第188話 吸血鬼殲滅戦・離『最凶のワールドボス』


 人々は震えた。


 この世が終わるかもしれないと……。


 なにせ、勇者クー・フーリンや、アテナの一撃でも倒せず、さらなる成長を遂げていく恐ろしい怪物が空に悠然と身構えていたからだ。


 その気になれば、『チチェン・イッツァ』の街など、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。


 それが行われないのは、他ならぬその勇者やアテナたちが、気を引いているからなのだ。


 願うしかなかった。


 勇者と聖女騎士の勝利を……。


 人々にできることは、祈ることしかなかったのだ。




 『餓者髑髏』の今までにも現れたことのない『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー型』が、その多頭の首の内、3つ首が分裂していく!


 そして、3つ首の『餓者髑髏』と、9つ首の『餓者髑髏』に分かれた。


 「行けぃ……! 我が分身んんんんーーーっ! 三つ首の『チュドー=ユドー』よ! 喰らえ喰らえ喰らえ!!」


 「ぎぃっ!」


 『チュドー=ユドー』と呼ばれた分裂体が、空から舞い降りてこようとしたのだ。




 だが、それだけではなかったのだ。


 また『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー型』の多頭の内、2つ首が分かれ、竜人の姿へと変貌していく。


 双頭から生まれた竜人は、やはり恐ろしいほどの魔力に満ち満ちていた。


 「行けぃ……! 我が子・龍骨騎士よぉぉおおおーーーっ! 『トゥガーリン・ズメエヴィチ』よ! 奴らをすべて滅せ滅せ滅せよ!!」


 「承った!」


 そうして、この双頭の竜人も空から舞い降りてきたのだ!


 さらに、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー型』は残った7つの首の内、1つの首を切り離した……。


 そして、その首は無数の蛇に変わっていく。


 うじゃうじゃと数え切れないほどの恐らくは猛毒を持っているであろう、毒々しい色の無数の蛇に分かれ、空から降ってきたのだ。


 「行けぃ……! 我が手下『ツモク』どもよ! 奴らをすべて呪え呪え呪え呪えぃーーーーっ!!」


 無数の毒蛇『ツモク』たちは、まるで、雨あられのごとく、空から降り注いできたのだった。




 6つ首になったとはいえ、一向にその魔力と呪詛が衰えた様子が見えない『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』は、空からその多頭の首ひとつひとつから、青い光を輝かせはじめた。


 まさか……!?


 あれは、青ひげ男爵の使っていたあの魔法か!?


 (マスター! 『青い眼の人形』でございます!)


 (ああ。覚えていたよ? もちろん、名前を言うのがちょっと面倒だっただけだよ?)


 と、そんな言い訳をしている場合ではない。




 すると、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』が、時間を早めたかのように呪文を詠唱した。


 『青い眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド。日本の港に着いたとき、一杯涙を浮かべてた。私は言葉が分からない、迷子になったら何としょう! 優しい日本の嬢ちゃんよ! 仲良く遊んでやっとくれ! 仲良く遊んでやっとくれ!』


 ヤツの首ひとつひとつの口が青く激しくまばゆいくらいに輝いた!



 次の瞬間、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』の眼から青いレーザー光線のようなものが乱反射された!


 周囲に展開していた『ククルカンの蜥蜴軍』の兵士の魔法の防護壁をも貫き、たくさんの兵士たちが殺されたのだ。


 幸い、オレたちは一度経験しているので、かわすことに成功していた。


 アテナさんたちは、その名高い『アイギスの盾』で完全に防御していたし、クー・フーリンさんたちもその魔力障壁で耐え抜いたようだ。




 「な……!? 『青い眼の人形』の呪文だと!?」


 「過去の『餓者髑髏』の例でも、あんな呪文を使うという凡例はありません!」


 「いったい、どういうことだ!? 今回の『餓者髑髏』のこの異常さは……!?」



 はい。それ、アイのせいです。


 いや、オレたちのせいか……。


 みなさん、ごめんなさぁーい!


 オレは心のなかで謝るのだった。




 (マスター! ご安心を! マスターをもし責めたてる者がいればワタクシがその者の息の根を止めて差し上げますわ!)


 (いや……。アイ……。それだけはやめてくれ……。)


 (おお! マスターはなんとお優しい! マスターにはワタクシがずっとずっとお味方ですから安心してくださいね!)


 (お……、おぅ……。)


 アイはアイで、オレのことを全力で思ってくれているのはわかるんだけどなぁ……。




 『餓者髑髏』の分体のひとつ三つ首の『チュドー=ユドー』が地上に下り立ってきた。


 さきほど六つ首の『餓者髑髏・山御子龍(ズメイ・ゴルイニチ)型』にもひるまなかったアテナさんのパーティーが『チチェン・イッツァ』の街を守ろうとその正面に立ちふさがった。



 「ぎぃいいやぁああああーーーーうううぉーーーおおおっ!!」


 『チュドー・ユドー』がけたたましい叫び声をあげた。


 やはり進化した『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』から生み出された分体だ。


 三つ首といえども、さきほどの『山御子龍型』にもひけをとらない魔力と呪詛を撒き散らしている。




 「アテナ様! お気をつけを! さきほどの六つ首と同様……、いえ、それ以上の魔力を秘めております!」


 エリクトニオスさんがアテナさんに忠告する。


 「承知している! だが、思い出せ! 私たちはすべての民の『法』の守護者なのだ!」


 「は! 出過ぎた忠告でございました。」



 「しかし、アテナ様。エリクトニオスの言葉もあながち的を射ておりますぞい。さっきのヤツでさえ、我らの連携技で仕留めそこねたのだ。しかも……、あの上空にこれらのさらに上位種がひかえておりますゆえ……。」


 「うむ。グラウコーピス。もっともな意見だな。さきほどの連携技だけでは上空の『エンペラー』はおろか、この『チュドー・ユドー』でさえ、食い止めるのが精一杯であろうな……。」


 「アテナ様! ファイトですわ! ニーケはアテナ様を信じています!」


 「ああ! ニーケ。君にはいつも励まされる。感謝する!」





 『法国』の防衛の要、防衛大臣を務める彼女は、知恵、芸術、工芸、戦略を司る者なのだ。


 「行くぞ! エリクトニオス! グラウコーピス! 援護をニーケ! 頼んだぞ!」


 「このグラウコーピス! かしこまりましたそ!」


 「わかりましたよ! いっつも私が嫌な役目を引き受けるんですからね!」


 「アテナ様! 後衛はおまかせを!」


 エリクトニオスとグラウコーピスがそれぞれアテナとともに前に出る。




 ****






 さて、もう一匹の竜人の龍骨騎士『トゥガーリン・ズメエヴィチ』が、地上に下り立った。


 そして、その前にはクー・フーリン率いるSランク冒険者パーティー『クランの猛犬』が立ちふさがった。


 「アテナ様たちは、あの『チュドー・ユドー』を引き受けてくださった。我らでこの『トゥガーリン・ズメエヴィチ』を仕留めるぞ!」


 「あたしもさっきよりもっと強力な必殺技を食らわせてやるわ!」


 「スカアハ師匠に無茶はさせられませぬ。このフェルディアも出し惜しみなくやらせていただきます!」


 「おお。いいのぉ! その心意気じゃ! 若者よ!」


 「オイフェ母様ぁ……。援護の魔法、頼みましたよ!?」


 「こら! コンラ! おまえ、いつから偉そうな口を聞くようになったんだい! まだまだひよっこの分際で!」


 「あああああーー! はいはい。わっかりましたよ。僕も精一杯やしますって!」




 ****





 二体の分体それぞれをアテナさん、クー・フーリンさんたちが受け持ってくれるようだ。


 だが、まだ上空にその大ボス『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』がいる上に、無数の生み出された蛇『ツモク』の大群が『チチェン・イッツァ』の街へ襲いかかっていたのだ。


 危機はいまだ変わらない。


 いや、もっと悪い状況下に陥っている。


 『チチェン・イッツァ』の防衛軍、ククルカンさん、なんとか耐えてください!



 オレはそう願うしかなかったのだったー。







~続く~


©「青い眼の人形」(曲/本居長世 詞/野口雨情)




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