第192話 吸血鬼殲滅戦・離『異界の穴』


 周囲の大森林の樹々が、その根元から引き抜かれ、どんどん『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』の元へ引き寄せられていく。


 幸いにも、『チチェン・イッツァ』の街の防衛に専念していた人たちは、距離がまだあるようだった。


 その吸引力になんとか抗おうと耐えている様子が見えた。




 その吸引力の最も最近距離にいるのが、ヘルシングさんだ……。


 だが、ヘルシングさんは微動だにしない。


 その高めた聖なる魔力にて、その重力波動を跳ね除けているようだ。


 そして……。




 ヘルシングさんの構えた大剣がものすごく眩しく光を放ち出した。


 「唸(うな)れっ! 大剣『ホワイトシルヴァー・パイル(白銀の杭)』よ! 『主よ御手もて引かせ給え』!!」


 『主よ、飲むべき わがさかずき、えらびとりて さずけたまえ。よろこびをも かなしみをも、みたしたもう そのまま受けん。この世を主に ささげまつり、かみのくにと なすためには、せめもはじも 死もほろびも、何かはあらん、主にまかせ!』


 ヘルシングさんが呪文をさらに重ねがけして行く……。




 (マスター! あの呪文は!! あのアマイモンさんが使ったという誓願の呪文、誓約と制約の魔法です!)


 (え……!? それって、たしか嘘をつかせないための魔法じゃあなかったのか?)


 (おそらく、ヘルシングさんはその結果に対して、誓約をし、制約をかけることによって、その威力を極限に引き上げたのでしょう……。)


 (そ……、それって、失敗しちゃったら、ヘルシングさんがヤバいんじゃあないの?)


 (そうでしょうね。ヘルシングさんは、生命をもかけるほどの……、白銀の『覚悟』を示し、最大の結果を示そうとしているのです!)


 (な……、なるほど……。結果にコミットしたってことか……。遠い過去にそういう言葉を聞いた覚えがあるよ……。)


 (ヘルシングさん……。最大の魔力をライジングアップしたってところでしょうかね?)




 ヘルシングさんが最大奥義を繰り出した!


 「最大・聖奥義『サン・トメ・プリンシペ』!!」


 すべてのヘルシングさんの聖なる魔力が、一気に解き放たれて、その大剣『ホワイトシルヴァー・パイル(白銀の杭)』が、眩しく光を放ち、周囲が一瞬、真っ白になるくらいのものすごい光量が球体のようにヘルシングさんの目の前に放たれた。




 もちろん、あまりの眩しさに、目がくらんでしまったので、アイの送ってくれた画像解析で、確認したものではあるが……。


 肉眼でまともにヘルシングさんを見ることは不可能だった。


 そして……。




 そして、そのものすごい聖なる魔力を光速で一気にぶつけられた『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』は、六つ首すべてを吹き飛ばされ、その魂魄の『餓鬼魂』も瞬間的に、飛散し、四方へ飛び散ったのだった……。


 だが、そこまではさきほどのアテナさんの攻撃でも効果はあったんだ。


 再生力が恐ろしく強力で、予断を許さない状況だ。




 そして、やはりと言うべきか、バラバラに飛散したはずの『餓鬼魂』が、何かのエネルギーか磁力のようなもので、再び集まり黒い魔の塊へと変わっていくのが見えた。


 オレたちは、すぐそれに気が付き、身構えた。



 「ヘルシングさんの最大の一撃でさえ、闇の呪詛を祓えないのか……!?」


 オレはさっきのヘルシングさんの攻撃なら、ひょっとしてと淡い期待をしていたが、見事にそれは打ち砕かれたのだ。




 「アイ! どうするんだ!? なにか策があるって言ってたよな?」


 「イエス! マスター! ここからです。」




 「ヘルシングさんは下がっていてください!」


 アイがヘルシングさんに声をかけた。


 今、この瞬間だけは『餓者髑髏』は、その再生に集中しており、こちらに攻撃はして来ることはない。




 「ああ! だが、ヤツはやはり祓えなかったか……。アイ殿、ジン殿! このあとは貴殿らの『技』に期待する!」


 そう言ってヘルシングさんは後方へ下がった。


 それを見届ける前に、アイが声を発した。




 「デモ子!! 『異界の穴』を開きなさい!」


 「へ……? あたし?」


 「二度言わせないでちょうだい……。何のためにアナタを呼んだと思っているの? 同じことを言わせるのは無駄だから嫌いだって前に言わなかったっけ?」


 「はいはーい! もちろん! やらせていただきます! はい! でも、あたしの『異界の穴』はどこにつながるか、わかりませんですよ?」


 「それをワタクシが調整いたします! アナタはただ、言われた通りやりなさい!」


 「へいへーい。人使いが荒い御方ですねぇ。まったく。いや、化け物使いが荒い……か。」





 「では……! 『空も港も夜ははれて、月に数ます船のかげ、端艇の通いにぎやかに、寄せくる波も黄金なり!』 開け! 『異界の穴』よ!」


 デモ子……、なんだか『魔法』使ってないか?


 ええ! 魔法使えたの?



 「あ、いえ……。そういう『港』っていう次元魔法があるらしいって言うんで、雰囲気出してみただけなんでして……。てへ♡ 」


 デモ子よ……。


 やはり、おまえは変なやつだよ。




 デモ子の眼の前に異界へつながる穴が空いた。


 文字通り、空間に穴が空いたのだ。


 その穴の向こうに、『餓鬼魂』が見える。


 しかし、アイはいったい、どうしようと言うんだ?




 「マスター! 下がってください!」


 アイがオレに向かってそう叫んだ。



 何を言っているんだ?


 ヘルシングさんだけでなく、オレまで下がれッていうのか……!?




 「どうしようって言うんだ!? 『異界の穴』って、どこにつながっているんだよ!?」


 「イエス! マスター! この世界と並行して存在するマルチバース(多元宇宙)の別宇宙でございます!」


 「なるほど……。それで、そこにヤツを連れて行くってわけか……。それにオレは邪魔だってことか?」


 「マスター! そんなことは……。」


 「ならば、オレも行くぞ!」




 「わかりました。仕方がありません。マスターには安全なところで待機していただきたかったのですが……。」


 「バカ言うなよ! オレだけ何もせずに待機してるなんてできるわけないだろ!?」


 「マスター……。責任感の強い御方ですね……。その代わり、ワタクシの言うことは守ってください。マスターの身の安全のためですから!」


 「わかった! 約束する!」




 「あ……。ああ、ああ。もしもし! お二人さん? そろそろ、アイツ……復活してしまいますよ?」


 デモ子がそう言って、頭部の大きな口を開き、舌をベロベロする。


 そうしている間にも、『餓鬼魂』は、さらなる再生が進み、どんどん『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』に変貌していく……。




 「ヘルシングさん! 後のことは頼みます!」


 「うむ! ジン殿! アイ殿! 気をつけてな! それと……、変なヤツもな!」


 「あたしは変なヤツ呼ばわりかぁーい!」


 デモ子がツッコミを入れたところで、オレたちは『異界の穴』の前に移動した。




 「デモ子! ではやりなさい! 『異界の穴』の向こうへヤツごと引きずり込むのです!」


 「ラジャァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 デモ子が叫ぶと、空間に空いた穴がさらなる広がりを見せ、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』をその穴ですっぽりと飲み込んでしまった。


 もちろん、オレたちも一緒にだ。


 まあ、オレたちが一緒に行くのは、いわゆる囮(おとり)ってやつだ。


 なんにも惹きつけるものが無いと、ヤツが食らいついてこないからな……。




 「よし! 来い! 化け物め! おまえはこの世界にいてはならない存在なんだよっ!!」


 オレはそう言って、『異界の穴』をくぐり抜け、アイとともに、その異空間の向こうへ前進して行ったのだった。


 『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』が案の定、オレたちを追って、そのまま異空間を追いかけてくる……。




 すると、そこでアイが叫んだ。


 「デモ子! 『異界の穴』を閉じなさい!」


 「はぁーい! ただいま!」




 デモ子がその頭部の口をパクリと閉じた動作をしたと同時に、明るい光が届いていた穴が閉じたのだ。


 そして、異空間は真っ暗になった……。




 デモ子はつぶやいた……。


 「この空間は……? アイ様がつないだのか……。恐ろしいなにかのチカラを感じる……。あっちの方向になにか……ある!」



 果たして、この異空間、多次元宇宙の別宇宙だったっけ?


 いったい、どこに通じたというのか……。


 ただただ闇が広がる、真っ暗な空間をオレたち……デモ子もすぐに追いついてきた……は、まっすぐに進んでいくのであった-。




~続く~


©「港」(曲:吉田信太/詞:旗野十一郎)

©「主よ御手もて引かせ給え」(曲/ウェーバー 詞/作詞者不詳)



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