第173話 吸血鬼殲滅戦・波『ウシュマルの街』
『エルフ国』の都市『ウシュマル』、ウシュマルクィーンと呼ばれる女王が支配しているという。
そして、その女王のもとにチャークという象のように長い鼻で一対の大牙をもち、涙もろい農業の王が支えて発展していた。
この街の創成期から街の発展に寄与した『シウ家』という貴族は大いに勢力を伸ばしたのだった。
ウシュマルクィーンは隣の街『チチェン・イッツァ』のククルカンを拝みたてまつり、その庇護を受けてきた。
だが、その発展も……。
これから潰えるのだ!
時はジンたちが『テオティワカン砦』を襲ってきたスタンピード(魔物の大暴走)をなんとかやり過ごした少し前まで遡る。
『ウシュマル』の街の中心部に壮大な基壇の上に長いがそれほど高くない建造物が建てられている。
『シウ家』の屋敷、『総督の館』である。
現在の『シウ家』の当主は、アフ=シュパンという男で、かつてアフ=シュパンは、黄金都市『エル・ドラード』のイルマタル商業ギルド長たちの政治的な策謀に激しい怒りを燃やし、反乱を企てた。
結果的に、イルマタルの一族が所有していた森林の大部分が焼かれ、大金と宝石類は略奪され、ついにはその支配領域を放棄したのだ。
そのため、ヒーシ森南東地方は、一時期、都市国家の戦争状態に突入したこともあったのだ。
『シウ家』の守護魔神とあだ名されるトヒルは、残忍なエルフで生贄を欲したが、『シウ家』は戦争捕虜や、奴隷売買により定期的に生贄を捧げてきた。
このトヒルはひとたび戦場に出れば、その血の渇望とともに、英雄たる戦績を収めてきたので、これが許されたのだ。
しかし、『不死国』のエリザベート・バートリ伯爵夫人は、このトヒルに目をつけたのだ。
「トヒル……とやらはおまえさんかい?」
「ぎぃひぃひぃ……。なんだ……、小娘か? 小娘が俺様に何の用だ?」
そう言って、相手をよく見もせずになめきっていたトヒルだったが、次の瞬間、心臓を魔神掴みにされたかのような恐怖を感じたのである。
「下郎が……! 妾(わらわ)に質問に質問で返すとは……。」
エリザベートは貴族の幼い娘が着るようなかわいい服装をしていて、見た目だけでは単なる幼女にしか見えないのだが、その眼には恐ろしいまでの真紅の魔力の輝きが宿っていたのだ。
そして、そのエリザベートのすぐ後ろに控えている魔女アグネス・ダグラスに眼で合図を送った。
「ふん! 小娘どもが俺様に何ができる!? ぐぁっはっはっは! 自ら生贄になりに来たのか?」
「ふふふふ……。我が夫、アレクサンダー・“ソニー”・ビーンと我が家族よ! い出よ!」
そう声をかけると、あたりから全部で48人ものソニー・ビーン一族が姿を現した。
「俺のビーン一族よ! こやつを……! 食い殺せ!」
ソニー・ビーンの掛け声により、一族全員が一気にトヒルに襲いかかった。
さすがの英雄的存在のトヒルも一度にこれだけの人数の狂いし一族の襲撃にはひとたまりもなく、その生命を散らしたのだった。
そして、死んだはずのトヒルが目を覚ます。
吸血鬼として……。
『シウ家』は一夜にして惨殺された。
そして、『シウ家』の者は吸血鬼と化したのだった。
当主のアフ=シュパンは、逆に力を得られると進んで身を捧げたとも言われる。
が、真相は闇の中である。
『総督の館』と呼ばれるその館内は暗く、光が届かない闇にあった。
吸血鬼たちは陽の光を嫌う。
決して陽の光が弱点だからというわけではない。
夜目が効き、夜行性なだけだ。
「ウシュマルの女王は我らが手に堕ちた。邪魔者はあのチャークだけとなったな。」
「は! ウシュマル・クィーンは幽閉しており、トラカテコロトル様が監視しております。」
「なんだ? まだ我らが仲間になっておらんのか?」
「アフ様! しかしながら、強制的に吸血鬼化させて『絶望』されても困りますゆえ。」
「まあ、良いわ。この街の実権はもはや我が『シウ家』のもの。『黄金都市』も『チチェン・イッツァ』もいずれ我が手にしてみせよう!」
報告してきていたのは『シウ家』に代々仕える黒エルフ種族の者だ。
****
「殺すが良い! この妾(わらわ)は生き恥を晒してまで生きるつもりはないわ!」
『魔法使いのピラミッド』、別名『占い師のピラミッド』、それは高さ36.5メートルの巨大なピラミッドの土台は楕円形に近い形で、長さが73メートル、幅が36.5メートルある。急傾斜で有名な118段の階段を上ると、頂上には神殿がある。
その地下に幽閉されているのがこの『ウシュマル』の統治者ウシュマル・クィーンだ。
「貴方様は……、強情な方だ。」
斑紋のある羽を持つムアンフクロウの男トラカテコロトルが女王に話しかける。
とても美しいウシュマル・クィーンだが、その姿は大蛇の口から美人の女性の顔があるという化け物の姿をしている。
ククルカン縁(ゆかり)のものであるとも言われている。
トラカテコロトルは深い死の世界である地底世界との結びつきが特に強く、魔力封鎖で女王のチカラを奪っていた。
「まあ、これからは『不死国』の時代がやってまいります。貴女様も早く軍門に降るが賢明というものでしょう?」
「ふん! 裏切り者のそなたに言われとうないわ。」
「というか、貴女様も私たちをずっと謀ってきたではないですか?」
「何のことだ?」
トラカテコロトルはボソリとつぶやいた。
「だって……、貴女、オトコじゃあないですか!? 何が女王ですか!」
「バカを申せ。これは男の娘と言うのだ!」
そう、ウシュマル・クィーンは男であったのだ。
トラカテコロトルが去っていった後に、残されたウシュマルの女王は、また地下牢の寂しげな壁を見つめて嘆くのだった。
すると、そこへ何者かの声が聞こえたのだ。
「へぇ! 貴女も『男の娘』なんだね?」
「な……!? ナニヤツじゃ!?」
女王が声のした方を見ると、地面から何か液体のようなものが染み出してきて、水色の塊ができ、それがメイドの姿になったのだ。
「ふふ。僕はヒルコ。まあ、僕も女の子じゃあないけど女の子の格好をしているんだ。なんだか貴女とは気が合うね。」
「ヒルコ……。お主は魔物じゃな? スライムか。その魔物が妾に何のようじゃ?」
「ふんふんふん。まあ、僕の主に言われてきたんだよね。この街のことを調べるようにってね。で、一番知ってそうなのって一番エラい人だからさ、会いに来たってわけだよ。」
「そうであったか……。まあ、お主の主人とやらが何者かは知らんが、残念ながらこの街はすでにきゃつら『不死国』の手のものに支配されておる。街の住民はなんにも知らないがな……。」
「なるほどぉ! この街に来ている吸血鬼たちの数と指揮官はわかるかな?」
「そうだな。最初はかの『血の伯爵夫人』が直接やってきたが、今は自国に帰還しているとのことだ。何やら真祖王ヴァン・パイア・シンの招集があったらしい。」
「そっかぁ! じゃあ、残っている中で強そうなのは誰かな?」
「うむ。裏切った『シウ家』の守護神トヒル、あとは吸血鬼どものソニー・ビーン一族であるな。」
「うん! 情報提供ありがとう! ……ところで、貴女はここから出たい?」
「それはもちろん! だが、どうやって?」
「簡単だよぉ? こんな牢獄、すべて溶かしちゃえばいいんだ!」
こうして、ヒルコはウシュマルの女王を救い出した。
ここ『ウシュマル』の街はまだ、完全に吸血鬼の手に落ちてはいない。
だが、一刻の猶予もなさそうだ。
ヒルコはアイの指示を仰ごうと思うのであったー。
~続く~
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