第230話 迷路館の戦い『迷路の攻略法』


 『トゥオネラ』の街の中央の地下迷路の中、その大広間、ドアの傍らにギリシャ神話に出てくるアリアドネの像がある。


 テセウスがクレタ島の迷宮より脱出する手助けをしたことで知られる。


 アリアドネという名は「とりわけて潔らかに聖い娘」を意味するのだ……。



 「アイ……。この3つの道のどの道へ進めばいいかな?」


 「イエス! マスター! 迷路の攻略法が存在します。」


 「へえ? 迷路の攻略法っていったいどういうもの?」




 「はい。『右手法』あるいは『左手法』と呼ばれる方法で、右手で常に壁に触れながら迷路を進むというものです。 左手を用いて左手法と呼ばれることもありますが、本質的な違いはありません。 多くの場合、時間はかかっても必ず出口に辿り着くことができますが、立体迷路や、出口が迷路の外周にない場合などでは効果がない場合もあります。」


 「そうか。じゃあ、右手を壁に触らせながら進むのであれば、右の道から進めばいいね?」


 「ええ。まあ、そうなるのですが、この『迷路館』の迷路は魔力によって空間を捻じ曲げられていると予測されます。」


 「……というと?」


 「はい。立体迷路や出口の空間が意外なところに隠されているということも考えられるということです。」


 「……つまり?」


 「はい。『右手法』だけではこの迷路を抜けることはできないということです。」




 「ええ……。じゃあ、いったいどうすれば……?」


 「ジン様! 僕がいるじゃあないですか!?」


 「おお! ヒルコ! なるほどなるほど。……で?」


 「僕が『右手法』で進んで行くよー! だから、ジン様とアイ様はそれで見落とされる道を進んでもらえばいいのだー!」


 「ヒルコ! さすがだな! それ、採用!」


 「えへへ……。ジン様に褒められちゃったぁ!」




 「じゃあ……。ジン様! アイ様! 行ってくるよぉー!」


 「ヒルコ。頼みましたよ。思念通信で報告をお願いしますね?」


 「ヒルコ! 危ないと思ったら、すぐ知らせるんだぞ?」


 「うんうん! はぁーい!」


 ヒルコは元気よく、右側の壁を触りながら、スキップでもするかのように右側の道を進んでいく。


 先の曲がり角を曲がって、ヒルコの姿が見えなくなっていった……。





 「さあ、アイ。オレたちはどうしようか……。」


 「はい。真ん中の道と、左の道……、どちらに向かいましょうか?」



 左か真ん中か……?


 いったい、どっちが正解か……。




 「じゃあ、左へ行こうか! オレたちも左手の法則で、進んでいって、ヒルコもオレたちもたどり着けないなら、真ん中の道ってことになるからな。」


 「イエス! マスター! さすがです! では、入り口のところのアリアドネの像に超ナノテクマシンの糸を結びつけておきます。ギリシャ神話の言い伝えのように、アリアドネの糸をたどれば、またこのスタートの地点に戻ってくることができるというわけです。」


 「なるほど! アイ! それはいい考えだ! よし! 行くとしよう!」




 ギリシャ神話から由来しているのが「アリアドネの糸」だ。


 アテナイの王子、テセウスは、ミノタウロスという怪物を退治するため、「迷宮(ラビリンス)」に入ろうとしますが、そこから脱出する方法がわからなかった。そこで、アリアドネという少女が、通り道に沿って糸を張りながら奥へと進み、怪物を退治したらその糸をたどって戻ってくればいい、と教えたのだ。その通りにしたテセウスはみごと、ミノタウロスを退治することができたという。


 よし! 進むとしよう!




 *****






 魔女レダが双子の息子たちに向かって話している。


 「いいかい? あんたたちは決して無茶をするんじゃあないよ?」


 「母さん……。それはわかったけど、どうして吸血鬼なんかに味方するんだよ!? ゼウス様の恩を忘れたの?」


 「そうだよ! 母さん! 目を覚ましなよ!」


 「ふぅ……。あんたたちはあの男の本性を知らないんだよ……。女たらしでわがままでどうしようもない神なのさ……。あいつは……。」


 「それで……。あの王に忠誠を誓ったというのかい……?」


 「トゥオニ王か……。あの王はたしかに僕たちにもよくしてくれてはいるよ。だけど、まさか、吸血鬼に与するとは……!」




 レダがその持っているシュロの木の杖をふるった。


 「レベル6の精神強化魔法『神のみ子はこよいしも』だ!」


 『神の御子は今宵しもベツレヘムに生(うま)れたもう! いざや友よ、もろともに……。いそぎゆきて拝まずや! いそぎゆきて拝まずや!』


 レダが呪文を唱えると、カストールとポルックスの身体が光り輝いた。



 「「おおおお! 魔力がみなぎってきた!」」


 「負ける気がしない!」


 「ああ。兄さん!」




 *****






 オレとアイは左手側を壁にしながら、進んでいた。


 途中、凶悪な罠が次々と襲いかかってきた……。


 が、すべて、アイが事前に察知し、罠の効果を無力化していく。





 毒ガスが噴射される部屋では……。


 「マスター! 止まってください!」


 「ん……!? どうした!?」


 「はい! 毒ガスが検知されました! 今から無効化しますので、それまで待機でお願いします!」


 「お……、おぉ……。わかった。さすがだな。アイ。」


 「くっふ……! 嬉しいお言葉!」


 その毒を瞬間的に検知し、空気の層を周りに張り、毒ガスを避けた上に、一瞬で毒を中和する物質を調合し、周囲に霧散させたのだ。




 巨大な針が無数についた天井が落ちてきた部屋では……。


 「マスター! お任せを!」


 「……え? って、ああ! 天井が!? ……あ、大丈夫なのか……。」


 「ご安心を……。」


 アイが素早く超ナノテクマシンで巨大な手を作り、吊り天井が落ちてくるのを阻止していたのだ……。




 そんなこんなで、次々と進んでいく先々で罠があったが、オレはなぁーんにもすることなく、ただただ進んでいくのだった。


 こんな迷路のクエスト、簡単すぎるな……。


 いや、アイが優秀すぎるだけか?



 「くっふぅ♡ マスターってば……!」


 アイが非常に嬉しそうな表情を浮かべる。




 「お!? また部屋だな? 今度は何が仕掛けてあるのかな?」


 「はい。なにやら、生物の反応があります! ……ひとりですね。」


 「ほぉ……。じゃあ、ボス……の部屋とか? いや、中ボスとかかな?」


 「イエス! マスター! おそらく中ボスクラスの魔物でしょう……。」


 「よっしゃ! じゃあ、行くとするか!?」


 「はい!」




 部屋に入ると、一人の美しい青年が立っている。


 均整の取れたその美しい肉体に、イケメンの男だ。


 「俺の名はカストール。お前たちには恨みはないが、我が母のため……。死んでもらおう!」


 「な……!? カストールだって!?」



 カストールは、ギリシア神話に登場する英雄である。ディオスクーロイの一人でポルックスの兄だ。


 テュンダレオースとレダの間に生まれた双子の兄だ。


 馬術の名手で、弟のポルックスと協力して数々の手柄をたてた。


 イアーソーンとアルゴナウ隊の遠征にも参加したこともある。


 ギリシャ神話では、戦争で死に、弟と共にゼウスの力でふたご座に成ったという。




 「これは油断できないな……。」


 「イエス! マスター! 注意していきましょう!」





 カストールとオレたちは緊張感漂わせながら、対峙したのであった。




~続く~


©神のみ子はこよいしも (作曲:John F Wade/作詞:1954年の讃美歌111番)

※イメージ参照:宇都宮市を代表する歴史文化資源である「大谷石文化」地下採掘場跡





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