私はあなたのかげほうし

二四六二四六

プロローグ 『その気持ちは紛れもなく』

 一人の少年が、黒いライオンに追われているのを、彼女は電柱のてっぺんで眺めていた。

 ほどよい涼しさを孕んだ風が被っていたフードを撫でるようにはためかせる。

 学生服に身を纏った細身の少年は慣れないフォームで、けれど必死な形相で走っている。背後を確認する余裕もなく、一心不乱に。

 その数メートル後ろには影のように薄暗い色に染まったライオンが、少年をその牙で食らいつくそうと口を開けながら追いかけていた。

 端から見ても分かる絶体絶命な状況。少年が足を止めたら最後、文字通りの死が待っている。だからこそ彼はその足を止めることなく走り続けていた。

 決して後ろは振り向かず、ただまっすぐ前だけ向いて走るその姿に、彼女の顔が自然と笑みの形を作る。

 この気持ちは一体何だろうか。彼女は考える。

 喜び?

 それとも嬉しさ?

 考えてみるけれど答えは出ない。ううん、しっくりとこない。これじゃない感じ。もっとなにか形容できる言葉がある気がする。

 ……まぁいっか。

 彼女はすぐにその問題の答えを放り投げて再び少年へと視線を戻す。

「やっと……会えた……」

 少年のもがく顔を見てると、体全体がゾクゾクと震えた。その震えを抑えるように彼女は自分の体を抱きしめる。

 この感情は何?

 恐怖? 

 不安?

 ううん、違う。これはきっと……。

「そう、これはきっと……」

 期待。

 心の中でつぶやいた途端、何かがストン。と綺麗に収まったような気持ちがした。歪だった形がピッタリと合わさったような快感。そう、彼女は今この状況をずっと待ち望んでいたのだ。

「すぐに行きます……そしたら、一緒に……」

 走る少年を掴むように細い手を伸ばし、電柱から一歩足を踏み出す。

 進んだ足が、地面のない足場を踏み抜いて少女の体はゆっくりと傾き、支えを失った少女は真っ逆さまに柱から落ち、地面にぶつかる前に吹いた一陣の風と共にその姿を消したのだった。

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