人間が餌になった日

@nayru9936

第1話 異変

「ここです。今、すぐに開けます」

初老の男性が二人の制服警官と連れ立って、古ぼけた二階建ての木造アパートの二階部分に来ていた。立っていたのは一番奥にある部屋であり、そこには90歳近くになる高齢の男性が一人で暮らしている部屋だ。

部屋に近寄ると二人の警官は途端に不快な表情になり、むせ返るように咳き込む場合もあった。

「凄い匂いですね。いつ頃からですか?」

「一週間くらい前からですね。隣の人からクレームがあって。連絡を取ろうとしたんですが、電話しても繋がらなくて」

「居住者は高齢の男性でしたね。既往症は」

「心臓が悪かったと思います。何度か近くの病院に入っていくところを見かけていますから」

警官らは最悪の事態を想像していた。それは近年になって増加傾向にある孤独死だ。

孤独死で死亡すると肉体は腐敗してきて、強烈な悪臭を放つ。

この匂いによって発見されるケースも多くあり、警察官になるとそのような場面も何度か経験していて、それほど驚くような事態では無くなっていた。

慣れというのは人間が死亡していても強い衝撃を受けなくなってしまうものであり、それがいいのかと言われると否定する人もいるが、冷静に対応できるようになるというメリットもある。

警察官は若い方がドアをノックして居住者の名前を呼んだ。

案の定というか、やはり返答は無い。ただし、部屋の内部で何かが動いているような音がしている。

「中から音がしていますが、ペットか何かしますか」

「うちのアパートはペットは禁止だけど、勝手に犬や猫を飼っている人がいて、もしかしたら動物がいるのかもしれません」

その話を聞いて、警察官らは中でまだ生存している可能性を考慮した。

つまり、動けない状態になってはいるが動物がいるため、その糞尿によって匂いが発生してしまっている可能性が出たからだ。

「大家さん、開けてください」

警察官は中を確認するため、合い鍵を使ってドアを開けるように促せた。

ドアを開けると一気に強烈な臭気が警官らを襲撃し、鼻を抑えながら警察官は中に足を踏み入れた。若い警官ではパニックを起こすかもしれないと考え、年上の警官が先に入って内部を確認することにした。

「何てことだ・・・。おい、すぐに来てくれ!」

先に入った警官から声がしたので若い警官がすぐに後を追うと、そこには予想もしない状況が待っていた。

残念ながら居住者の男性は死亡していた。しかし、その死体は単なる孤独死と大きくかけ離れている。

頭部は半分近く無くなっていて、脳髄が頭蓋骨から流れ出ている。腹部には内臓が全て無くなっていて、他の筋肉部分もちぎられたように骨が残っているだけだった。

若い警官は耐えられなくなって部屋の外に出ると、猛烈に嘔吐をしていた。年上の警官も失神しそうになる自分を必死で堪え、状況確認を行った。

すると破れた襖のある押し入れから音がして、そこに何かがいるのがわかった。

ゆっくりと開けると、その押し入れからも強烈な腐敗臭が襲ってきた。

ただ、何かがいる。

それが何か確認しようとした時、それが急に飛び出してきた。

それは猫だった。そして、この猫が居住者を食い散らかしたのだということが、血で染まった体を見れば誰でも判断できる。

「何てことを・・・」

警官が猫を捕まえようとすると、その猫は放たれた玄関から走り去ってしまった。

警官はすぐにその後を追ったが、既に視界の中に猫の姿は無かった。

「くそったれが!」

警官らしからぬ言葉を吐くと、この状況を本部警察署に報告して応援を呼んだ。

「どうしたんですか」

大家の男性が不安になり尋ねる。

「居住者は死亡していました。音がしていたのは猫を飼っていたからです」

「本人かどうなっているのか確認してもいいですか」

「確認は無理だと思います。体のほとんどを猫が食べたようですから」

「猫が?そんなことって・・・」

「ペットを飼っていて孤独死をすると、このようなケースもあります。動物からすれば、動かなくなった飼い主は餌でしかないですから」

大家の男性は愕然としたが、携帯電話でどこかに連絡を取りだした。

動物にとって何かを食べて生命活動を維持するのは本能であり、猫のような肉食動物であれば、動かなくなった飼い主を餌にするのも当然だ。

知識で知ってはいたが、実際にその現場を目にするとは思っていなかっただけに、改めて人間が生物界の頂点では無いと思い知った瞬間だった。

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