四年に一度、その洞窟は開く

七川夜秋

四年に一度、その洞窟は開く

2016年2月29日月曜日

僕はこの日、家族とじいちゃんの家に遊びに来ていた。

じいちゃんの家と言っても自宅から車で約30分ほどのところにある。自転車で行けなくもない距離だ。

だが都会ではないため夜になると暗くなってしまう。とりわけおじいちゃんの家のあたりは山に近く、野生動物も出没するため自転車で夜におじいちゃんの家に向かうのは禁止されている。別に動物の一匹や二匹いたところでっどうってことないのに。そう思うが車の方が楽なのでいつも車に乗っている。

平日よく遊びに行く。僕は平日だと翌日にも学校があるのであまり行きたくはなかったが、部活に入っていないせいで家に早くに帰ることになる。すると親に連れていかれるというわけだ。

今日はとくに宿題が多かったので行くまいと思っていたがいつも通り連れて来られてしまった。

目的地に着くとじいちゃんが

「いらっしゃい。よく来たな。」と出迎えてくれた。

僕はいつも優しくてニコニコと笑っているじいちゃんとおいしいお菓子を作ってくれるばあちゃんが大好きだった。というのもあり、親からの誘いを強く断れないのだ。

「今日も学校だったんだろ。疲れてるだろうからこのお菓子をお食べ。」

そう言ってばあちゃんはいつも通りお菓子をくれた。今日はかりんとう饅頭だった。

「ありがとう。宿題しながら食べるね。」

「そうかい、哲は頑張るねえ。」

早速、宿題を始める。中学校に上がってから宿題の量が格段に増えた。

だが、内容はさほど難しくないのでまだ良いほうだと思う。

台所の方から何かを焼く音が聞こえてくる。

僕が宿題をしている間、お母さんは晩御飯を作っている。

匂いからして今日は餃子だろうか。

手を動かしながらそう考えていると、外で何かが光ったのが見えた。

ここから近い。

その光は雷のように空全体が光るのではなく山の一部が光に包まれていた。

だが、おじいちゃんもおばあちゃんもテレビを見ていて気付いていないようだった。

なぜか、僕はその光のもとへ行ってみたくなった。

「ちょっと外の空気を吸ってくる。」

怪しげな光の調査に行く。と言うと止められるのでそう言ってごまかした。

外に出ると吐く息が白くなった。もう三月になるというのにまだ寒い。

早く光のもとまで行って帰ってストーブの前で暖まろう。そう思い、小走りになって光のもとまで向かう。

光は先程に比べ弱くなっていたが依然として光っていた。

光のもとにたどりついた。その頃にはもうほぼ光は消えていた。

光のもとは山に入って20分ほど歩いたところでそこにはなんと洞窟があった。

少し覗いてみると奥まで続いていそうだった。

この洞窟に入ろうかどうか迷った。

洞窟がなぜ光っているのか、この先に何かあるのかなど気になることはいいくつもあった。

しかし、家をでてから時間が経ってしまった。そろそろ親も心配する時間帯だろう。そして何より、怖い。

だって、普通に考えておかしいよ?これ。

ふと、外を見たら山が光っててそこに行ったら洞窟がありました。ってどう考えても何かしらに巻き込まれるパターンじゃん。

そう思うと同時に好奇心も湧いていた。

何かに巻き込まれるってことは僕は主人公なのではないか?という期待もあった。

期待と恐怖が入り混じっていた。

少しだけ。その言葉が僕の頭をよぎった。

まあ、少しだけ見て急いで帰れば晩御飯には間に合うだろう。

そう思い洞窟に足を踏み入れた。

この時間帯だ、洞窟の中は真っ暗で何も見えなくてもおかしくはない。だがこの洞窟の中ははっきりと岩の形まで見えるほどに明るかった。

少し進むと一際明るい光が見えた。

その空間に足を踏み入れた瞬間、目の前が光に包まれた。

一瞬、視界を奪われ目を瞑る。少し経ちもう光は弱まったかと思いおそるおそる目を開けた。

「えっ」

その光景に思わず声が出てしまった。

目の前に広がっていたのは今までのゴツゴツとした洞窟ではなく美しい草原ときれいな湖がある幻想的な光景だった。

「ねえ、あなたどこから来たの?」

「うわぁぁぁ!」

景色に見惚れていると突然話しかけられたので驚いて尻餅をついてしまった。

「あ、ごめんなさい。驚かせる気はなかったんですけど。」

声の主はそう言うと手をさしのべた。

よく見るとそこには着物を着た女の子が立っていた。

「驚いてしまってすみません。」

そう言って立ち上がる。

「えっと、僕はここから車で少し行ったところに住んでいます。じいちゃんの家から光が見えたんで来てみたんですけど・・・」

「くる、ま?くるまって何?」

彼女はそう尋ねてきた。

「え?」

またも声が出てしまった。今の時代に車を知らない人がいるのか?でもこの人はからかっているような様子もないし、本当に知らなそうだ。ずっと山の中に住んでて知らないのかな。そう思い、説明する。

「車って人を乗せて動く乗り物です。」

「へぇ、今はそんな乗り物があるんですね。」

ん?彼女は『今』って言ってたぞ。どういうことだ。

彼女の言い方に少し困惑していると

「あ、ごめんね。あたしの1日はあなたにとっての4年なの。」

ますます意味が分からない。どういうことだ?

「えーっと、どういう意味?」

素直に聞いてみる。

「どういう意味ってそのままの意味よ。この洞窟で1日過ごすと洞窟の外では4年が経っているの。」

何だこの娘はなんの話をしているんだ?1日で4年?そんなことあるはずがない。

そう思っていると彼女が口を開いた。

「まあ、信じられないと思うけど少しあたしと話さない?ここ最近誰とも話してなくてさ。」

「まあ、話すだけなら。でもあまり時間が無いから少しだけだけど。」

怪しいと思ったが話だけならしてもいいと思った。

「ありがとう。じゃ、そこに座って。」

女の子が指をさした方には大きさのちょうど良い木の切り株があった。

それから女の子と色々なことを話した。

僕の名前は哲也だということ、中学1年生で13歳であること、じいちゃんとばあちゃんが大好きであること。

また、女の子の名前は『きく』といい、まだ10歳であるということ、神様の物を盗んだ罰としてこの洞窟に閉じ込められてしまったこと、最後に人と話したのはずっと前だということ。

女の子は人と話すのが久しぶりだったせいかすごく楽しそうに話していた。そんな様子を見ているとこの話しは本当なのではないかと思えてくる。

話が一段落したところで聞いてみる。

「この洞窟からは出ないの?」

すると彼女は悲し気に答えた。

「あたしはこの洞窟から出ることはできないの。でもここでの生活も悪くないものよ。おいしい果物はあるし、景色はきれいだし。」

そこで一度言葉を区切ると小さな声で

「外に出てみたい気もあるけど・・・」

と言った。

この時、僕の中で何かが溢れだした。きくを救ってあげたい。きくに町を案内してあげたい。現代にはこんなものがあるんだよってことを見せてあげたい。

きっと最後の一言が本音だから。

僕はもうきくの話を100%信じていた。

「僕がここから出してあげるよ。次またここに来るとき、つまり4年後までに絶対にきくがここから出れる方法を見つけ出してみせるから!」

僕は今までで一番やる気が溢れていた。今なら何でもできるそんな気がした。

きくを見ると彼女は泣いていた。

「ありがとう。」

そう一言だけ呟いた。そして何かに気づいたのか焦った顔で言った。

「まずいわ。日付が変わってしまう!日付が変わると4年が経ってしまうわ。早くこの洞窟から出て!」

そう言われて慌てて出口に走る。走りながら、

「絶対方法を見つけるから!」

と言ったがその言葉が届いたかどうかはわからない。

気づいたときには病院にいた。日付は3月2日。約2日間眠っていた。

山の中で倒れているところを発見されたらしい。母さんに

「心配したんだから」と抱き着かれる。

あれ、僕はなんであんなところにいたんだっけ。記憶が曖昧だ。

何か大事なことを約束した気がするけど、何だっけ、それに僕は誰と約束したんだ?結局それは思い出すことはできなかった。


2020年2月29日土曜日

あの日からちょうど4年。

なぜかじいちゃんの家に行かなくてはという気がしてくる。だが高校に入ってから帰りが遅くなったので今からでは迷惑だろう。そう思った瞬間突然激しい頭痛に襲われた。

「痛ッ」

と同時に何かがフラッシュバックする。あれは・・・女の子?

「き・・・く・・」

何だろう何かが頭に流れ込んでくるがその正体はわからない。このモヤモヤとした違和感がたまらなく嫌で人目も気にせずに叫ぶ

「くっそおおおおおおお」

何が悔しいのかはわからないがものすごく悔しい。泣き出したいくらいだ。

結局、何もできないまま4年に1度のその日は終わった。




                    ※

「あー、びっくりしたな。哲也くんも同じことをいうなんて。」

そう独り言を言うときくは一人の男の子のことを思い出していた。

洞窟で私のことを見つけてくれた彼。小さい頃はよく遊んだなあ。神様の物を盗んだのも彼に自慢したかったからなのよね。それを彼に話したら彼は

「俺がきくをこの洞窟から出してやる!」

なんて言ってたっけ。

結局、彼はそれから来なかった。

あれから外の世界では何年経ってるだろう。もう彼は死んじゃってるかな。

彼ともっと話したかったなぁ。もっと遊びたかったなぁ。

今更言っても遅いか。

もし哲也くんがここから出してくれたなら彼の墓を見つけ出していっぱい話そう。

今まで話せなかったことを。

そう思いつつ彼女は洞窟から出られる日を待ち続けた。




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