調べる意味もあって、盛大に治療系魔法アビリティを選択して【結晶生成】を使ってみた。

 ら。


「だぁれがここまでやれっつったこの降って湧いた系お嬢!!」

「キュキュー!!(いやその尽きない魔力に調子に乗ったのはごめんとぉあーっ!!)」


 まぁ、やり過ぎた(予定調和)。具体的にはその、エルルの手のひら大の宝石がこう、ごろごろとちょっとした山になった。出発前に聞いた宝石の価値からすれば、これだけで小さな町ぐらいなら買えるんではなかろうか?

 加減知らずのお嬢と呼ばれそうな予感を感じつつ、ひとしきり顔をこねくり回されてから定位置に戻ってエルルの行動を見守る姿勢。周囲を探索して一抱えの蔦を持って帰ってきたエルルは、それを慣れた様子で捌き、繊維にして、編み込んでいった。

 蔦の芯の部分は白いので、一見手触りの良さそうな布っぽい平面が出来上がる。エルルはその……蔦布? に私が作った宝石(色違いの水晶)を乗せて、包むようにして端を結び合わせ、


「丸い湖だし血で染まってるし眷属が山ほどいるし、神域扱いでいいか」

「キュ!?(投げ込んだー!?)」


 ぽーい、と、雑に放り込んだ。ばっちゃーん、と派手な音と水しぶきが上がる。神域扱いでいいかって事は、神域に投げ込むのが捧げものの捧げ方って事? ……流石ドラゴン、大雑把。

 とかいう呑気な感想は、文字通りの意味でボコボコと沸き立ち出した湖、及び、そこに我先にと自ら飛び込んでいく蛇系モンスター達の様子に掻き消された。だけでなく、どす黒く染まった湖の水そのものが巨大な蛇のように持ちあがる。

 その様子に呆気に取られている間に、蛇が鎌首をもたげるような形になったどす黒い熱湯は、そのまま動きのない……えーと、推定テュポーン、こっちだと“細き目の父にして祖”の神に、どざばーっと思いっきり降り注いだ。


「……キュー?(豪快だね?)」

「お嬢には実感ないかも知れないが、俺らの始祖だからな?」

「キュ(納得した)」


 なんで納得したって返したら微妙な顔をするのかなぁエルル。

 さてそんなギャグはともかく、自分の血が混ざった熱湯を派手に浴びた“細き目の父にして祖”の神はというと、すっかりもうもうと上がる湯気でその姿が見えなくなってしまった。

 うーん、回復系の魔力を込めて作った宝石だし、捧げものだし……流石に自滅ではない筈……? 一応、回復してる筈……? なんだけどな。あとそろそろ寝落ち強制ログアウトしそう。


「……キュ、キュゥ?(エルル、眠いからあと任せていい?)」

「ここでそう来るお嬢!?」

「キュー……(だって眠い)」

「寝る子は育つっつーかお嬢が起きてられる時間に限界あるのは知ってるけど、よりによって今ここ!?」


 と言われても、ログイン制限はどうしようも無い訳で。

 ちょっと待って!? と大慌てのエルルには悪いが、その軍服の中にin。そのまま、カウントダウンを開始したログイン制限時間に追い立てられるようにして、ログアウトした。




 まぁ正直、ログアウト後、日付変更線を越えてからすぐにもう一度ログインすることを考えなかった訳じゃない。

 訳じゃ無いが……残念ながら、現実ではもうすぐのところまで、期末考査という大敵が迫ってきていた。

 もちろんテストが近くなれば先生からの視線も厳しくなる。当然そこで居眠りなんかしてしまえば……まぁ、悪い方に倍率がかかった状態で記憶されるのは、回避できない。それは困る。非常に困る。


「…………」


 と、言い訳してみても、エルルにしてみれば私は肝心なところで寝落ちをキメたドマイペース我儘お嬢だ。ついでにエルルに全ての説明や事態の解決、事情の聞き出しからせめてスタンピートを起こさないようにお願いするまでの全てを放り投げた戦犯でもある。

 という訳で、現実の翌日、イベント12日目、内部時間であの湯気もうもう状態から4日後。再ログインしても、私はすぐに動かなかった。というか、怖くて動けませんハイ。

 それでなくてもやらかした自覚があるってーのにひょこっと顔を出して真面目な話をしてたりしたらそんなの居た堪れない。なのでまず、身動きすることなく周囲の様子を音で探る……!


「……?」


 ……の、だが。なんか、めっちゃ静かだ。何の音も無い。定位置に居るなら、エルルが寝てても布がこすれる音ぐらいは聞こえるんだけど。という事は……定位置ことエルルの懐ではない、という事だ。

 まさかの置いてけぼり。とも思ったが、それにしても静かすぎる。大変良くできたゲームというのは風の音も再現しているらしいので、少なくとも『妖精郷』の何処かであれば自然音位は聞こえる筈だ。

 んーで、それすら無い、という事は……大分特殊な場所にいる可能性が、高いな?


「キュッ!(おはよーございます!)」

〈応、起きたか。外なる世界より来た同胞よ〉


 …………おっとー???

 何だ、このやたらと渋くて腹に響くバリトンボイスは?

 私がオジサマスキーだったら一発で腰が砕けて魂持っていかれてるぞ?


「……キュ、キューゥ?(おはようございます、“細き目の父にして祖”の神様?)」

〈うむ。いかにも。まぁ堅苦しいからティフォンで良い〉

「キュゥ(ではティフォン様で)」


 そこまでをやり取りして、伏せた状態から体を起こして周りを見る。一番近いのは……噴火直前の火口、いや、空が見えないから、活火山の腹の中、だろうか。

 そこかしこにぐらぐらと煮立ち、真っ赤に光る溶岩が水溜りのように溜まり、細い流れを作って流れていく。それ以外は黒々と焼けたような岩で覆われ……上を見ても同様だ。所々赤く光った、と思うと、そこから溶岩が滴ったりしている。

 はっきりいって人間の生身だと、空気の温度で焼け死んでいるだろう環境だ。【環境耐性】がマイナススキルを脱したと言っても、ダメージは避けられないだろう。それでも、暑くも無ければダメージも無い。


「キュ、キュッ?(ここは夢か、あるいは神域ですか?)」


 となれば、現在位置の候補はこのどちらかだろう。招かれた理由はどうせ向こうから説明するだろうから、先に前提条件ぐらいは確認しておきたい。……大丈夫だ。愉快そうな気配はしても、敵意や害意は感じない。

 右を下に仰臥した姿勢で、右頬に自分の拳を当ててこちらを見ている、蛇と竜に属する種族の始祖にして主神。にやぁり、と、貫禄ある悪役親父が悪だくみするような笑みを浮かべているその顔を真っすぐ見返す。


〈はっはっは、肝が据わっていて大変宜しい。──そのどちらでもあるな。ここは夢における神域、神託を授ける時などに用いる場だ。なぁに、そこまで難しい話をするつもりはない〉


 うーん、ただの悪人面の良い親父なのか、それとも悪属性な親父殿なのか、微妙に判断に困るなぁ。

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