第180話 吸血鬼殲滅戦・離『青ひげという男』
森林の中で突然に現れ、そびえ立つ城、『人ごろし城』の、最上階、王の間に恐ろしげな青ひげの男が王座の椅子から立ち上がった。
青く長いひげがその特徴だが、その眼も青く闇の光をたたえている。
「下等種族どもが……。余の城に招待もされていないのに、のこのこ出向いてくるとは……、極刑に値するな。」
「げひひ。男爵様のおっしゃるとおりですじゃ。」
老婆も同調する。
魔術師シルヴィア・ガーナッシュが呪文を唱えた。
『美しき夢見る人よ、我が為に目覚めよ! 星の光と露の雫が汝を待つ。粗暴な俗世の喧騒は、月の光に優しく照らされ、すべて過ぎ去りぬ! 我が歌の女王、美しき夢見る人よ! 汝への愛の調べを聴き給え!雑踏に犇く日々の悩みは消え去らん! 美しき夢見る人よ、我が為に目覚めよ! 美しき夢見る人よ、我が為に目覚めよ!』
レベル6の闇の呪文『夢路より』だ。
一瞬で周囲の空間が闇の眷属の世界になり、闇に生きるものにチカラを与える空間と化した。
青ひげ男爵の魔力がいっそう増大し、魔力を感知できないはずのオレにさえ、そのエネルギーのほとばしりが見えるくらいだ。
「ジン殿! 気をつけろ! ヤツの魔力が異常に増大している!」
「ああ! 警戒しましょう!」
「マスター! お気をつけくださいませ!」
青髭男爵がゆらりと動き、呪文を唱えてくる。
「我が支配の呪い……、『あんたがたどこさ』! この者らを闇に落とし給え!!」
『あんたがたどこさ、肥後さ、肥後どこさ、熊本さ、熊本どこさ、船場(せんば)さ! 船場山には狸がおってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、煮てさ、焼いてさ、食ってさ、それを木の葉でちょいと隠(かぶ)せ!!』
ものすごい熱い熱風とともに、暗闇が支配する。
瞬間的に視力を奪われたようだ。
空間がねじれたかのように見える……。
が、なぜかすぐに、視界が良好に戻った。
(マスター! 電磁波モードで視界をクリアにしております!)
(おお! さすが! アイ! 助かった。)
(いえ。そんな……。当然のことでございますわ。)
(それにしても、今のは何だったんだ!?)
(おそらく『魔力』とこの世界で呼んでいる時空に起因する素粒子間に働く力の効力で、この周囲の空間が捻じ曲げられたのだと推測します!)
(……というと?)
(異空間に引きずり込まれたと言うことです!)
(そ……、そうか。わかっていたけど、もう一回確認しただけだぞ? 決して、わからなかったんじゃあないんだからな?)
(イエス! マスター!)
「ヘルシングさん! 大丈夫ですか!?」
「ああ! さきほどの鳥人たちとの戦いで、すでに結界魔法『かごめかごめ』をオレの身体にかけている。エリア効果や空間魔法はオレには効果がない!」
「さっすが! ヘルシングさん! オレ、よく映画であなたの活躍を見て感動したんですよ!」
「ぬっ……!? エイガ? それはなんだ? まあ、さすがにオレはSランク冒険者だからな。知られていても当然だな!」
「はい! そうですね!」
青ひげ男爵のその青い眼がいっそう青く輝いた。
『青い眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド。日本の港に着いたとき、一杯涙を浮かべてた。私は言葉が分からない、迷子になったら何としょう! 優しい日本の嬢ちゃんよ! 仲良く遊んでやっとくれ! 仲良く遊んでやっとくれ!』
「マスター! 危ない!」
アイがオレを後ろに突き飛ばし、オレたちの前に出た……。
かと思った瞬間、青ひげ男爵の眼から青いレーザー光線のようなものが発射され、アイの防護壁をも貫き、アイの肩口を貫いたのだ。
オレは、転んだおかげで、そのレーザーをかわすことができた。
「ほお? 余の『青い眼の人形』を初見で躱したヤツは初めてであるぞ……。アイとか言ったな、女よ。余の花嫁になる気はないか?」
青ひげ男爵のやつ、こんな状況でいきなり、アイにプロポーズだと?
「何言ってやがるんだ!? 戦いのさなかに!?」
オレは思わず、当たり前のセリフを口にした。
「強き者が、花嫁を娶るのにいつだとか時間は関係ないのだよ。小坊主。アイよ! 余の嫁となれ! 貴様は余の花嫁にふさわしい……。」
「アイはオレの……。オレの……。苦心して創り上げた可愛い娘なんだ! 誰が譲るかよ!」
そうだ。アイはオレが何年もかけて苦心して創った人工知能なんだ。
手塩にかけた娘のようなもんだ。
誰がこんな変態貴族に好き好んで嫁にやるかよ!
「マスター……。そのお言葉だけで……。アイは! アイは! 最高に幸せでございます! (できれば嫁と言って欲しいところではありますが……ボソリ)」
「余の求婚を断ると言うのか?」
「あったりまえでしょうが! この変態爺いが! そのひげ、格好いいとでも思ってるのかしら? ワタクシとマスターの時代にそんな不気味な髭野郎はただの手入れしていないだけの不潔野郎なのよ! マスターのほうが数兆倍、カッコいいわ!」
「ぐぬぬ……。おのれ! 余の自慢のひげをコケにするとは……! 許さんぞ! 泣かしてやるぞ!」
「泣きを見るのはそっちだわ!」
「ジン殿……。アイ殿って意外と気が強いのだな……。」
「え、ええ。なにか時々、スイッチが入っちゃうと言うか……。そんな感じです。はい。」
「まあ、アイ殿はジン殿のことが相当好いておるのであろうな。」
「あはは。まあ、家族の愛みたいなものですよ。」
魔術師シルヴィア・ガーナッシュがここでそっと、青ひげ男爵に伝える。
「どうやら、ストーンカが倒されたようです。」
「なんだと!? あの不死身の魔牛をか……。」
「我が骸骨戦士軍も劣勢になっているようです。」
「ううむ。シルヴィアよ! アレを使え!」
「え? 男爵様。アレは制御が効きません。我らまで危険かと……。」
「こやつらを倒して、城を緊急避難させれば良い!」
「なるほどですじゃ。わかりました。では……。」
「甦れ! 死者の怨念よ! 生者を呪い、喰らい続けろ! 餓鬼召喚呪文『ジョン・ブラウンの屍』ぇっ!!」
『ジョン・ブラウンの体は墓の中で朽ちつつ横たわる、ジョン・ブラウンの体は墓の中で朽ちつつ横たわる、彼の魂は進み続ける! 栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!彼の魂は進み続ける!!』
老婆の魔力が『人ごろし城』から周囲の大気を震わせ、鳴動している。
何かの闇の波動が大気を伝わり、邪悪な気配がはっきりと感じられるのだった。
****
『チチェン・イッツァ』で防衛の魔術弓師軍を指揮していたヤム・カァシュさんが、その異変をすぐに察知していた。
「やばいわ! 何か来る! みんな! 気をつけて!」
そう言ったとほぼ同時に、今まで、倒してバラバラに散っていた骸骨戦士の破片が、渦を巻いて一箇所に集まりだした。
まだ戦っていた骸骨戦士や、骸骨騎士たちも、うろたえて、その渦に飲まれて吸い込まれていく。
「ぎゃ……。」
「がっ!」
集まった骨がその密集した状態から、黒い闇の球体になってしまった……。
そして、なにか音がしている。
ドクン……
ドクン……
「喰らう喰らう喰らう食らう喰らう……」
その黒い球体はただ飢えた呪いの塊だったのだ……。
「あれは……まさか、『餓者髑髏』か……? なんと恐ろしいものを……。」
ヤム・カァシュは恐れおののいていたのだった。
~続く~
©「夢路より」(曲/フォスター 詞/フォスター)
©「あんたがたどこさ」(曲:わらべ歌/詞:わらべ歌)
©「青い眼の人形」(曲/本居長世 詞/野口雨情)
©「かごめかごめ」(曲/わらべ歌 詞/わらべ歌/ヘブライ語)
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